第2話 まどろみの中で

やっと学校に着いた俺は、昇降口の前に貼ってあったクラス表を見てから下駄箱に向かった。

2年でどうやら俺は1組らしい。


上履きを出して、スタスタと廊下を歩く。

2階の教室に入ると、そこでは20人ほどが各友達と談笑を楽しんでいた。


「昨日のストーリー見たー?あれやばくなーい?」


「それなー!やばいよねー!」


友達もいない俺がその空間に馴染める訳もなく、黒板に書いてある座席表を見て、席に着いた。

俺は黙ってスマホでTw〇tterでも見ながら、担任が来るのを待った。


5分程時間が経過し、担任が来た。

20代前半であろうかという女の人だった。


「皆さんももう2年生です。進路に向けて、各々勉強を・・・」


いつも通り、長い話を聞き流した。

こんな話が響く人などいるのだろうか?

俺はそんな、ひねくれた事を考えながらボーッとしていた。


3限が終わり、購買を買いに食堂に行こうと廊下を歩いていたらさっき会った彼女が歩いていた。

周りの男子生徒はみな、彼女を下心丸出しで鼻息を荒らして見ていた。


彼女がここにいることに、俺はびっくりして思わず、じっと見てしまった。

どうやら取り巻きたちと3人で歩いていたようだ。

連れションか?


「あ、君はさっきの!」


「あ、こ、こんにちは」


これまた取り巻き達が

え?何でこいつなんかと話してんの?

と言わんばかりの顔である。


「さっきはありがとうね!今度お礼したいんだけど

いいかな?」


腰の後ろに華奢きゃしゃな手を組んで、少し上目遣いで言ってきた。

あざとい行動を無意識でやっているのか?この子は。


「だ、大丈夫だけど、わざわざ?」


あまりの急展開に流石に驚いてしまった。


「当たり前でしょ?手伝ってもらったんだから」


随分ずいぶん義理堅い人だったようだ。

こういう性格をしているからこそ、友達が多いのかもしれない。


俺は今まで声を掛けられても、性格が由来してか、あまり友好的に返事が出来なかった。

戸惑ってしまうのだ。


「うーんじゃあ・・・2日後の放課後に、カフェとかで少し話さない?」


「わ、わかった」


なんと、この子とカフェに行くことになったらしい。

女の子と遊んだことも無かったのに!


「それじゃ」


「う、うんっ・・・!」


初めて女の子と遊ぶ約束をした事に、踊る胸を抑えて、俺は精一杯の返事をした。


「ねぇかおり〜誰だよあいつ〜」


「だれだれ〜?」


取り巻き達が不服そうな声色こわいろで、彼女に聞いていた。


「さっき助けて貰ったんだよ」


「ふ〜ん...」


どうやら彼女の名前は"かおり"と呼ぶらしい。

6限が終わり、俺は心を弾ませながら帰路についた。

まさかあの時の行動で、美人な女子とカフェに行くことになるなんて思ってもみなかった。


やはり自分に足りないのは、行動する決断なのだと、改めて知ったのであった・・・



〜2日後〜


やっと6限が終わった。

今日はとても退屈な教科ばかりだったな。

この後は、いよいよあの子とカフェである。

もちろん俺がカフェなんて洒落しゃれた場所に行った事などなく、色々な意味でとても緊張している。


"カフェ"とだけは聞いていたが、詳しい事は全く聞いていないので、何処に向かえば良いのだろうか。

そんなことを独りで考えていると、教室の扉から彼女が顔を覗かせていた。

少し気まずそうな顔で、手をクイクイっと曲げていた。

恐らく、取り巻き達から逃げてきたのであろう。


「ちょっといい・・・?」


俺を呼んでいるようだ。まさか迎えに来るとは思っても無かった。


「じゃあ、いこっか」


俺女子と2人で帰ってるよ!まじかよ!

緊張して全く話せない俺にも、彼女は気さくに話しかけてくれた。


「名前はなんていうの?」


「朝比奈・・・悠、です」


"悠"という漢字には、ゆったりとした意味があるらしい。

まさに俺に合っていると思う。


「悠くんかぁ!改めて、よろしくね!」


彼女はぱぁっと晴れた顔で俺の目を見て、はにかんだ。


「よ、よろしく・・・」


あまりの笑顔の眩しさに、こちらがやられそうだった。


「私の名前は、"華やか"の華に、"織姫"の織で、華織!ひいらぎ 華織だよ!」


彼女の名前は華織というらしい。

とても綺麗な漢字で構成されていると感じた。

まさに彼女に最も似合っているような、名前だった。


「華織って、みんなは呼ぶから悠くんも華織って呼んでね!」


ここでもし、"柊さん"なんて呼んでしまったら、逆効果かもしれない。これからは、頑張って名前で呼んでみることにしよう。


「華織・・・いい名前だね」


それを聞くと華織は、すこし驚いたような顔で、ふふふと笑った。


「でしょでしょ!」


いや待てよ・・・?

さっき"悠くん"って、呼ばなかったか?

どこまであざといんだこの子は・・・


そんな感じで10分ほどボチボチ話していると、目的地に着いたようだ。


「着いたよ!ここがよく行くお店!」


そのカフェの外観は少し古びており、地元の住民しか知らなそうな、おもむきのある建物だった。

だが中に入ってみると、黒樫くろがしでできたような洋風の作りになっており、とても清潔感のある部屋だった。


「いらっしゃいませ。こちらへどうぞ」


案内された席は、4人用のテーブル席で俺たちは、窓側に向かい合って座った。


「ブラックをひとつ」


まさかブラックを頼むのか?流石にギャップがありすぎるだろう。


「じ、じゃあミルクティーを・・・」


「かしこまりました」


頼んだ後、店員は軽く会釈えしゃくをして、厨房へ向かった。


「じゃあ、話そうか」


話すって、何を話すんだろう?

自己紹介とかはさっき歩きながら済ませたしな。


「じゃあ、改めてなんだけど、この前は助けてくれてありがとう」


俺はただ荷物を持ってあげただけで、特別な事はしていない。


「い、いや、大丈夫。君が転びそうだったから」


「うん、私はその事に感謝しているんだ。あの時は少し足をひねっててさ」


なんと足を捻っていたにも関わらず、おばあさんを助けてあげようとしていたらしい。

どこまで立派な子なんだ。なんだか涙が・・・


「だから、そのお礼がしたいんだ」


ま、まさかお礼って、何でも1つ言うことを聞く的な何かか・・・?


「お、お礼なんてそんな・・・大丈夫だよ」


「いやいや、そんな身構えなくても大丈夫だって〜」


どうしても彼女はお礼がしたいらしい。


「なんかして欲しいこととか、手伝って欲しい事ないのー?」


「言ってもいいのかわからないけど・・・」


そうは言っても俺にだってひとつくらいは"お願い"がある。

とても恥ずかしくて人には言えないけど、この人なら何とかしてくれる気がした。


「大丈夫だから、言ってみて?」


言おうとしたその瞬間、緊張で顔が紅潮こうちょうしたが、俺はなんとか言葉を振り絞った。


「た、沢山、と、友達が、欲しいんだ・・・」


あぁ、言ってしまった。

俺のお願いを聞いた華織は、しばらく呆気あっけに取られたような顔をして、その後、ぷぷぷと笑った。


「ぷ・・・ぷぷぷ!と、友達かぁ!ふ、ふふ」


「わ、わらうなよ!」


そんなに笑われたら、頑張って振り絞った俺が馬鹿みたいじゃないか。

やっぱり今更友達が欲しいなんて、おかしな願いだったんだ。話が終わったら帰って、いつも通りゲームでもしよう。


「や、やっぱり、変だよね・・・」


「でもまぁ、わかるよ、友達が欲しいっていう気持ちも」


こんな勝ち組の彼女に俺の気持ちがわかるもんか、

と思ってしまった。

小馬鹿にされてしまった時点で、"無理だ"と言われると思ってた。


「いいよ」


「え?」


何かの聞き間違いだろうか。


「だから、いいよって」


「ほ、ほんとに?」


その瞬間、俺は安堵あんどや嬉しさに、心が和らいだのを感じた。

そして思いもよらぬ展開に、俺は唖然とした。

こんな高嶺の花みたいな彼女が、すんなり承諾してくれるとは思わなかった。


「沢山の友達が欲しいんでしょ?できるように、手伝ってあげる」


「あ、ありがとう・・・!」


だが手伝うといっても、どうやって手伝うのだろうか。

こんな俺に救いようがあるのだろうか。

1年間をボーッと生きた俺なんかに。


「あと、もう私たちって友達でしょ?」


「ん?あ、あぁそうなるの、かも?」


果たして俺なんかが、彼女と友達になってもいいのかという迷いがあった。


「じゃあ私で1人目だね!」


華織は、輝かしい笑顔で、目を細めた。

どうやら俺は友達だと、華織は認めてくれるらしい。


「お待たせ致しました。ブラックコーヒーとミルクティーでございます」


頼んだコーヒーが届いたらしい。

コーヒーからは、こうばしい香りがする。

華織は店員に会釈して、カップを手に取る。

そして傍にあった角砂糖を何個もドボドボとコーヒーに落としていた。

本当はブラックが飲めないのか・・・?


「じゃあ早速、目標を決めちゃおうか」


「目標?」


目の前の華織の行動のお陰で、話の内容が頭に入ってこない。

それに目標って言ったって、何をすれば良いのだろうか。


「いきなり沢山の友達を作ろうなんて、今の君じゃ無理だよ」


「まぁ、たしかに・・・」


間違った事は言っていない。

事実俺は、ずっと一人ぼっちだったのだ。

それは俺自身が、自分を変えようとしていなかったからだ。


「だから、コツコツステップアップしていくんだよ」


「な、なるほど」


たしかに、目標を1つづつクリアしていけば、俺でもいつかは友達が出来るかもしれない。


「見たところ普通に話せる人もいなそうだし、まずは1人、自分から話しかけてみようか」


いきなりハードルが高すぎないか?!

今更俺から話しかけられたって、相手も困惑するだけだろう。苦笑されるのがオチだ。


「3日以内に、誰に話しかけたのか私に報告すること」


「ちょ、ちょっとまだ良いって言って・・・」


3日以内だなんて・・・一体誰に話しかければいいんだよ。


「いいからやるの!拒否権は無しだよ」


なんて強引なんだこの子は。

見た目に反して、意外とSなところがあるのか。


「わ、わかったよ・・・」


コーヒーを飲み終わり、話が終わった俺たちはカフェを出た。

そして外に出たあと、「じゃあね」と華織は歩いていった。

どうやら、俺の帰り道は華織と反対方向らしい。

俺も「それじゃ」と華織に手を振り、カフェを後にした。


俺は自宅に着き、制服を脱いでベットに飛び込んだ。

枕に顔を埋めて、今日あった出来事を思い返しながら、すっと穴に落ちるようにまどろんだ。

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