第6話 なぜの次のなぜ

「実家の財政は、改善の兆しが見え始めたと聞いたが?」


「はい。陛下のご厚意に感謝しております」


「ならばどうしてまだここにいる?」


 王子はやはり表情を動かさない。部屋に招き入れたのは、この話を他の者に聞かれないよう気を遣ってくれたからだろうか。


「まだ妃を選ばなかった殿下のお気持ちが分かりませんから」


 淡い金の瞳が——まるで瞳まで月のようだ——しばらく私を映し続ける。


「私のために着飾ってくれた令嬢たちや、その準備に身を砕いた者たちには、悪いことをしたと思っている」


 そして、王子は謝罪とも取れるようなことを口にした。しかし私が求めているのは、今はもうそれではない。


「いえ、殿下。その点についてはもう良いのです。我々以外にも困窮している一族には、ご慈悲を頂けたと伺っております。ですから、私は単に理由をお聞きしたいだけですわ」


「好みの令嬢がいなかったから、ということにしたのではなかったか?」


「検証の結果、そうではないということになりました」


 月王子が自分の勝手で妃を選ばなかったということはない。以前は予感でしかなかったが、今は確信を持って断じることができる。我儘を言う人ではないのだ。何か考えあってのことに決まっている。


「話せば家に戻るか。納得せずとも」


「納得できない場合は、お約束しかねます」


 躊躇ためらいもなく王族にこう言い返せてしまうなんて、全く好奇心というものは恐ろしい。私は発言の直後にやや後悔したじろいだが、王子は特に気に留めた様子はなく、そのまま答えてくれた。


「私は妃をめとるつもりがない。少なくとも、あと十年は」


 しかし答えとしては不合格だ。「なぜ」の答えにまた「なぜ」と聞きたくなる答えで、どうして納得できるだろう。

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