第7話 月は窮屈そう

「なぜでしょうか」


 当然、私は聞いた。王子は相も変わらずの無表情で、しばし私を月色の瞳の中に留め続ける。


「時間がない」


「時間ですか?」


「ああ。将来王座につくことを期待される人間として、まだ学ばなければならないことが多すぎる。妻や子に割ける時間が、今はない」


 答えを聞きはしたものの、理解には時間を要している私の前で、王子は話を続けている。舞踏会も開くつもりはなかったが、「令嬢たちに会えば心を変えるかもしれない」と期待した王に聞き入れてもらえなかったこと。世継ぎのことについての懸念はあるが、十年後の結婚でも間に合うだろうということ。そして結婚するのなら、相手やその子に不満を抱かせたくないということ――


 話を聞いての率直な感想を言う。この人、とても生きづらそう。


「殿下。あの」


「何だ」


「ご趣味などは?」


 私の中では先程の話と繋がっている質問だったのだが——つまりは、生きていて楽しいのかどうかを知りたかった——王子はやや怪訝けげんそうな顔をしたように見えた。脈絡がないように思えたのだろう。それでも答えてくれる辺り、人がいい。


「馬術や弦楽器だろうか。盤上遊戯も多少」


 趣味について語っているはずなのに、にこりともしない。今挙げられたものは、いずれも王族や貴族のたしなみとして必要なものだ。趣味というより、必要に駆られて身につけた技能という印象を受ける。

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