第4話 月の裏を人は知らず

 メイドとしての立ち振る舞いや仕事のこなし方については、半年かけて身につけてきた。元より貧乏貴族ゆえ、身の回りのことを大体は自分でしてきたことも足しになったと思う。また古くから家に仕えるメイドが、大変親切であったことも大きかった。彼女は今回の目論見に賛同してくれ、王子付きのメイドとしても恥ずかしくないよう、私にメイドの全てを伝授してくれたのだ。結婚を機に職を辞するメイドの代理として、私が王城にもぐり込めるよう手配してくれたのも彼女だった。


 人に迷惑をかけるのは私の望むところではなかったから、無論きちんとメイドとしての務めも果たした。その傍らで、私はじっくりと王子を観察し続ける。


 三日経って、五日が過ぎて、そして十日目を迎えた。


 驚くべきことに、欠けない月にまつわる噂は、ほぼ真実であるらしい。


 貴族や王族が外聞を良くするために、話を盛るというのはよくあることだ。どうせ王子についてもそうだろうと思っていたが、使用人たちからの評判がいいことは最初の数日ですぐに知れた。使用人というものは、主人の負の側面については特によく理解しており、同僚には口が軽い。情報収集の相手としてはうってつけ――メイドの教えに従ったはずなのに、ちっとも醜聞は耳に入ってこない。


 ——殿下は本当に勤勉なお方なの。早朝に起きられ、深夜に休まれる。毎日よ。お身体が心配だわ。


 ——殿下はお優しい方ですよ。以前私が粗相をしたときも、気にするなと仰ってくださいました。殿下にお仕えする者たちの中で、不興を買って辞めさせられた人なんていないかもしれませんね。


 ——学問も武芸も芸術も何だって完璧にこなしますよ、あの方は。どうやってるんでしょうねぇ。


 ——この間、南部での流行り病に苦しむ民たちを救うため、医師団の派遣が決まったのは、殿下が陛下にお口添えしたからなのですよ。税についても今年は免除するよう図らったとか。あの方の治世が楽しみです。


 皆が皆、王子の話をするときは、男女問わずまるで恋でもしているかのような目で語るのだ。何やら一種の宗教のように思えてしまう。しかし、彼らが何らかの洗脳を施されているわけではない。それは王子の素行が彼らの話にたがわないのを見ていれば分かった。


 そう言えば、月は絶対に我々に裏側を見せないらしい。それでも裏側は存在している。私は、彼らのようにはなるまい。手強い相手だが、必ずその裏側を見てやろう。

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