第7話「庭先で繰り広げられるロマン」

「へェ、凄いもんだぜ」


 興津おきつ少年に案内されて納屋に入ったベクターフィールドは、そこに並べられているモノを見て唸った。



 竹細工。



 それが興津翁の仕事。熊本は古くから竹に恵まれ、今でも盛んに竹細工が作られている。


「昔は、100軒を超えてたんですがね、今ではめっきり少なくなりました」


 興津翁は少々、寂しそうな顔を覗かせつつも、孫と共に竹細工を見て目を輝かせているベクターフィールドに相好を崩していた。


「この弁当箱、いいぜ。ちょっとデカいおにぎり作って、隅っこにたくあん詰めて。それだけで十分な昼飯になる」


 油抜きした竹で作られた弁当箱を前に、ベクターフィールドはニコニコしている。

「足りるの?」


 大食らいだろうという亜紀に、ベクターフィールドはハンと鼻を鳴らし、


「身体使う事がある日は、これくらいの弁当箱に、ご飯と漬物っていうのが一番、バテないんだぜ。知ってるだろ?」


 ベクターフィールドに対して軽く肩を竦める亜紀も、それは知っている。肉体労働者が日の丸弁当をぱくついていたのは、贅沢ができない経済事情よりも、炭水化物と塩分が最も効率よくエネルギーに変わるからだ。


 亜紀も昼食にパスタが多い。


 そして、ここにあるのは伝統工芸品とはこうあるべきといった風のものばかりでないのも、ベクターフィールドの目を輝かせていた。


甘粕あまかすの場合、弁当箱より、こっちが好きじゃねェの?」


 そういって手に取ったのは、木と竹を組み合わせて作られた輪ゴム鉄砲。


「えー……」


 亜紀も思わず身を乗り出してしまう程、その輪ゴム鉄砲はオモチャ然としたものではなく、実銃のディテールを備えたものである。


「ローマン、パイソン、キングコブラ、M5863、M10って、確かに凄い」


 亜紀がハマリにハマった刑事ドラマで使われていた拳銃が、どれも揃っているのも、引き込まれる理由だ。


「水鉄砲もあるぜ」


 こちらは昔ながらのデザインで、手に取ったベクターフィールドは「あ」と声を上げる。


「これで、西部劇ごっこしようぜ」


 唐突にそんな事をいいだし、興津少年を手招きした。


「興津くんは、この水鉄砲使うといいぜ。的は金魚すくいのポイを使って、甘粕は胸に付けろよ。水に濡れたら破れるから、破れたら負けな」


「あ、面白そう」


 興津少年も、パッと表示用を明るくさせる。


「お祖父ちゃん、いい?」


 その笑顔を向けると、興津翁も「構わんよ、構わんよ」と何度も頷いてくれた。


「私は、この輪ゴム銃を使うから、興津くんは当たったら自己申告して下さい。手を上げて、命中って」


 亜紀もノリノリで輪ゴム鉄砲を取ったのは、遊びたいという事と、興津翁の様子に少し違和感を覚えてからかも知れない。



 ***



 孫と恩人が庭先で遊び始めたのを見計らい、興津翁は母屋おもやの電話を手に取る。押していく番号は覚えていた。


 随分と待たされる事になる呼び出し音を堪えられたのは、庭先から聞こえてくる明るい声が混じっているからか。


「何?」


 電話の主は、面倒臭そうな声を返してくる。



 娘――興津少年の母親だ。



「哲矢が、こっちに来た。警察に連れられて。そっちで何があったんじゃ?」


「で?」


 苛立ちを増させた返答は、一言ですらない、一文字。


「フラッと帰ってきて子供を押し付け、半年も音信不通。そして急に現れ、哲矢を連れて行くといいだし……」


 興津翁の言葉は恨み言に等しいが。


「ちゃんと育てられるのか訊いたじゃろ? それが今度は警察に連れられて――」


「うるっさいなぁ」


 父親の声を遮る声は小さかったが、唖然とさせる効果は高い。


「子育てについて、とやかくいう資格、あんの?」


 娘の声にも、父親に対する恨みの感情がある。幸せな子供時代ではなかったし、裕福な暮らしでもなかった少女時代の悪感情を込めた声だった。


「それはそれ、母親としての責任というものが――」


「もう世話になんないから、ほっといて」


 ケンカにもならない電話は、そうして切られた。


「……」


 暫く受話器を見つめていた興津翁だったから、庭先から自分を見つめている一対の目に気付くのが遅れたのかも知れない。


 亜紀だった。


「タオルか何かお借りできればと思いまして」


 髪から水滴が滴っている亜紀は、今も興津少年と撃ち合いをしているベクターフィールドの方にも顎で指す。


「胸につけたの、失敗でした。頭に付けた方が良かったです。考えてみると、隠れてる時、最初に見えるのは頭でしたから」


 亜紀の声に誤魔化すような響きが混じっているのは、明白だった。


「恥ずかしいところを、お見せしてしまって……」


「いえ……」


 何を話していたか、一部始終を聞いていたわけではないし、興津翁の声しか聞いていないのだが、誰に電話をして、何を話していたかは分かる。


「一人――」


 亜紀は言葉を選びながら、いう。


「一人、いればいいと思うんです。興津くんの事が一番だって、いってあげる人」


 誰かが傍にいて、一番だといい続けてくれる存在が、子供には必要だ。


 親の役目。


 親権とは本来、そういうものを含んでいるはず――という考えが浮かぶと、同時にベクターフィールドが調べてきた事も思い出してしまう。


 亜紀とベクターフィールドがともに出した結論。



 ――子供のためっていうより、互いに相手へ自分が正しいって主張したいから、親権を争ってるぜ。



 興津少年の事を第一に思っている両親は不在。


 だが不幸とまではいわない。


 興津少年には、祖父がいてくれる。

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