追放された俺のところに、あいつがやってきた

山吹弓美

追放された俺のところに、あいつがやってきた

「じゃあ、リュント。また会えたらいいな」


 そう言って、手のひらに乗るくらいのトカゲの子供と別れたのは三年前、村を出る直前だったな。

 トカゲ、というかドラゴンの子供らしい白銀色のそいつは、何度も何度も俺を振り返りながら草むらの中に消えていった。

 あいつ、どうしてるかな。ちゃんと大きくなったかな。




「エール。おまえには、このパーティから外れてもらうことにした」


 コルトはそう言って、俺の前に一枚の紙をぺらりと広げる。契約書、と書いてあるそれをコルトは、両手で掴んで。


「契約解除だ。どこへなりと、消えちまえ」


 ばりばりと紙が引き裂かれた瞬間、俺の全身からある種の力が抜けた。落ちかけた膝を、何とか自力で支える。


「そうね。コルトにはあたしたちがいるんだから、もうあんたは邪魔なだけだし」


 コルトの肩に大きな胸を載せて、魔術師のガロアがにやにやと笑う。反対側の肩に手を添えている聖女のラーニャも、同じように笑いながらゆったりと頷いた。


「今までは荷運びさせてあげていたけどマジックバッグに余裕ができたし、拠点も買っちゃったものねえ」


「役立たずに掛ける金があるなら、拠点で雇う使用人に使う方が何倍も有用だ」


 そうして剣士のフルールは、吐き捨てるように言ってきた。俺の襟をつかんで獣のようにつまみ上げ、家の外へと放り出す。


「お前の荷物にはもう、俺たちのもんはねえはずだな。大したアイテムも入っちゃいねえだろうが、そのくらいは餞別にやるよ」


 ばたんと閉まる扉の向こうから吐き出された別れの言葉に、俺はほうと息を吐いた。




 俺ことエールは、剣士コルトが率いる冒険者パーティの荷運び役……だった。

 サラップ伯爵領の辺境にある小さな村で、農家の息子として俺は生まれた。親の仕事を継いで弟妹の面倒見ながら畑耕して家畜飼って、という生活だった。

 でまあ、退屈な生活に慣れればいいんだけどさ。辺境だから、時折冒険者が村を訪れる。彼らの冒険譚を聞くとさ、とっても楽しそうなんだよな。刺激的で、毎日いろんなことが起きて。

 最終的に農家に落ち着くとしても、一度は村の外を見てみたかったというのもあるかな。外に出る勇気はなくて、せいぜいがあのドラゴンの子供と遊ぶくらいだったか。リュント、って俺が付けた名前、まだ覚えてくれてるかな。


『だったら、俺と一緒に来るか?』


 そう、十五歳になって成人したばかりの俺に声をかけてきたのがコルトだった。村近くの森の中にいる、ドラゴンの討伐に来たいくつかのパーティの一つが、彼のもので。

 そのドラゴンはリュントとは違って黒く、おぞましいものだった。けど、もしかしてリュントが見つかったらそのドラゴンの仲間とみなされるかもしれないから、なんとかして助けてやりたかった。

 だから、ぜひお願いします、とばかりに俺は彼が差し出してきた『契約書』にサインした。ただの書類だと思っていたそれが、魔術の掛けられたものだってのに気づいたのはサインし終わった瞬間。


 文句を言わず、コルトや仲間たちの身の回りの世話をすること。

 コルトの命令は必ず聞くこと。

 コルトの許可無くば、パーティからの脱退は許さないこと。

 契約破棄は、コルトの意思によってのみ可能。


 そう記された契約書の内容に、俺は縛られた。

 魔術契約書。高価な専用紙と高価な専用インク、ついでに能力の高い魔術師の術式による、拘束力の高い契約書。何でそんなもんをたかが荷運び役に使ったのかは、今でも疑問だ。

 コルト曰く、ちょうど雑用係の奴隷が必要だと思っていたところ、だとさ。表向きは荷運び屋として俺は、そのまま村から連れ出された。ドラゴン退治を終わらせたその足で。

 でまあ、三年の間俺はほぼ無償でこき使われてきた。表向きのこともあるんで、衣食住はそれなりに融通してもらえたけど。

 そうして、今日に至る。……本当に何で、あんなもん使ったんだろうな?




 さて、契約破棄されて放り出された俺は、呆然としていた。いやだって、いきなり自由というか無職というか、になったんだものな。

 手持ちの金は……直前の依頼を終了した後にポケットにねじ込まれた、銅貨十枚くらいしかない。少しは持たせておかないと、他人から怪しまれるとかなんとか。つっても、一食分の代金にもならないぞ、これ。

 とはいえ、道端でぼーっと突っ立ってるのもアレなんで急いで離れよう。あの家……コルトたちの拠点となった家、一応俺が物件当たりまくって連中の要望に答えるものをなんとか探し出してきたんだけどなあ。


「けど、これからどーすっうわ」


 それでもまだぼんやりしてたせいか、人とぶつかった。ああやべえ、この感触はコルトと同じ冒険者だ。


「おい、ぼーっとしてんじゃねえよ」


「あれ、こいつコルトんとこの奴隷じゃね?」


「あ、本当だ」


「奴隷言うな。だいたい、この国は奴隷禁止だろうが」


 ……一部の冒険者パーティとは、コルトは仲が悪い。まあ、大体コルトに女を寝取られた相手なんだけど。

 そう、コルトはとにかく下半身が緩い。今のパーティだって下半身で勝ち取った連中ばっかだし……ただし俺を除く。

 コルトの下半身よりも、俺に対する態度のほうがよく知られているのはなんだかな。今こいつらが言った通り、ほとんどの第三者からは俺はコルトの奴隷だって認識されてる。知らぬはコルトばかりなり。……俺が言った通りこの国、一応奴隷は禁止なんだけどなあ。


「うっせえよ。何だてめえ、ご主人様に捨てられたか?」


「だったらどうした」


「なら無職か。次、うちでこき使ってやろうか?」


「ええ? やだあ、こんなグズなんて」


 おう、言いたい放題言ってくれるじゃねえか。とは言ってもまあ、大体本当のことだしなあ……何というか、コルトんとこで過ごした三年で諦めの念が身に染み付いたというか。


「まあいい。今ぶつけられて痛えんだ、治療費出せやこら」


 俺がぶつかった相手が、そう言って俺の腕を握って、ぐいとひっぱって。




「エール!」




 引っ張ったやつが空に舞い上がる、それと同時に俺の目の前にはきれいなひとが、立っていた。

 さらさらした白銀の髪が肩の上で揺れていて、深い赤の瞳が俺を見ている、んだけど。


「え、えーと」


「やっと、下らない魔術契約から解放されたようでしたので、参りました。エール」


 ……ああうん、たしかにそうだけど。

 でも、初めて見たはずのその人に俺は何となく見覚えがあるというか、なんつーか。


「……ああ。この姿であなたの前に現れるのは初めてですね。三年前は、まだ人の姿になれませんでしたから」


 穏やかに微笑む……多分男性なそのひとは、そう言って俺に背を向けた。彼の顔を見て、周囲にいる連中の表情が何やら引きつったけどおい、どんな顔してんだよ。


「さて。あなた方は、邪魔なので消えてください。できれば、物理的に」


「なんだと? 優男が」


「そんな奴より、俺らのほうが楽しめるぜ」


「何言ってんだお前ら。あと、物理的に消すのはやめろ」


 彼の背後でつい突っ込んだ、俺の気持ちを誰か分かれ。どっちでも良いのかよ、まあそりゃ人の好みの問題だけどさ。

 というか物理的に消えろって、さすがに昼の街中でそれはない。


「エールがそういうのであれば、やめます。視界から消すだけにしますね」


「ほ、ほどほどにな」


 肩越しに振り返ってにっこり笑った顔はとっても綺麗で、でもなんか見覚えあるんだよなあ。なんというか、いたずらっ子のような、その目。


「優しいエールに、感謝してくださいね? では、さようなら」


 ぽんぽん、と彼が手をたたく。その瞬間、吹っ飛んで遠くに倒れていた奴も含めて俺を笑っていた全員がふわりと、人の肩の高さくらいまで浮かんだ。

 そうして、びゅんと音を立てて路地の向こうまでふっ飛ばされていった。うん、まあ確かに視界からは消えたな。


「エール」


 それをやらかした当人はくるりと振り返り……あ、俺より頭半分くらい高い。その場所から柔らかい視線をこちらに向けて、にこにこ上機嫌に笑っている。

 ……うん、間違いなく見た顔だ。そして、さっきこいつが言ったセリフ。


「もしかして、リュント?」


「はい!」


 名を呼んだら、大きく頷いた。

 白銀の小さなトカゲだったリュントが、人の姿になって。


 ……トカゲ、じゃなくてドラゴンがそもそも人間に懐くのがあり得ないとか。

 俺がトカゲと仲良くしてるって話を聞いたコルトが、その俺をドラゴン退治に利用しようとして拘束したとか。


 その辺の話を俺はまだ、知らない。

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