第7話 「縺九∩縺輔∪?」編

「お前らにちょっと用事があって来たんじゃが」

「用事・・・?」

ベクツェさんは心底面倒くさいといった顔を人さし指で掻きながらわたしたちを見た。

「あーあー。第一報じゃ。もっとも第二報があるわけでは無いが」

「あおいちゃんあおいちゃん、だいいっぽうってなに?」

「私もわからないよ」

「しらでいいわ。お前らを少し気に入ったんだ。無知は罪というが、無知こそ最高の安堵じゃ。しらでいい。しらでいい」

「しらで?」

「なーんじゃ。言語の応用も利かんのか。頭は良くても硬いの。」

そう言いながら近くにあった岩に腰掛けると、また心底面倒くさそうな顔を人さし指で掻き始めた。どうやら癖らしい。

「『知らんで』の訛言葉じゃ。」

「ほうげん・・・」

りーがその言葉をなんとなく呟いた瞬間、ベクツェさんがりーを睨んだ。

「こわいよ!?」

「あー、いや。すまんの。現実は非情じゃと思ってな。」

「かわいいからゆるす・・・!」

りーはなんだか危険を察知する力が足りないような気がした。

多分許す理由を間違えている。

「あまりしたくはないが、お前らの面白さに免じて旨いもん食わせやろ」

「食わせやろ?」

「うるせえ!」

そう言うとベクツェさんは森の方へ歩いていき、すぐに戻ってきた。

手にはだいだい色の不思議な木の実らしきものを持っていた。

「ほれ。これのる木の葉っぱでアダムとイヴは隠すべきところを隠した。」

「たべれる?」

「旨いものと言ったのだから当然食える。」

りーは目をめいいっぱいつむってかぶりついた。

私はなんとなく、りーが食べたあとに食べようと思った。

そう、なんとなく。

「う・・・」

「美味しくないの?」

「うまい・・・!」

「じゃあ私も」

りーと同じようにかぶり付いてみた。

とっても甘くて美味しいけど、なんだか不思議な匂いがした。

どこかで書いだことのある、なんとなく安心できそうな匂い。

[ーーさも、ーーーになーばーーまーー]

食べているとき、その木の実の匂いからそんな声が聞こえた気がした。

思い出なのかもしれない。

食べているとき、ベクツェさんは私を睨んでいた。

りーよりももっと、厳しい感じで。

「・・・お前らは・・・何を信じてここまで歩いてきたんじゃ?」

「どういうこと?」

「あおいちゃんをしんじてた!」

意外にもりーが私より先に答えた。私は質問の意味もりーの回答も分からないまま、ただ困っていた。

「人間は困難に直面したとき、自分で創り出した絶対的な存在、つまりイエスや仏や天照あまてらすを信じた。お前らは神も仏もクソもしらでだ。ならばお前らは何を信じて今を生きているのだと問うたのだ。あおいよ」

「分からない。でも、りーが死んだら悲しいかも。」

「やた!」

「仲がええんじゃの。」

そこから数分ぐらい話題がなく、ただシマに流れてくる冷たい風と暖かい日差しをぼーっと感じながら黙っていた。

「・・・わしはの、縺九∩縺輔∪なんじゃ。」

「え〜?」

「なんて言った?」

「そろそろ帰らねばならぬな。お前らには分からぬだろうが、話すぞ。」

「待って。どういうこと?」

私はベクツェさんの言っていること理解できなかった。

ベクツェさんの話し方はとにかく何かを隠している。何か大きくて、とっても大事なことを隠してしゃべっている。

それは多分私が一番知りたい事で、知ってはならない事。

ベクツェさんは大きくため息をついたあと、話し始めた。

でも、全部聞き取れなかった。

絶対聞こえるはずなのに、何を言っているか分からなくて、ベクツェさんの声にモヤがかかっている感じ。りーもきょとんとしていた。

「・・・聞こえんかったじゃろ・・・」

「うん・・・」

「まあよい。すまんが帰らねばならん。」

「もーいっちゃうの?」

ベクツェさんは何も言わないまま立ち上がり、森の方へと歩いていった。

「お前ら、ちゃんと生きてたどり着けよ。」

ベクツェさんは見えなくなる寸前にそれだけ言って、どこかに行ってしまった。

チリン・・・・

「あっ!さっきのおとー!」

「ベクツェさんの方からだ」

「追いかけよーよ」

「・・・いいよ。追いかけなくて。」

私はなぜだかベクツェさんが歩いていった方には行かないほうがいい気がした。危険という感じではないけど、なにか「終わりそう」な感じがした。

わたし達はまた荷物を背負って、なんとなく決めた方向に歩き始めた。

「かみさまっているのかな」

「・・・いるんじゃない?わたし達が想像するのとは違うかもしれないけど」

「ふーん・・・」

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