42. 作戦決行日、当日

 追加した道具の受け渡しも滞りなく終了し、作戦決行日、つまり春の大掃除の日を迎えた。

 この日はトランスタットの街からほとんどの冒険者が出ていく。

 また、衛兵も森の監視にあたるため、街の守りが手薄になるらしい。

 今回の作戦は、冒険者が春の大掃除を行っている最中に獣人族国家の部隊がトランスタットの街を制圧、獣人族排斥派を拘束することが目標だ。

 それと同時にトランスタットよりも人間国側に行ったところに新しい砦と城壁を作り、新たな国境線を引いてしまうことも計画している。

 ダレンさんから聞いた話では半月前から新しい国境を作る部隊は展開済み、作戦決行日を待つだけらしい。

 トランスタットの街へ獣人族国家の間者を招き入れることにも成功しており、冒険者による大掃除が始まってある程度経ったときダレンさんがあげる合図を待つばかりらしい。

 トランスタット占拠後に禍根を残さないためにも衛兵は殺さずに無力化する手段をとるそうだ。

 でも、詳しい話までは僕も知らない。

 僕が知るべき話でもないからだ。

 不安になってルナと一緒に街の近くまで様子を見に来たけど、どちらに手を貸すこともしないと決めている。

 僕にとってトランスタットの街は馴染みのある街ではあるけど、命をかけるほど価値のある場所でもない。

 さて、この勝負、どう出るのか。

 遠目で見守らせてもらうよ、ダレンさん、キルトさん。



********************

***ダレン



 冒険者による春の大掃除も大分進んで来た。

 近場のモンスターはすべて狩り終え、森の奥の方にいるモンスターをぶっ倒しに行っている最中だ。

 衛兵たちも冒険者が近場のモンスターを倒したことで気が緩んでいる。

 そろそろだな。


「キルト、始めるぞ」


「はい。お任せを」


 俺は部下のキルトに命じてたき火をつけさせた。

 ここまでは毎年秋の大掃除でもやることだし、春の大掃除でもやることだから特に変わったことじゃない。

 違うのはここから先だ。


「ん? ずいぶんと煙の量が多いな……」


 誰かがぽつりとつぶやいたが、この煙が文字通りの狼煙のろしになるわけだ。

 後は任せたぜ、獣人国の皆さんよ。



********************

***獣人国の兵士



『合図だ。始めるぞ』


『わかった。獣人族排斥派という連中は取り押さえるか?』


『中心人物であるドネルという男だけは拘束しろ。ほかは可能な範囲で構わん。ドネル以外、生死も問わない』


『了解した。無事で会おう』


『お互いにな。我らは街門の制圧だ。急ぐぞ』


『おう』


 俺たちは静かに、しかし急ぎ足で街門へと駆け寄る。

 そして、番をしていた人間にひとつの液薬を投げつけた。


「なんだ!? ん、急に、ねむけ、が……」


『おっと、大人しく眠っていてくれ』


 これが今日の秘密兵器、人間族にのみ通用する睡眠薬だ。

 即効性が高く信頼性も高い。

 それでいて俺たち獣人には意味をなさないんだから本当に儲けものだ。

 たまたまではあるが、これを発明した錬金術士には感謝してもしきれん。


『さて、ここから先は時間との勝負だ。次々衛兵を眠らせて門を開けてしまうぞ』


 即効性は高いんだが効果時間が余り長くないのが欠点か。

 まあ、人数の少ない門を占拠する間の時間稼ぎにはなってもらうさ。



********************

***ドネル



 もう少しだ。

 この大掃除が終われば正式にこの街は儂のものになる。

 そうなれば、冒険者ギルドの生意気な長やあの錬金術士の小僧も逆らえなくなる。

 それだけではない、あの錬金術士の小僧を働かせて儂が大もうけできるではないか!

 この街に赴任させられて早10余年、ようやく念願が叶う!


「誰か! 誰かいないか!」


 なんだ騒々しい。

 儂の家の外で誰かが騒いでいる。

 今日は大掃除のせいで衛兵も少ない。

 街の警護まで人が足りてはいないのか?

 仕方があるまい、未来の支配者として儂が懐の広さを見せてやろうではないか!


「誰だ? どうしたのだ?」


 儂が玄関のドアを開けると、すぐさま何者かによって床に組み伏せられた。

 ドアも閉まっているし何が起こっている!?


「ドネル、だな?」


「お主ら、何者だ! 儂をこの街の支配者ドネルと知っての狼藉か!?」


「ドネル、か。目標を捕縛した」


 そのあとの会話は儂にわからん言葉で交わされていた。

 一体何が起こっているというのだ!?



********************

***ダレン



 俺が合図を送ってから十分な時間が経過した。

 既に大掃除も終わり、冒険者たちはモンスターの後始末と装備にガタが来ていないかの点検をしている。

 さて、街の方はどうなっているかねぇ?


「お、おい。あれは何だ!?」


 誰かがうろたえながら森の向こうを指さし叫ぶ。

 それに釣られて全員が指を差した方角を向くが、そこには森の木々よりも背の高い壁が出来上がっていた。

 なるほど、完成品はあれくらいの高さになるのか。

 俺も初めて見たな。


「な、なんであんなところに壁が出来てるんだ!?」


「見ろ! あっちには砦が出来ている! 大掃除を始める前にはなかったのにどこから現れたんだ!?」


 おーおー、いい感じにパニックを起こしてやがる。

 アークの錬金術は大成功ってわけか。

 砦の方からは緑の煙が2本上がっている。

 どうやらあっちは無事に作戦を終えたらしい。


「み、見ろ! トランスタットから煙が出ているぞ!?」


「なにかの合図か!? だが、あんな合図はなかったような」


 トランスタットの街からは緑、緑、赤の煙。

 最後が赤ってことは獣人排斥派の何人かは殺しちまったってことか。

 人数も少なかったし仕方がないな。


「うん? 馬に乗って近づいてくる軍団がいるぞ!」


「ぼうっとするな! 全員、陣を組め!」


 俺も素知らぬふりをして冒険者に合図を送るが、あっちの正体はわかっている。

 なにせ国旗を高々と掲げての登場だからな。


「な、なに? 獣人族国家の軍隊?」


「いつの間にこんな街の近くまで」


 冒険者どもからすれば〝いつの間に〟だろうが、あちらからすれば〝ようやく〟だろうな。

 一週間は前だから街の近くに潜んでいたはずだ。


『一仕事終わったぞ。トランスタットの街は獣人族の手で開放された』


 やれやれ、獣人語で話すなよ。

 獣人語なんてわかる連中はいないんだからよ。

 さて、説明してやるとするか。



********************

***アーク



「どうやら終わったようだね」


 遠見の魔導具で様子を見ていたけど、すべてが終わったようだ。

 トランスタットは獣人族国家が制圧したし、新しい国境線も敷かれた。

 あとのことは獣人族国家とトランスタットの住人たちに任せよう。

 そう言えばドネルはどうなったんだろう?

 真っ先に始末されたかな?


「さて、家に帰ろうか、ルナ」


「うん……うん? アーク、危ない!」


「え? うわっ!?」


 僕はいきなり飛び込んできたルナに押し倒された。

 すると、少し遅れて僕の頭があった位置をクロスボウのボルトが飛び抜けていく。

 危なかった。

 ルナが気付いてくれなかったら死んでいたところだ。


「アーク、無事?」


「ルナは?」


「私は怪我をしていない! それよりも……」


「ああ。誰が攻撃してきたか、だよな」


 誰が僕めがけて攻撃してきたのか。

 帰る前にそれを確かめる必要が出てきたね。

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