27. 狼少女とその装備

「お買い上げありがとうございました!」


「おう! 嬢ちゃんも頑張れよ!」


「うん!」


 ポーション販売が始まってすぐ、僕の様子を見ていたルナが真似をし始めた。

 それが冒険者たちの間で好評だったため、ずっとそれを続けているわけだが、こいつ愛想がいいな。

 ニコニコ笑顔でお辞儀をしている。

 本当に可愛らしい看板娘だ。


「アーク、ここの人たちたくさんポーションを買っていくけどそんなに必要なの? そこまで弱そうには見えないんだけど」


「アーク君のポーションは効き目が格別ですからね。やってくるのも月に2回程度しかありません。値段も安めで効き目も高いとあれば放っておく冒険者はいないでしょう」


「あ、マスターさん!」


「はい、酒場のマスター、キルトと申します。お嬢さんが手伝ってくださるおかげで売れ行きが倍増しています。いやはや、いいことですね」


「そうなの、アーク?」


「倍増まではいっていないんじゃないですか? 普段よりも早くなくなっていってますけど」


 その言葉に酒場の冒険者たちが少しざわめき、一部の冒険者は酒場を飛び出していった。

 さて、なにをしに行ったんだろう。


「あの、キルトさん。いま酒場を飛び出していった冒険者たちってなにをしに行ったんですか?」


「おそらく別の場所にいる仲間や知り合いを呼びに行ったのでしょう。売れる速度が速いということは、店じまいも早いということですからね」


「ま、そうですね」


 そこまで急がなくとも在庫はたっぷり用意してあるんだけどね。

 ともかく、呼びに行った冒険者が本当に仲間を連れて戻ってきてポーション類も飛ぶように売れ、たくさんあった在庫も品切れ。

 新人向けの治癒の軟膏ヒールオイントメントを売って今日の予定は終了だ。

 本当に早く売り終わってしまったなぁ。


「なあ、アーク。ルナの嬢ちゃんの装備ってお前が錬金術で作ったのか?」


 帰り支度を始めているとひとりの冒険者から声をかけられた。

 はて、どうしたのか。


「うん? どうしてそんなことを?」


「ああ、いや。お前の装備って自分で錬金術を使い作っているんだろう? なら、あの嬢ちゃんのもそうなのかなって思って」


「なるほど。ルナの装備も俺が錬金術で作った装備だよ。結構、手間暇かけた自信作さ」


「へぇ。さすが嫁の装備には気を遣うか」


「ほっとけ。でも、そんなことをどうしていまさら?」


「いや、あのでっかい手甲やブレストプレートに使われている、半透明の青い金属ってなにかなと思ってよ。教えたくないなら答えなくてもいいんだが」


 うーん、あれか……。

 答えてもいいけど信じるかどうか。

 とりあえず答えておくか。


「マリナードブルーだ。蒼海石を使って作った金属だよ」


「マリナードブルーだと!?」


 その冒険者の叫び声が酒場の中に木魂し、それを聞いた冒険者たちが一気にこちらを振り向いた。

 ああ、そう言えばマリナードブルーってそういうインゴットだったっけ。


「マリナードブルー!? マリナードブルーって言ったか!?」


「おい、アーク! どういうことだ!?」


「お前、マリナードブルーを作れたのか!? というか、この近辺に蒼海石の鉱脈なんてあったのか!?」


 酒場の中は大混乱。

 そうだよな、マリナードブルーを扱える鍛冶師なんてそう簡単に巡り会えないものな。

 マリナードブルーというインゴット、蒼海石という鉱石はその珍しさもあるが、取り扱える人間がとても少ないんだ。

 蒼海石をインゴットにするには非常に高い温度の炉が必要。

 そして、完成したインゴットは低温下での取り扱いが必須になる我が儘な金属である。

 インゴットにできる鍛冶師も少ないし、そのインゴットを保管する場所も少ない、さらにはインゴットをどうやって装備に組み込むのかを考えなくてはいけないと、とにかく扱いづらいのだ。

 それを使った装備を持つ少女が目の前にいればいろいろ聞きたくもなるだろうなぁ。

 そうして起こりかけた混乱を軽く手を叩いて収めてくれたのは、キルトさんだった。


「はいはい。皆さん、そう焦らずに。質問はゆっくりとしましょう。アーク君はひとりしかいないんですから一度に質問されても答えられませんよ」


「あ、答えなくちゃダメなんですね」


「アーク君が答えたくないものは答えなくても大丈夫ですよ。まずは蒼海石をどこで入手したんですか?」


「僕の隠れ家付近にある鉱脈から採取してきました。場所は内緒です」


「アーク君の家自体が秘密ですから仕方がないでしょうね。次、アーク君が錬金術でマリナードブルーとその装備品を作ったのも間違いないんですね?」


「もちろん。僕が作りました」


「では、その装備の作り方を公開していただくことは可能ですか?」


 錬金術を使った装備の作り方か……。

 これは公開しても仕方がないんだよな。

 設備がないとどうにもならないもの。


「公開しません。公開してもどうにもなりませんから」


「なるほど、確かに。では……マリナードブルーを装備に使ったときの特徴というのを教えていただけますか?」


「マリナードブルーの特徴?」


「はい。マリナードブルーは一般冒険者にとって名前ばかりが先行して歩いている代物。効果もしっかり知っておかねば危険でしょう?」


 ああ、確かに。

 マリナードブルーって上位金属だけど扱いにくいものな。

 少し冒険者たちに教えておくか。


「わかりました。マリナードブルーは魔力保護の付与を行わないと非常に脆い金属です。魔法金属であり光と闇の属性の資質を持っていますが、魔力保護を行う際、どちらかに決めないと脆さがなくなりません。また、魔力保護を行うと頑丈にはなりますが、切れ味は鋭くならず、刃物には向きません。鎧や盾など防具に使う方がいいでしょう」


「ふむ。ハンマーなどの重量武器には?」


「マリナードブルーは見た目よりも軽量な素材です。重量化の魔力付与をしない限り、重量武器には向きません」


「よくわかりました。アーク君、ありがとうございます。他に質問のある方は?」


 キルトさんが冒険者たちに声をかけるとそのうちのひとりが発言してきた。

 わりと年季の入った冒険者だ。


「アーク、青いのがマリナードブルーなのはわかった。赤いのはスカーレゴルドか?」


「そうだよ。メインの部分はスカーレゴルドだ」


「そっちもすげぇな。スカーレゴルドの特性は?」


「とにかく重い。頑丈だけどひたすら重いんだよ。短めの片手剣サイズでさえ両手を使わないと持てないんだからな。ルナの手甲は普通なら片方を両手でも持てない重さだけど、重量軽減の魔法付与で対応している。というか、スカーレゴルドの装備を使うなら重量軽減の魔法付与は必須だな」


「なるほど。だが、その金属を使った装備がその嬢ちゃんの装備になっているなら鉱脈もあるんだろう? その鉱石だけでも街に流してはもらえねえか?」


「いや、構わないけど。インゴットに加工すらできないと思うぞ」


「なに?」


「スカーレゴルドもマリナードブルー並みの炉が必要だ。それにそこまで重たい金属を作るんだから鉱石の消費量だって半端じゃない。僕がポーション販売のついでに持ってくることができる量の鉱石なんてたかが知れてる。作製失敗の回数も含めたらインゴット1本作るのに何年もかかるぞ」


「……それもそうか」


 その冒険者の質問はここまでのようだ。

 次の質問者からも金属の性質などを聞かれたけど、そんなに詳しく知りたいものなのかな?

 僕は家で調べたけど、普通は知らないようだし。

 いろいろ質問されていく中でだんだん時間も経っていき、そろそろ本格的に帰り支度をする時間になった。

 そんなとき、ひとりの冒険者からある依頼が出されたのだ。


「なあ、俺たちでも頼めばスカーレゴルドやマリナードブルーの装備を作ってもらえるのか?」


「装備の作製依頼か? 気が乗らないなぁ」


「おや? そうなのですか? そう言えば、アーク君のお母様もポーションの作製以外は請け負っていませんでしたね」


「ポーションなら使って終わりだけど、装備は奪われて悪用されると困るから知り合い以外からはあまり受けたくなくて」


「なるほど。そう言えば、春頃に宝石商から剣の依頼を受けたと聞きましたが、それ以外噂を聞きませんね」


「あれだって2年ぶりの依頼ですからね。素材だってスカーレゴルドのような希少金属は使ってないですし」


「いえ、この近辺ではツリーメタルも十分に希少金属ですからね?」


「そうなんですか?」


 ……ちょっと意外だった。

 冒険者が普通の鉄製装備しか持っていないのは、お金がないからだと思っていたのだけど、ツリーメタルでさえこのあたりでは貴重品だったとは。

 ちょっと奮発しすぎただろうか?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る