26. 狼少女と初めての冒険者ギルド

 トランスタットの街中を行く最中、ルナはずっと僕の手を握りしめていた。

 それでいてあっちをキョロキョロ、こっちをキョロキョロするんだからよく目立つ。

 一緒にいるのが僕だとわかるとみんな興味をなくすんだけどね。

 僕ってそんなに変わり者かね?


「アーク、冒険者ギルドってどこ?」


「もう少しで着くよ。それよりも、あちこちキョロキョロしながら歩いて大丈夫か?」


「この程度なら平気! 周囲を警戒するときと同じだから」


「そうか。躓くなよ」


「うん!」


 周囲を見回すことをやめそうにないルナは放っておいて僕は冒険者ギルドまでの道を突き進む。

 春はやたらと冒険者が多かったけど、今回は例年並みだな。

 いいことだ。

 余計なことをするバカがいなくなったということだろう。

 そう言えば、餌に釣られてやってきた連中はどうなったんだろうかね?

 春のあれこれを考えながら歩いていると、周囲でもひときわ大きな建物の前までたどり着いた。

 言わずもがな、冒険者ギルドだ。


「ルナ、着いたぞ。冒険者ギルドだ」


「ここが冒険者ギルド。大きいね!」


「小さい頃から来ていたからあまり気にしていなかったけど、確かに大きいよな。昔はこの大きさが必要だったんだろうか?」


「いまはこんなに広くなくても大丈夫なの?」


「ここまで人が集まることは……あるのか。僕が普段いないだけで」


「そうなんだ。とにかく、中に入ろうよ」


「それもそうだな」


 僕とルナは冒険者ギルドのドアをくぐり、中へと入った。

 冒険者たちの視線が一瞬集まり、僕のことを確認して散りそうになり、僕が手をつないでいるルナのことを確認してまた視線が集まる。

 うん、予想はしていたよ。


「おう、アーク。その嬢ちゃんは誰だ?」


「ん? ルナのことか? 僕の……」


「アークの妻のルナです!」


 僕が適当に当たり障りのない紹介をしようと思ったところ、先にルナが爆弾を投げ込んでくれた。

 ルナの元気な声は冒険者ギルドエントランス中に響き渡り、全員がこちらを向くことになる。

 ものすごく注目されてるなぁ。


「アーク? その嬢ちゃんの言っていることは本当か?」


「……本当だよ。実質、押しかけ妻だけどな」


「あーその、嬢ちゃん、お前何歳だ?」


「15歳だ。そう言えば、ルナ。ルナって何歳なんだ?」


「あたしの歳? 秋になったからそろそろ15歳だよ」


「その嬢ちゃん、結婚できる年齢も知らないのか」


「自由だからなぁ」


 この国で結婚できる年齢は男女ともに15歳から。

 つまりルナはようやく結婚できる年齢というわけだ。

 獣人族であるルナが人間の国の掟に従う理由はないのだけど、妙なところでボロが出るのはまずい。

 注意しなくちゃ。


「ふうん。結婚も田舎の村じゃ14歳でしちまうところがあるって聞くし、おかしくはないか。だが、どうするんだ、アークよう。結婚、本当にするのか?」


「帰れと言っても聞かないから、ルナの気が済むまでこのまま一緒に暮らすことにしたよ。危ない真似だけはしないように注意しているけど」


 一躍注目の的となったルナだったが、警戒心を露わにして回りに冒険者たちを近づけない。

 冒険者たちも不用意に近づこうとしないあたり、こういう場合の対処は身についているのだろう。

 僕の同伴者ということもあるのだろうけどさ。


「どうしたこの騒ぎは。……ん? アークか。そうか、ポーション販売に来る時期だったな。ところでとなりの少女は誰だ?」


 騒ぎを聞きつけたのか、ギルドの階段をのしのし降りてきたのは冒険者ギルドマスターのダレンさん。

 ダレンさんもルナのことに気がついたみたいだ。


「アーク、あの人誰?」


「ギルドマスターのダレンさんだ。この冒険者ギルドで一番偉い人だな」


「そうなんだ。アークの妻のルナです! よろしくお願いします!」


「……アークの妻。アーク、お前、いつの間に妻帯者になった?」


「押しかけ妻ですよ。前に危ないところを助けてあげたら、家にやってきてそのまま妻のポジションに収まりました」


 その話を聞いたダレンさんは感心半分、呆れ半分でぽつんと漏らす。


「アークに根性勝ちしたのか」


「そういうことです」


 そこまで聞くと、ダレンさんは頭をガリガリかきながら酒場の方へと歩いて行く。

 それに僕も付いていき、当然ルナも一緒に来ることになる。

 酒場にたどり着けば、酒場のマスター、キルトさんが今日も仕事をしていた。


「おう、キルト。アークが来たぞ」


「ああ、もうそんな時期に。わかりました。アーク君、いらっしゃい。……おや、そちらのお嬢さんは?」


「行く先々で聞かれているから慣れてきたけど、僕の押しかけ妻のルナです」


「はい! アークの妻のルナです!」


「あはは。アーク君もその歳で所帯持ちになりましたか。あなたは稼いでいるから問題ないでしょう。街で暮らそうと思えば楽に暮らせるほどの財力がありますからね」


「笑い事ではないですよ、まったく。みんな他人事だと思って」


「それだけの関心事だということですよ。それで、今日の販売分は?」


「大掃除の直前最後ですからね。いつも通り、多めに作ってきてあります」


「さすが。依頼分も多いので助かりますよ」


 僕はキルトさんと仕事の話を詰めていく。

 やはり、いまはポーション系がどれも品薄で値上がり傾向らしい。

 しかし、春はどこかのジジイに釣られてやってきた冒険者たちのせいで在庫が不足したのだろうけど、今回はどうして在庫不足になっているんだろう?

 春の時みたいに買い手が多すぎるわけではないだろうに。


「それでは販売に取りかかりましょうか」


「そうですね、そうしましょう」


「ねえ、大掃除ってなに?」


 あ、ルナには教えていなかったか。

 まずかったか?


「この街では春と秋の2回、街の周囲、とりわけ森の中に生息しているモンスターを一斉に狩るのです。それを〝大掃除〟と呼んでいるのですよ」


 キルトさんは気にせず教えてくれたけど、大丈夫かな?


「そうなんだ。アークの家の周りはあまりモンスターもいないんだけどなぁ」


「アークくんの家は特別なんでしょう。この中の誰ひとりとして場所を知らない隠れ家です。モンスター除けの結界なども張られているのではないのでしょうか」


「……そうなの、アーク?」


「いや、いまさら聞くのか?」


「だって、不思議に思わなかったんだもん」


「モンスター除けの結界も張ってるよ。ただ、弱すぎるモンスターには効果が出ないから、青グミとかはたまに侵入してくるけど」


「そっか。じゃあ、アークの家の周りでは大掃除の必要はないね」


「ないな。さて、そろそろポーション販売を開始するけど、ルナはどうする?」


「横で見てる!」


「はいはい。好きにしろ」


 止めても聞かないだろうし、勝手にほっつき歩いてボロが出るよりマシだろう。

 それにしても、春といい今回といい、なんだかきな臭いな。

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