25. 狼少女、街に行く

 ルナが街に着いてくることになったため、急遽ルナ用の旅行装備を調えることになった。

 かと言って、天使のブーツは既に鎧を着ているため履けないし、韋駄天のアンクレットだって邪魔になる。

 そこで頭をひねって考え出したのが【大天使のバングル】だ。

 これを腕にはめておけば天使のブーツと韋駄天のアンクレット、その双方の能力を得られるという優れもの。

 自分の分まで作るには素材が足りないけれど、ルナひとり分だったら素材が足りた。

 やっぱり貴重な魔力を帯びた宝石類はすぐに足りなくなる。

 今度、ルナと一緒に大量採取へ行くか。

 それから、ルナにも採取用のマジックバッグの代わりになるマジックバッグを作ってと。

 姿消しのマントと保存食も作らなくちゃな。

 人ひとり増えるだけでもいろいろと用意する物が増えて大変だ。


「アーク、あたしの旅装ってできた?」


「ん? 今できたところだぞ、ルナ。これから持っていこうとしていたところだ」


「じゃあ、丁度よかったね。これがあたしの旅装?」


「ああ。気配を隠しやがて姿を消せる【姿隠しのマント】に旅行用マジックバッグの【ゾラムのカバン】、それに僕の天使のブーツと韋駄天のアンクレットの効果を併せ持つ【大天使のバングル】だ」


「うわぁ。でも、なんであたしは天使のブーツと韋駄天のアンクレットじゃないの?」


「お前、鎧で足が塞がっているだろう。だからだよ」


「あ、そうだった!」


「まったく。それで、出発は明後日の早朝だけど大丈夫か?」


「うん!」


「それなら問題ないな。明日はそれらの装備品がきちんと働くかどうかチェックだ」


「はーい!」


 旅行用装備一式を渡し、翌日機能テストを行ったがなにも問題はほとんどなかった。

 問題らしきものはルナがふざけて高いところまで歩いていき、帰り道が恐る恐るになってしまったくらいか。

 ともかく、明日の出発準備はこれで完璧だな。



********************



「ルナちゃん、街に行ってもはしゃぎ回ってはダメですよ? きちんとアークと一緒にいましょうね。なんだったらずっと手にしがみついていてもいいですから」


「うん、わかった!」


 オパールが余計なことを吹き込んでいるが、どこかに行ってしまうよりマシか。

 そのほかにもオパールによる諸注意がルナに話され、ほとんどが僕と一緒にいることという他人任せなことだったが、実際僕が一緒なら僕が解決した方が早いので仕方がない。

 ルナが暴れて解決するよりはるかにいいからよしとしよう。


「……注意事項は以上です。基本的にアークから離れないで勝手に動き回らなければ問題ありません」


「うん!」


 どうやらあちらの話も終わったようだ。

 そろそろ出発しよう。


「準備ができたなら出発したいけどいいか?」


「うん! いいよ!」


「では、お気を付けて」


 オパールに見送られながら僕とルナは隠れ家を後にして街の方へと向かう。

 ルナは街へ向かう道が森の中を通り抜けたり、崖を越えたりすることに驚いていたが、同時に錬金術アイテムが必要な理由も理解してくれたようだ。

 そんなに甘くないんだよ、街への道程って。

 そして、いつも僕が一晩過ごす木の下でルナと一緒に眠り、翌朝いよいよ人間の街トランスタットに到着した。

 衛兵さんには僕がひとりで来なかったことを不思議がられてしまったけど。


「アーク、今日はひとりじゃないんだな」


「ああ、ちょっとな」


「そっちの連れとの関係は?」


「ええと、うちの同居に……」


「アークの妻です!」


 僕が同居人って答える前にルナが元気よく僕の妻だって答えてくれやがった!

 もちろん、それを聞いた衛兵さんは驚きの表情を隠し切れていない。


「アーク、お前、いつの間に所帯持ちになったんだよ」


「いや、これは……」


「今年の春にアークに助けられたの。その時に……」


「その時から家にいるんだよ。ほとんど押しかけ妻だ」


 さすがに裸を見せたから結婚することにした、なんて言わせるわけにはいかない。

 どこの風習かを問いただされてしまう。


「なるほどなぁ。アークも隅に置けないな」


「ほっとけ。それで、ルナも通っていいのか?」


「アークの嫁なら大丈夫だろう。そのでかい手甲は気になるが、冒険者だってでかい剣や槍を持ち歩いている連中がいる。それに比べれば大人しいもんだ」


「じゃあ、入らせてもらうぞ」


「ああ。ようこそ、お嬢さん。トランスタットへ」


「ありがとう!」


 僕とルナは衛兵さんのチェックをクリアして街門の先、トランスタット市街へと足を踏み入れた。

 相変わらず、ここは独特の空気があるな。

 ……と、横を見ればルナが変な顔をしている。

 どうしたのだろう?


「ルナ、なにかあったのか?」


「……なんだかこの街臭い。いろんな臭いが混じってる」


「ああ、人間の臭いが混じっているんだろうな。体臭だけじゃなく香水とかも使っている人がいるから」


「うー、アークはよく平気でいられるね?」


「僕はそこまで鼻がよくないし、もう通い慣れた街だからなぁ。とりあえず今日は我慢してくれ」


「……わかった、これからもアークと一緒に街に来るから我慢する」


 ルナ、やっぱりこれから毎回一緒に来るつもりだったのか。

 そこまで頑張らなくともいいんだけどな。


「それで、アーク。どこに向かうの?」


「ん? ああ。まずは薬の販売からだ。冒険者ギルドに向かうぞ」


「ぼうけんしゃぎるど?」


「平たく言ってしまえば何でも屋の集まりだ。さあ、早く行こう」


 僕はルナの手を取って街の中へと足を踏み入れた。

 ルナにとっては初めてのトランスタット、人間の街。

 さて、どんな出会いが待っているのだろうか。

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