第4章 狼少女の街デビュー
24. 狼少女は街に行ってみたい
ルナが僕の家にやってきてから半年ほどが経過した。
その間にも僕はトランスタットの街へと何回も行き、薬を売っている。
春の大掃除のあとに行ったとき、やはり数名の死者は出たようだが、それ以外の大多数は生き残ることができたようだ。
僕の薬が今年も大活躍だったと言われると正直くすぐったい。
それから宝石商にも剣を届けたが、あの宝石袋の中身については知らなかったらしい。
そもそもあの宝石袋の中身はふらりと店を訪れた旅人から買い取った物らしく、店で売り物にするには半端だったので僕に依頼が来たというわけだ。
お詫びとして宝石の原石ももらったけど、どうにも奇妙な話だった。
それ以降の街での販売は特に変わったこともなく終わっている。
「アーク。今日はなにをして過ごすの?」
「ん? ルナか。今日は一日錬金術の作業だな。もうすぐ街に行く時期だから」
この半年でルナの人間語もかなり上手くなった。
普通に日常会話をする分にはまったく違和感がない程度になっているのだ。
よく頑張ったと言えるだろう。
「ふーん。アーク、最近ずっとアトリエにこもりっきりでつまんない」
「仕方がないだろう。今回は秋の大掃除前、最後の販売だ。次に行ったら1カ月は行かないんだからたくさん作って持っていかないと」
「ぶー」
「むくれたって遊んでやんないぞ」
「つまんないなぁ。あたしも強くなってきたのに」
そう、ルナも本当に強くなってきたのだ。
ビーストテイルに無傷で勝てるようになったし、一角魚相手でも僕の援護があれば渡り合えるところまで来ている。
おかげで蒼海石も大量に集められるようになり、ルナの装備もまた1段階進化した。
今回は僕の装備も強化したのでルナに文句は言えないんだけどね。
「強くなってきたとは言っても危険なところにひとりで行くのは禁止だぞ」
「わかってるよ。でも、つまんないなぁ。もう少しするとアークも街に行っちゃうから、数日いなくなっちゃうし」
「それも我慢してくれ。秋の果物を買ってきてやるから」
「むう。すぐに物で釣ろうとする。秋の果物はほしいけど、あたしはいま構ってもらいたいの!」
ふう、ルナも最近自己主張が激しくなってきて困る。
夜寝るときだって必ずキスをせがまれるようになってきたし、どうしたものかね。
「気持ちはわかったけど、僕には僕の仕事があるんだ。邪魔されてもなぁ」
「むぅぅ……」
さて、どうしようか。
完全にむくれちゃったよ。
半日だけでも構ってあげようかな?
「わかった。半日だけなら一緒にいてやる。なにをしてほしい?」
「やった! 一緒にベッドでごろごろしていたい!」
「それ、夜寝るときと一緒だぞ?」
「うん! でも一緒にいたい!」
はぁ。
ルナの気持ちがよくわからない。
ともかく、ルナがそうしたいって言うんだからそうするか。
********************
ベッドで半日ルナとごろごろして午後からは街に持っていく薬を作った。
今日の分の遅れは明日取り戻せばいいからあまり気にしないでおこう。
ルナも毎日毎日せがんでは来ないだろう。
そう考えて夕食を食べていたらルナからもっとすごいおねだりをされてしまった。
「アーク。あたしも街に行っちゃダメ?」
「ルナが? 僕が行っているのは人間の街だぞ? 獣人が行っても面白い物なんてないと思うけど」
「それでも一緒に行きたいの。アークがいないなんて寂しいもん」
これは困ったな。
折れてくれそうにもない。
事前に対策しておいてよかった。
「どうしても行きたいのか?」
「どうしても行きたい」
「それじゃあ約束しろ。勝手にふらふらいなくならないって」
「うん、約束する!」
「じゃあ連れて行ってやる。夕食を食べ終わったらいろいろと説明するからまずは食事を終わらせなくちゃな」
「わかった!」
ルナはものすごい勢いで夕食を食べ始めた。
そんなにがっついても僕の食事が終わらないと説明できないんだけどな。
仕方がないので僕も急いで食事を終わらせ、先に食事を終わらせて待っていたルナに説明を開始することに。
「ルナ、僕が行くのは人間の街。それはわかっているよな?」
「うん! わかってる!」
「そうなると獣人排斥派の住人も当然いるわけだ。それも理解できるか?」
「じゅうじんはいせきは?」
「わかりやすく言うと、昔ルナを襲っていた〝獣狩り〟のように獣人をこの国から追い出そうとしている連中のことだ。トランスタットは古い町だから穏健派も多いけど、最近になってやってきた獣人排斥派も多い。ここまでは理解できたか?」
「うん。わかった」
「それでなくても獣人は人間の街に入れない。余計なトラブルを避けるために街の衛兵が獣人を街に入れないように見張っているからな」
「え? それじゃあ、アークと一緒に街に行っても一緒に入れないの?」
「そこで僕があらかじめ仕込んでおいた錬金術の道具を使う。ちょっとイヤリングとチョーカーを触るな」
「うん、いいよ」
「じゃあ、ちょっと失礼して……えい」
「ひゃっ!?」
僕がイヤリングに触れた途端、ルナが驚いたような声をあげて固まった。
それを無視して僕はもうひとつのイヤリングとチョーカーにも触れていく。
これで問題ないな。
効果もちゃんと発動しているし。
「よし、もう大丈夫だぞ」
「もう大丈夫ってなにをしたの?」
「お前の姿を人間のものに置き換えた。狼の耳も尻尾もなくなっているし、人間の耳だって付いているぞ」
「え? 本当だ、尻尾がない! 耳もない! 頭の横に耳がある! すごいすごい!」
ルナは自分が人間の姿になったことにはしゃいではね回っている。
そんなに嬉しいのかねぇ。
「おや。ルナちゃんはご機嫌ですね」
「ああ、オパールか」
「はい。食器を下げてきたんですがなにかありましたか?」
「人間の街に行くために作った擬装用の魔導具を発動させたんだ。そうしたらテンションが上がってあの様子だよ」
「あらまあ。人間の街に行った時にボロが出なければいいのですが」
「僕もそれが不安になってきている」
とりあえず、はしゃぎ回っているルナを落ち着かせて水浴びをし、一緒に寝ることに。
その時もルナは嬉しそうに自分の耳やお尻の尻尾があった部分を触っていた。
そんなに嬉しいものなのかな?
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