12. 下級冒険者向け軟膏販売

 さて、妨害していた輩も消えたところで次の販売に移ろうか。

 こちらも多めに用意してきたけど、使うだろうか?


「キルトさん、次のをお願いします」


「わかりました。では次に、下級冒険者向けの治癒の軟膏ヒールオイントメントを販売いたします。値段はいつも通り15ヒーナウ。アーク君、今回の購入数制限は?」


「ひとりあたり5個かなと。ただ、治癒の軟膏ヒールオイントメントを5個も使う状況になると、先に逃げ出していないと間違いなく死にますが」


「手厳しいですが同意見です。それでは、下級冒険者諸君。買いたい者は集まりなさい」


 キルトさんの声に合わせ、集まり始める冒険者たち。

 今回は下級冒険者向けということで、販売の前に冒険者証も提示してもらっての販売だ。

 そのため、チェックにも時間がかかるが誰も文句は言わない。

 それもそうだろう。

 治癒の軟膏ヒールオイントメントは普通の錬金術士が作っても、治癒能力が微妙すぎて戦場で使うことなんて基本的に無理だ。

 でも、僕の治癒の軟膏ヒールオイントメントはそこらのヒールポーションよりも効果が高く、回数も使え、値段も15ヒーナウと良心的なため、普段は回復アイテムを買わずに僕が来る時を待っている冒険者だって多いらしい。

 中級冒険者になると売らなくなるが、そこまで行けばお金も貯まるだろうからヒールポーションに切り替えてもらいたいし、治癒の軟膏ヒールオイントメントは後輩に譲ってもらいたいものだ。


「……ふむ。今回はいつも以上に売れていますね」


 キルトさんが独りごちるが当然だろう。

 もうすぐモンスターの大掃除なんだから。

 少しでも討伐数を稼いでお金を稼ぎたい彼らにとっては、多少傷を負っても翌日には元気になれる治癒の軟膏ヒールオイントメントが重要なアイテムなのだ。

 本来ならそういう無茶はしてもらいたくないんだけど、そういう無茶をするのが冒険者らしいので止めはしないよ。

 諦めた。


「……ふむ、客足が途絶えました。これで店じまいのようですね」


「そのようです。残りの治癒の軟膏ヒールオイントメントも50個を切りましたし、ちょうどいい頃合いでしょう」


「わかりました。それでは、本日の治癒の軟膏ヒールオイントメント販売を終りょ……」


「わーっ!? ちょっと待ってくれ!」


 キルトさんが販売終了を宣言しようとしたとき、5人の少年少女が駆け込んできた。

 装備にも泥が付いたままだし、依頼帰りかな?


「おや、駆け込みのお客様ですか」


「ま、間に合いましたか、マスター」


「ぎりぎりでしたね。5人分でしたら最大数の販売もできます。早くお並びなさい」


「は、はい!」


 駆け込んできた5人も5個ずつ買っていき、販売は終了。

 かなりの売り上げになったな……。


「では、アーク君のポーション販売はこれで終了ですね。みなさん、お疲れ様でした」


「ちょ、ちょっと待て! 錬金術士なら攻撃アイテムも売るんじゃないのか!?」


 ここまで高みの見物を決めていた余所者たちが声をあげだした。

 でも、そんなこと知ったことじゃない。


「おや? アーク君は始めるときに『ポーション販売所』と言って始めましたよ? 錬金術アイテムを無制限に販売するだなんて一言も言っていません」


「そうかも知れないが、この街の錬金術士なら攻撃アイテムくらい売るのが当然だろう! 俺たちがいなければ街を守れないんだからな」


 やれやれ、相変わらず余所者は態度がでかい。

 報奨金目当てにやってきただけの連中がいざというときに街を守ったりするのかよ?


「そういうことなら関係ありません。アーク君はこの街の錬金術士ではありませんから」


「何だと? どういう意味だ?」


「言葉通りですよ。アーク君は別の場所に拠点を持つ錬金術士。この街へは定期的に薬を売りに来るだけです。この街がなくなったとしても、アーク君にとっては少し不便になるだけでそれ以上困りません」


「いや、しかしだな……。街を守るにはみんなの協力が……」


「ポーション販売という形で協力したではありませんか。あなた方はそれを拒んだだけです。自分たちからポーションの供給は拒否しておいて別の物をよこせは話が違うのでは?」


「う、ならば、ポーションだ! ポーションを適正な価格で売れ!」


「適正価格ですか……。アーク君、あなたのポーション、適正価格はいくらでしょう?」


 僕のポーションの適正価格ねぇ。

 そんなの決まっているじゃないか。


「ヒールポーションで1セット200ヒーナウですよ。元々はもっと安く売っていたのに、ここの冒険者からの要望でどんどん値上げしていってこの値段に落ち着いているんですから、これが適正価格でしょう」


「ですよね。というわけで、適正価格は1セット、2本で200ヒーナウです。文句があるのでしたら街にいるほかの錬金術士から買い求められては? この季節は値上がりして1セット70ヒーナウ程度になっていますが、まだ買えますよ。それだってあと数日もすれば売り切れです。お急ぎになった方がよろしいのでは?」


「くっ……。足元を見やがって!」


「足元を見ているのはどちらでしょうね? ともかく、アーク君のポーション販売は終了です。これ以上売ることはありません」


「くそったれ! 俺はこの街を出る! こんな街、守ってやれるか!」


「俺たちもだ! この街の代表から招聘しょうへいされてやってきたのに、ここまでコケにされるとは思いもしなかった!」


「俺たちも帰らせてもらう! お前らも街の代表者に逆らったことを覚悟しておけ!」


 口々に『街の代表者』と言っているけど、この街に『街長』はいない。

 僕がこの街に来るようになる前に暗殺されてから、この街は街長を選出できないでいるのだ。

 こんな状況で『街の代表者』を名乗るバカなんてただひとりしか思い浮かばないな。


「なんだ、お前ら。よりによってドナルに呼び集められた口か」


「おや、ギルドマスター」


「あ、ダレンさん」


 酒場に顔を出したのは冒険者ギルドのギルドマスター、ダレンさん。

 その表情は面白い物を見たといわんばかりである。


「あ、ああ、その通りだ。我々はこの街の代表者であるドナル殿に集められ……」


「ドナルのヤツは街の代表どころか何の権力も持っていないジジイだよ」


「は?」


「聞こえなかったか? あいつは街の権力者を名乗っているだけの嘘つき爺さんだ。この街の獣人排斥派のリーダーではあるが街の要職には就いていない。つまり、街の権力者なんかじゃねぇ」


「い、いや! 獣人排斥派のリーダーならば街の権力者……」


「この街は獣人排斥派を表立って認めていねぇ。だから、獣人排斥派のリーダーってだけで『街の代表者』になんてなれはしねぇ。むしろ、やつらがやってきた頃この街の街長が殺害され、あいつらが街長を引き継ぐって騒ぎ出したんだ。この街に古くから住んでいる住人にとっては、ドナル一派は街長殺害の容疑者だよ」


「だが、しかしだな。我々はドナル殿から宿の支払いも旅費もこの街の冒険者ギルドが請け負うと聞いてやってきていて……」


「そいつはドナルにだまされたな。俺たち冒険者ギルドは1ヒーナウたりとも支払いはしねぇ。さっさと精算を済ませて逃げ帰りな」


「ま、待ってくれ! いま精算しようとしても所持金が……」


「それこそ知ったことか。ドナルのヤツでも頼れよ。あいつのことだから冒険者ギルドに乗り込んで来ようとして門前払いになって終わるだけだがな」


「そんな……我々はどうすれば……」


「うん? 大掃除で頑張ればいいだろう? 大掃除は街の外の人間だろうと結果が出ればそれに見合った報奨金を出す。その報奨金でいままでの経費を支払って帰れよ」


「いや、俺は既に2000ヒーナウ以上……」


「頑張れや。モンスターを100匹くらい倒せば3000ヒーナウにはなるぞ。相手の強さによるがな」


「それではただ働きも同然……」


「知ったことか。話が済んだなら帰れ。ドナルに泣きついてもいいが、あいつは癇癪かんしゃくを起こすことが自慢の能力も権力もないジジイだ。街のギルドはヤツの相手をしないし、衛兵も要注意人物として監視している。あまり近づくとお前らも危険人物とみなされるから注意しろや」


「あ、ああ、わかった……。ご忠告、痛み入る……」


 余所者冒険者たちはすごすごと帰っていった。

 そうか、ドナルのヤツに呼ばれて来ていたのか。

 相変わらず害悪にしかならない爺さんだなぁ。

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