11. ポーション販売
僕はキルトさんに招かれて酒場のカウンターの中に入ると、高めの椅子に腰掛けて視線を高くした。
僕の身長だと酒場のカウンターは高すぎるんだよね……。
さて、そんなことは置いておいて販売開始だ!
「お待たせしました! アークのポーション販売所開店だよ! 値段はいつも通り、ヒールポーション1セット200ヒーナウ、マナポーション1セット250ヒーナウ、キュアポーション1セット230ヒーナウだ! 買いたい人がどれだけいるかわからないから、とりあえずはひとりそれぞれ5セットまでの販売、買いたい人が途切れたら抽選販売だよ!」
僕の発言にざわつくのは余所から来た冒険者たちだろう。
この国の通貨ヒーナウは10ヒーナウあればそれなりに量のある食事が、20ヒーナウもあれば中級の宿に素泊まりできるんだからね。
それをヒールポーション1セット、つまり2本で200ヒーナウという強気な値段設定。
普通、錬金術士が販売するヒールポーションは、20ヒーナウから50ヒーナウと聞くから4倍から10倍の設定だ。
その値段を聞いて誰がそんなものを買うのかとニヤつく者がいるが、そんな愚か者はどうでもいい。
買いたい人だけが買ってくれればいいんだから。
「おーい、アーク。最初は5セットだけか? いきなり10セットじゃダメかよ?」
誰かの言葉に余所から来た連中はまたざわつく。
法外な値段のヒールポーションを10セットも買いたいといいだしているんだから当然か。
「悪いけど5セットからかな。依頼として取り置きしてもらうポーションもあるし、全体の購入数が読めない。というか、10セットも買っていってそんなに使うんですか?」
「あー、10セット20本も使う可能性はないか。さすがに死んでるな」
「というわけで5セットからです。数が余ったら抽選販売にしますから」
「オッケー。さて、それじゃあ、買うぞー」
買う気になっている冒険者たちの準備は万全のようだ。
キルトさんを横目で見て軽く頷き、販売開始の宣言をしてもらう。
「それではアーク君のポーション販売開始です。一度に詰めかけず列になって順番に購入数を指定していってください。購入数と金銭は私が預かります。購入金額の確認が終わりましたら、となりのアーク君からポーションをお受け取りください」
これもまたいつものパターンだ。
昔、母さんがひとりでやろうとしたところ、効果が高すぎることを知った冒険者たちが一気に詰め寄ってしまいパニックを起こした。
それを避けるため、ギルドマスターが考えたのが販売受付は酒場のマスターであるキルトさんを通し、母さんは指定数のポーションだけを渡すこと。
そのやり方は僕の代になっても受け継がれている。
むしろ、僕の代になったからこそ冒険者たちもキルトさんも厳密に守ってくれている。
母さん、腕っ節も強かったからなぁ。
「よーし、まずは俺からだ! マスター、ヒールポーション5セット、マナポーション2セット、キュアポーション5セットくれ!」
「かしこまりました。全部で2650ヒーナウですが大丈夫ですよね?」
「もちろんだ! 金はここに出せばいいか?」
「よろしくお願いします。……ふむ、確かに2650ヒーナウいただきました。アーク君、ポーションを」
「了解です。それではこちらをどうぞ」
僕は注文にあった数のポーションをカバンから取り出し冒険者に手渡す。
冒険者の方もそれを受け取ると、丁寧に取り扱いカバンの中へしまった。
いまポーションストッカーに入っている薬も僕の作った薬かな?
「それでは次の方、どうぞ」
「おう。俺は……」
この調子でどんどんポーションが売れていく。
ヒールポーションはみんな最大数を買っていく傾向にあるな。
マナポーションとキュアポーションは必要数に合わせてか。
さすがにそちらまで全員が最大数買っていくと途中で売り切れる可能性もあるから助かるよ。
やがてポーション販売の列も途切れ、第一段階の販売が終了となった。
「いやはや、やはり大掃除前の混みようはすさまじいですね。私でも気圧されました」
キルトさんが白々しいことを言うがこっちはそれどころじゃない。
次の販売に向けて在庫数をチェックしなくてはいけないからだ。
「キルトさん。依頼として取り置きしなくちゃいけないポーションの数は?」
「それも控えてありますよ。ヒールポーションが165セット、マナポーションが123セット、キュアポーションが134セットです」
「マナポーションが123、結構ぎりぎりだったな」
「おや、見極めが甘かったですか」
「みたいです。代わりにヒールポーションは100セットほど余りました。第二段階の販売に移ってください。ヒールポーションのセット数は213、マナポーションは12、キュアポーションは54です」
「マナポーションは少ないですね。奪い合いになることを避けるために販売なしでもいいですか?」
「はい。キルトさんの判断に委ねます」
「では、マナポーションは販売なしということで」
そのセリフに冒険者たちから非難の声が飛んできた。
冒険者たちとしてはたとえ1セットでもほしかったんだろうな。
在庫の見極めももっとできるようにならないと。
「はいはい。あまり文句を言うようならほかのポーションの抽選販売からも外れてもらいますよ?」
キルトさんの言葉に非難の声はピタリと止む。
……まあ、これもいつものことか。
「さて、今回はヒールポーションがかなり余っているのでひとり2セットまでの申し込みとしましょう。100人あまりなら全員に行き届くと思われます。キュアポーションはひとり2セットの抽選販売ですね」
キルトさんが販売方針を決め、冒険者たちがまた列をなして抽選に参加する。
キルトさんの予想通りヒールポーションは全員に行き届いた。
キュアポーションは倍率2倍以上の抽選となったが、そこは諦めてもらおう。
「さて、今日のポーション販売は終わりですね。次は……」
「お、おい、待て。なんでたかがヒールポーションが200ヒーナウもの高値でホイホイ売れる!?」
うん?
さっきから様子を見ていた余所者冒険者かな?
それって説明すべきことだろうか?
僕が悩んでいると代わりにキルトさんが答えてくれた。
「冒険者にいちいち説明すべきことではありませんが、薬は冒険者の命をつなぐ大切な物だからですよ。アーク君のポーションはそれだけ効果が高いということになります」
「いや、だが、ヒールポーションなど1本飲んでも多少の切り傷が塞がる程度だろう? それなのに200ヒーナウは高すぎるのではないのか?」
「つまり、あなたはなにが言いたいのですか? ここにいる冒険者たちは惜しげもなく1セット200ヒーナウを出して買っていきました。あなた方はそうしなかった。それだけの差でしょう?」
「そうだが、効くかわからない薬に金を払えるほど愚かでもないのでな」
ああ、なるほど。
効くかどうかわからないから1本よこせとたかりに来たか。
本当に意地汚い。
「なるほど。あなたの言い分はわかりました。ですが、先ほども言いましたが、ほかの冒険者は惜しげもなくお金を支払って買っていったのにあなた方は黙ってみていただけ。そんな冒険者に渡す薬などないでしょう、アーク君?」
「ありませんね。そもそも、ほとんどの薬が売れてしまい残りはわずかな売れ残りだけ。もう売る分もないですよ」
「とのことです。早急にお引き取りを。私たちは次の仕事がありますので」
「いや、だが……」
まだ意地汚くたかろうとするか。
一発、ニードルボムでも食らわせるか?
そう思ってカウンターの裏側で準備を始めたとき、また別の冒険者が動いた。
今度はよく僕のポーションを買っていく顔見知りの冒険者だ。
「おいおい、いつまでつまらない言いがかりをつけているつもりだ? マスターもアークも迷惑してんだろうが」
「い、いや、俺はただ……」
「効くかどうかわからない薬なんていちゃもんをつける必要もねえだろうが! さっさとお家に帰りな!」
「ひっ!?」
一喝されて余所者冒険者は冒険者ギルドから逃げ出していった。
まったく、情けない……。
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