9. 辺境都市トランスタット

 翌日目が覚めたあと、いまだに腕を放してくれないルナを起こし、早めの朝食を食べて僕は人間種の街である辺境都市トランスタットへと足を向けた。


 トランスタットはこの地方でもっとも大きな街かつ重要な意思決定機関を持つ街だ。

 ただし、その意思決定機関にはあとからやってきた〝獣狩り〟どもも幅をきかせようとしており、政策もそれに見合った物となってきている。

 すべての住人がそれを受け入れているわけではないが、その教育を受け、洗脳に近い状態にあるあとからやってきた新住民は従順な駒といったところか。


 そういったトランスタットだが、獣人族の隠れ里を発見するにいたったことは過去20年以上1回もないらしい。

 主力として駆り出される冒険者たちはトランスタット上層部に忌避感を思っているためまともに働かないし、トランスタットの〝獣狩り〟部隊が直接動いても森の中で道に迷うか、行方不明になるかの二択である。

 要するにトランスタットで威張り腐っている〝獣狩り〟どもは、〝獣狩り〟とその支持者の中だけでもてはやされているだけで、冒険者などの流動的な戦力からは嫌われているのだ。

 毎年、春と秋に行われるモンスターの大掃除だって〝獣狩り〟どもの顔を立てるためではなく、トランスタットの住民たちが狙われないようにするためだし。


 長々と説明したが、トランスタットの街は古くからいる住民と新しくやってきた住民との間で意識の差がある街だと思ってくれればいいかな。

 実際に獣人族と接触した場合どうなるかはわからないけど、一般市民はいきなり殺しには行かないだろう。

 野蛮な〝獣狩り〟とは違ってね。


「さて、ここからは崖と谷を越えて行かなきゃな。天使のブーツの出番だ」


 僕がはいてきたマジックアイテム『天使のブーツ』は羽で装飾されたブーツだ。

 効果は『魔力を流している間、空中を歩けるという』もの。

 谷を越えたり崖の上り下りをしたりするのにはすごく役立つ。

 魔力はそこそこ使うけれど、途中でマナポーションを飲む余裕もあるし、墜落する恐れはないだろう。

 ああ、でも、ルナを連れてくるようになったら気を付けさせなくちゃいけないのか。

 あいつだったら楽しくて走り回り、魔力切れを起こしそうだからな。


「よし、崖と谷越え終了。少し休憩にするか」


 1日目の旅程はあの谷と崖を越えるので半分程度。

 そろそろお腹も空いてきたので携帯食のベーグルと紅茶を飲むことにした。

 錬金術の生産品であるベーグルと紅茶はできたときの状態を維持し続ける。

 つまり、温かくて柔らかく、それでいてお腹にたまる状態が維持されているのだ。

 錬金術万歳。


「とりあえずここまではモンスターの襲撃もなしか。アイテムの節約もできていいことだ」


 この旅路はいま抜けている荒野も含め、森の中や整備されていない街道など、人が近づかない場所を多く通る。

 そのため、モンスターにも襲われやすいんだよね。

 各種爆弾系アイテムで一撃なんだけど、面倒くさいからなるべく戦いたくはない。

 いまはカバンもぎっしりだから、モンスター素材を詰め込む余裕はほとんどないし。

 今日はなるべく出くわさないといいなぁ。


 そのまま荒野を抜け、森の中に入ってしばらく。

 その日の宿になる森の広場に都着した。

 結局、モンスターには5回ほど襲われて倒してきたけど、やっぱり面倒くさかった……。


 ともかく、いまは寝るための準備を整えよう。

 草をならして厚手のマントを2枚引き、結界石を発動させたらその上に寝転がる。

 やっぱりベッドほど寝心地はよくないけれど、これはこれで趣がある。

 でも……。


「ルナ、いないんだよな」


 普段は左腕にがっちりつかまってくる感触がないことにわずかな寂しさを覚えつつ、今日の夕食を食べて寝た。

 明日はちょっと急ぎの旅になるからね。


 翌朝、朝食を済ませたら早速旅支度だ。

 昨日までは姿隠しのマント1枚だけだったが、今日はその上にさらに1枚マントを羽織る。

 姿隠しのマントがマジックアイテムだってばれたくないからね。

 この先を少し進めばうち捨てられた街道に出る。

 そこからさらに進めばトランスタットに続く街道だ。

 僕はとにかくトランスタットへ続く街道に出るところをほかの誰かに見せたくない。

 そこで姿隠しのマントを使うのだ。

 この『姿隠しのマント』は『気配が薄くなり、やがて相手から見えなくなる』という効果を持つ。

 いきなり別の、それも人がいない街道から僕が飛び出してきても気がつかないってわけ。

 あとは『韋駄天のアンクレット』も一緒に使っておこう。

 これは『歩く速さや走る速さが上がる』というわかりやすいアイテムだが、その分効果も高い。

 さて、それでは出発しますかね。


 今日も太陽が輝く天気のいい日の中、うち捨てられた街道からトランスタットへの街道へと合流する。

 こっちの街道はかなり人が多くなっているな。

 見た感じ、冒険者や商人のようだけど、冒険者はともかく商人はこの時期のトランスタットに何用だろう?

 話しかける理由もないしそのまま進むが、ちょっと気になる。

 トランスタットで毎年この時期に行われるモンスターの大掃除は年中行事だから、不足するようなものはない。

 あえて不足するものを言えば、戦力としての冒険者と彼らが持つ回復薬程度だ。

 冒険者はそれを目当てに集まっているんだろうけど、大掃除の報酬は出来高払いになる。

 特殊な魔道具を使ってどんなモンスターを何匹倒したか、確実にカウントされるので不正はできない。

 だから、半端な強さしか持ち合わせていない冒険者ではトランスタットまでの旅費で赤字になってしまう。

 それなのに、今年はこんなに多いなんて、なにか秘策でもあるんだろうか?

 商人も妙に多いしなにがあったんだ?


 そんな彼らを観察しながら歩いていると、トランスタットの街までたどり着いた。

 街に入るときはすっかり顔なじみになった門衛さんから身元確認を受ける。

 あくまで形式的な物だけど。


「今年も来てくれたか、アーク。来ないのかとヒヤヒヤしていたぞ」


「僕が来ないと困る人が大勢いますよね、この時期は特に」


「ああ、もちろん。我々防衛隊だって困ってしまう。冒険者ギルドで我々への納品依頼を出してある。可能な範囲で納品してもらいたい」


「それは数を確認してからですね。持ってきた総数から判断して問題ないなら希望数を納めますよ」


「それは助かる。さて、身元確認もこれで十分だろう。アークは今日中に街を出るだろうが、あまり長居はしない方がいい。どうにも新住民がおかしな動きを見せている」


「おかしな動き?」


「そうだ。あいつら、自分たちの金儲けのためにはなんだってしやがるからな」


「ははは……」


「おっと、お前相手に愚痴を言っても仕方がなかった。仕事が終わったら早めに帰ることをお勧めだ」


「はい。ありがとうございます」


 身元確認も終わった僕は、通い慣れたトランスタットの街へと入る。

 さて、〝獣狩り〟どもはなにをし始めているのか……。

 どうせろくなことじゃないだろうな。

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