3. 狼少女は押しかけ妻

 玄関先で混乱していた僕をオパールがリビングへと連れて行き、同時にルナから荷物も受け取っていた。

 何の荷物かを聞けば、基本的には着替えらしい。

 どうやら僕の家に住むというのは本気のようだ。


『それで、どうして僕の家に住むことを決めたんだ?』


 僕は若干いらだちながらもルナに確認する。

 さすがに何の理由もなく受け入れるわけにはいかない。

 そしてどうやってこの隠れ家までまた来たのかも聞き出さないと。


『あのね。あたしの里には掟があるの』


『掟? どんな掟だ?』


『結婚相手を決めるときの掟。結婚したい相手に裸体をさらすことが結婚を申し込むことなんだ』


『裸体をさらす……もしかして、あのお礼を言おうとしたときの?』


『うん、そう。あたしがその気じゃなくても、アークに裸体をさらした。それも一糸まとわぬ裸体をさらしたということは、結婚を申し込むだけじゃなくて一生付き従うことを意味しているの。だから、アーク。これからは一緒に生きていこう?』


 ……頭が痛くなってきた。

 まさか、あの時のハプニングが帰ってきた理由だなんて。

 あれ、でも、そうなると、どうやって隠れ家に戻ってきたんだ?

 まさか、一度も帰らずにここに来たわけじゃなさそうだし。


『ルナ、どうやってこの隠れ家まで戻ってきた? この隠れ家は設定した対象以外を近づけない幻惑の結界が張られているんだけど』


『あ、それなら、これ。オパールにもらっていたんだ』


 ルナが袖をまくって見せてくれたのは、金と銀で細工された腕輪。

 埋められている宝石はありふれたものだけど、魔力を感じる。

 これって……。


『僕の作った錬金術アイテム……』


『そうらしいね。最初に腕輪をはめた人を認識して、その人が呪いや幻術にかからなくするものらしいけど』


『そうだな。破邪の腕輪はそういうアイテムだものな』


 破邪の腕輪。

 最初に腕輪をはめたものがそれを身につけている限り、呪いや幻惑の術を無効化する腕輪だ。

 幻惑の術を無効化するということは、僕の隠れ家にかけられている幻惑結界も無効化されるということで……。

 思いもよらないところに落とし穴があった。

 これもどこかで修正しないと。

 幻惑を使えないなら鏡面結界で迷いの森化するしかないか……。


『ねえ、アーク。あたしの話、聞いてた?』


『すまん。新しい結界のことを考えていて聞いてなかった』


『もう! あたし、覚悟を決めて里を飛び出してきたって話をしていたんだよ? 家族とも縁切りをしてきたし、里からも逃げ出してきた。これでアークからも拒絶されたら、本当に行き場所のない狼少女になっちゃうんだから!』


 ルナはずいぶんと思いきりのいい性格なようだ。

 里の掟を守り、僕と結婚するためだけに家族と縁を切り里を飛び出してくるなんて。

 これじゃあ、追い出すことなんてできないな……。


『わかった。この家には置いてやる。だから、結婚というのは……』


『やった! アークと結婚できた!』


『いや、結婚というのはまだ早いんじゃ……』


『どうして? あたしはアークのこと好きだよ?』


『いや、どうしてそこまで僕のことを好きになれるんだよ』


『だって、アークはぽかぽか日だまりの匂いがするの。それがとっても気持ちいいんだ』


 日だまりの匂い。

 よくわからないけど、そんなに大事なことなんだろうか?

 少なくとも、人間の街に流れる腐った臭いじゃなくてよかったとは思う。


『それだけじゃダメ?』


『ほかにもなにか理由があるだろう? こう、なにか……』


『アークは結婚という言葉に及び腰となっているだけですよ、ルナちゃん』


『あ、オパール!』


 ちょうどいい、というか、出るタイミングを見計らっていたかのように現れたシルキーのオパール。

 その手にはふたり分の夕食が載せられたトレイがある。

 こいつ、ルナが戻ってくる日付まで大体読んでいたのか。


「オパール、なんでルナのことを黙っていた」


「おやおや、わざわざ人間語で話しかけるなんて。そんなに聞かれたくないことですか?」


「聞かれたくないもなにも、なんで破邪の腕輪が彼女の腕にある? それに、僕との結婚が既定路線になっているのはどういうことだ?」


「あら。彼女が一度里に戻ってすぐにまた来ると言ったから破邪の腕輪を渡しただけですよ。それから、その時にアークとの結婚話も聞きました。私にとっても良縁だと感じましたので反対しなかったわけです」


「良縁? ほぼ押しかけだぞ?」


「いいじゃないですか。愛なんてこれから育めば。いまはアークが独りぼっちな環境から抜け出すことが先決です」


 独りぼっちな環境から抜け出すって……。

 一応、妖精たちとは一緒に暮らしているんだけどな。


「私たち妖精は人間とは違います。命の尺度が違いますから。ですが、ルナは獣人族でありヒト族です。価値観こそ差があれ、生きる時間はさほど変わらないでしょう。歳も近いようですし、この先のことも考えると受け入れたい方ですよ」


「この先?」


「はい。この隠れ家を継ぐ跡取りです」


 この隠れ家を継ぐ跡取り、つまり僕の子供か。

 そんなの考えたことがなかったな。

 人間の女性は好きになれないし、獣人とは縁遠かったし。


「わかっていただけたのなら言葉を獣人語に戻しましょう? ルナちゃんがいらだってきていますよ」


『わかった。ルナ、すまないな。内緒話をしていて』


『ずるい。あたしの目の前でも内緒話ができるだなんて』


『では、ルナちゃんも人間語を覚えましょうか。私が優しく指導してあげますよ』


『本当!?』


 オパールも余計なことを言う……。

 これじゃ、内緒の会話ができなくなるだろうに。


『ええ。ですがいまはお食事です。食事が終わったら体を拭いて寝ましょうね?』


『わかった! 人間語、絶対に教えてね!』


『はい、もちろんです』


 とりあえず、今後はルナにも人間語を教えることが決まった。

 そして食事後はオパールの言うとおり、体の汚れを落として寝るだけなのだが……。


『アーク! 背中を拭って!』


『ルナ!? お前、いま全裸だろう!』


『背中まで手が届かないの。あ、おっぱいとかはまだ恥ずかしいからダメ。背中だけ、ね?』


『うー、わかったよ。背中を拭いてやるよ』


『やったぁ!』


 こんな調子で自分では拭きにくい場所をお互いに吹きあい、寝るだけとなった。

 寝るだけとなったのだが、問題がひとつ。

 我が家にはベッドがひとつしかないのだ。

 元は僕と母さんの分のふたつがあったけど、遺品処理のために処分してしまった。

 なので、僕はリビングのソファーで寝ようとしたらここでもルナの待ったがかかる。

 今度は一緒に寝ようと言いだしたのだ。


『ルナ。まだ夫婦じゃないのに一緒に寝るのはどうかと思うぞ?』


『もう夫婦だよ! だから問題なし!』


『どこから出てくるんだよ、その強気な理由……』


『いいから一緒に寝るの!』


 僕はそのままベッドに引きずり込まれ、一緒に寝ることになった。

 力が強い獣人種のルナとなんだかんだ言って力が余り強くない僕では、ルナに敵うはずもない。

 ほとんどベッドに押し倒されるように投げ出され、いまもがっちりと右腕をつかまれながら寝ることになっている。

 ……前に家まで運ぶときも感じたんだけど、ルナの胸って大きいんだよな。

 その柔らかさがダイレクトに腕へと伝わってきて……結構ヤバいかも。

 これ、眠れるんだろうか?

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