2. 狼少女は元気になって戻ってくる
***狼少女ルナ
(うん? ここどこだろう?)
あたしが目を覚ますと知らないベッドの上に寝かされていた。
ベッドもあたしが普段使っているものよりもずっとふかふかで気持ちがいい。
でも、ここってどこなのかな?
『目を覚ましたか?』
『ひゃう!?』
声をしたほうに視線を向けると人間の男の子がいた!
速く逃げないと!
でも、武器もないしどうしたらいいの!?
『そんなに慌てるな。傷は全部塞がっているが体力はまだ回復していないだろう。僕の見立てでもあと数日は安静にしてなくちゃいけない』
『がうぅ、何者?』
『ああ、そう言えば名乗ってなかった。僕の名前はアーク。この家の持ち主だ』
『この家……あ! あたし、人間に追いかけ回されていてアークに助けられたんだ』
そうだった!
あたし、この男の子に助けられたんだった!
ちゃんとお礼を言わないと!
あたしは作法に従い、立ち上がってお礼を言う。
『助けてくれてありがとう、アー……ク?』
『礼はわかったから早くベッドの中に戻れ。全裸のままっていうのはみっともないだろう?』
『ひゃい!』
うー!
あたし、なんで裸なの!
アークに脱がされた!?
『先に断っておくが僕が脱がしたわけじゃないぞ。脱がしたのはこの家に居る妖精で……』
「あら、女の子が目を覚ましましたか。叫び声が聞こえてきましたよ」
「オパール」
やってきたのは体が半分透き通った青色のきれいな女の人。
この人……誰?
人間じゃないよね?
「オパール、獣人語じゃないと多分話が通じないぞ」
『ああ、それは失礼しました。ええと、ルナさんだったかしら。私は家の家事を行っている妖精でオパールって言うの。よろしくね』
『うん。よろしく、オパール』
『素直でいい子。あなたの服を脱がせて傷が残っていないかとか、泥や血の跡を拭き取ってあげたのは私だから安心して。アークは一切覗き見をしていないわ』
『本当?』
『アークが錬金術でいろいろ作っている間にやったもの。間違いないわよ』
よかった。
裸をみられていたら里の掟に従って……裸?
『あー!!』
『なに? どうしたの、ルナちゃん』
『さっきアークに裸を見せた……』
『そうなの、アーク?』
『ん? ああ。いきなりベッドから降りてお礼を言うものだから、その時に』
『さすがにそれはアークを責められないわね……』
ど、どうしよう。
裸を無理矢理見られたんじゃなくて自分から見せただなんて……。
里の掟は絶対だし、覚悟を決めないと!
『ともかく、起きたんなら下着と寝間着くらい着てもらおう。オパール、着替えを持ってきてくれ』
『はい。アークはどうするの?』
『念のため、この狼少女が逃げ出さないか見張り。放っておいたら飛び出して行きそう』
『あなたも懐に入れると過保護よね。〝獣狩り〟の死体を処理するために風化薬も使っているし』
『別にいいだろう。ほら、早く持って来てくれ』
『はーい。ルナちゃん、少し待っていてね』
アークとのやりとりのあと、オパールは消えていった。
ど、どうしよう。
里の掟だから従わなくちゃいけないけれど、まだ心の準備が……。
『ん? どうした、顔が赤いぞ?』
『ひゃい!』
アークに話しかけられたけど、あたしの顔は真っ赤だと思う。
だって、里の掟に従うってことはあたし……。
『ね、ねえ、アーク。アークのご両親はどこ?』
『ああ、僕の家族か。僕に家族はいないよ』
『え?』
家族がいない?
それってどういう意味?
『ねえ、家族がいないって……』
『全員死んでいるってこと。爺ちゃんは人獣の対戦が始まって少し経った頃、婆ちゃんはここに隠れ家を構築して少し経った頃、父さんは僕が生まれて少し経ってから死んだって聞いた。最後まで生きていた母さんも5年前の秋に病で死んじゃったし』
『ごめん。辛いことを思い出させちゃって』
『気にしてないよ。それが辛いことだなんて思っていないから』
『そう? そうだ。あたしを助けてくれたときのあれってなに? 爆発する袋とか、赤い玉とか』
『ん? あれは錬金術で作り出したアイテムだよ。護身用に持ち歩いているアイテムかな』
『あんなに強いのに護身用?』
『どれだけ強い装備を持っていたって僕はひとりだから』
あ、そっか。
あたしも3人ほど倒してきたけど、それだけでボロボロになったもんね。
ひとりで戦うのってそんなに厳しいんだ。
『それに僕は錬金術士だからね。基本的に接近戦とかは苦手なのさ』
『苦手なの?』
『苦手だよ。杖術の練習だって型しかやったことがない。基本的に魔力で杖を固めてぶん殴ることしかできないからね』
『ふ、ふーん。あたし、棒術もできるから教えてあげようか?』
『いや、いいよ。それよりも体力をつけて隠れ里に帰れ。里で年頃の少女がいなくなったと知れれば大騒ぎだろう』
『うっ……』
きっと今頃大騒ぎだろうなぁ。
お父さんもお母さんもお兄ちゃんもお兄ちゃんのお嫁さんも心配していると思う。
帰ったらげんこつかな……。
『帰りたくない……』
『そんなこと言わずに帰れ。帰る家があるってことはいいことなんだぞ』
『う、うん』
そこまで話したところでオパールがあたしの着替えを持ってきた。
自然と会話もそこで終わりとなり、アークは行ってしまう。
微妙に不完全燃焼となっちゃったけど……仕方がないよね。
着替えが終わったあともアークは戻ってこない。
あたしのご飯を運んできてくれたオパールによると、錬金術でなにかを作っているらしいから様子を見に来ることができないんだって。
ちょっと寂しいかも。
そんな感じでアークがいるときはアークとおしゃべり、いないときは怪我人らしく大人しく寝ているかオパールとおしゃべりをしている日々が3日ほど過ぎ、あたしの体力も完全に戻ったというお墨付きが出たので帰ることとなった。
途中で食べる携帯食料も3日分渡されたし、問題はないはず。
多分、この家からだと、あたしの里まで2日程度で着くはずだし。
『さて、忘れ物はないよな?』
『うん。服もきれいにしてもらったし、手甲ももらった。おまけに回復薬までもらったから帰りはへっちゃら!』
『そうか。気をつけて帰れよ』
『わかった! すぐにまた来るね!』
『また来る? それってどういう……』
『バイバイ!』
さて、里に帰ったらやることがいっぱいだ!
お父さんに叱られたあと、あたしは里の掟に従って里を出る準備をしなくちゃいけない。
持ってくるものは着替えだけでいいよね?
……そう言えば、アークってなんで獣人語を喋れるんだろう?
********************
***アーク
ルナが帰ってから1週間が過ぎた。
その間、俺は隠れ家の周囲にある迷いの幻惑装置を総点検して過ごしてきた。
案の定、ルナが来た方面の装置が不具合を起こしかけていたので交換したんだけどさ。
獣人族にここのことを知られるのもまずいけど、〝獣狩り〟どもに知られるのはもっとまずい。
点検ついでに幻惑の範囲も広げておいたし、もう侵入を許すこともないだろう。
しかし……この家ってこんなに静かだったか?
「おや? どうしましたか、アーク。そんな不思議そうな顔をして」
「ああ、オパール。この家が静かに思えたんだ」
「なるほど。1週間前はルナちゃんがいましたからね。彼女、なにかと賑やかでしたし、その温もりが残っているのでしょう」
ルナの温もりか……。
確かに賑やかな狼娘だったけど、どうしたものか。
「それなら慣れるしかないな。あいつはもう隠れ里に戻ったはず。ここに来ることなんてもうないさ」
「さて、それはどうでしょう?」
「オパール?」
「いえいえ、こちらの話ですよ。それでは」
なにか含みがある言葉を残し、オパールは消えていった。
またなにか悪い考えでも起こしているんじゃないだろうな?
とその時、家の玄関のドアがノックされた。
かなり激しめに勢いよく。
「なんだ、この隠れ家に来ることができる人間なんていないはずなんだが……」
「ああ、それは迎えに出てみればわかりますよ」
「……なにか知っているな、オパール」
「ええ、まあ。それよりもお客様を待たせてはいけません。早くお迎えに行ってください」
「わかったよ」
なにか釈然としない気持ちのまま玄関へと向かい、ドアを開けた。
するとそこには頭にピンと狼の耳を立てた桃色の髪の少女、ルナが立っていて……。
どういうことだ?
『ルナ、どうしてお前がここにいる?』
『あたし、里の掟に従いアークと結婚するために来たの!』
『はぁ!? 結婚!?』
『うん! ねえ、私と一緒に生きようよ?』
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