錬金釜を覗き込むのは狼少女

あきさけ

第一部 隠れ家に住む少年錬金術士

第1章 少年錬金術士は狼少女を助ける

1. 少年、行き倒れの狼少女を拾う

「今日もたくさんの素材が集まったな。これだけあれば半月は採取に来なくてもいいか」


 僕はそう独り言を言う。

 僕の名前はアーク。

 人里離れた隠れ家に住む15歳の少年。

 容姿は黒髪に金眼というちょっと珍しい顔つきとなっている。


 ちなみに僕が隠れ家で暮らしている最大の要因は、一番近くにある街『トランスタット』の自称お偉いさんたちと仲が悪いためでもある。

 ことあるごとに僕の持っている素材や錬成したアイテムを渡せなんて抜かしてきやがって……どういう頭をしているんだ?

 やつらが〝獣狩り〟だというのもあるんだろうけど、横暴すぎる。


 ああ、〝獣狩り〟って言うのは獣人の排斥を唱える過激派集団。

『獣人は穢れた存在だから殺さねばならない』とかいう大層なお題目を掲げ、獣人を追いかけ回している。

 だから、獣人たちも人里離れた森の奥などに隠れ里を形成しているみたいで、両者の仲は最悪ってわけだ。


「さて、今日の収穫を持って帰ると……うん?」


 帰ろうと思って腰を上げると森の奥から怒鳴り声が聞こえてきた。

 ああ、この辺が隠れ家でかけている人払いの結界の境界線か。


「逃がすな! 穢れた獣人の娘だぞ!」


「もちろんだとも! 逃せば、次の穢れが生まれる!」


『うー! しつこい!』


 木陰から観察すれば、ふたりの男たちがひとりの少女を追いかけ回していた。

 少女は、ローズブロンドの髪が輝く、狼族の少女だった。

 ブロンドの髪色ってことは金狼族かな?


 ともかく、少女は追いかけられながらも必死に逃げ続けている。

 ……その手につけている、体がすっぽり隠れそうな手甲を捨てれば、もっと速く走れると思うのだが?


 スタミナは狼少女の方があるらしく、逃げ切れそうだったが、追いかけていた男のひとりが魔術師だったらしい。

 狼少女の足元が凍りつき、狼少女の足も一緒に凍りついて転んでしまった。

 ああ、これはいけないな。

 狼少女自身を助ける義理はないのだけれど、追いかけていたのは〝獣狩り〟、俺の敵でもある。

 さっさと始末してしまおう。


「男どもが狼少女相手になにか言っているけど……関係ないな。じゃあ、あの世に行ってくれ。ニードルボム」


 ニードルボムは山で年中手に入る針の実を多数詰め込んだ袋に、火薬を混ぜて作った即席爆弾だ。

 錬金術士の作る攻撃用アイテムとしては一番初歩的なものだが、こういう場合に役に立つ。

 相手が兜もかぶらず、隙だらけで頭に投げつけられる場合は。


「ガフッ!?」


「お、おい!」


 狙い通り片方の頭に直撃したニードルボムはその炸裂力を遺憾なく発揮し、頭に突き刺さった。

 結果として、頭蓋骨まで破られ即死となるわけだ。

 俺も〝獣狩り〟には容赦しない。


「ど、どこだ!? どこに居やがる! 姿を現せ!」


 姿を現せと言われて素直に姿を現すバカがどこの世界に居るのか。

 俺は身を隠したまま、炎の魔力を凝縮した爆弾『フランジュ』を投げつける。

 こっちはニードルボムと比べものにならないくらい威力が高く、かつ服などに燃え広がるため、男は言葉ひとつ話すことができずに事切れた用だ。


 さて、あとは狼娘の治療か……。

 さっきからずっとこっちを見ているし、匂いでばれているんだろうな。


 俺は意を決して姿を隠していた茂みの中から姿を現した。


『む、人間。どうしてルナのことを助けてくれた?』


『へえ、お嬢さんはルナって言うのか。可愛らしくていい名前じゃないか』


『えへへ……って違う! どうして人間が獣人族の言葉を理解できるし喋れるの!?』


『まあ、細かい話は抜きだ。とりあえず治療を済ませよう。起きているのも辛いんだろう』


『うん。昨日から追い回され続けてお腹も空いたし傷がズキズキする』


『そっか。少し近づいてもいいか?』


『いいけど、どうする?』


『治療薬を渡す。それを飲めば傷は治るはずだ』


『本当か!? 飲む飲む!』


 この娘さん、俺が嘘をついているとか考えないのだろうか。

 ともかく、俺はゆっくりと狼少女……ルナの元に近づき、その目の前に数本の小瓶を置いた。

 ルナは初めて見るものらしく、きょとんと瓶をみているな。


『これが治療薬か?』


『ああ、そうだ。緑色のヤツはヒールポーション、傷の回復に使う。オレンジ色のヤツはキュアポーション、毒などの除去に使う薬だ』


『毒なんて受けてないぞ?』


『念のためだ。遅効毒を受けている可能性もある』


『よくわからないけど、お前がそう言うなら!』


 ルナは瓶の蓋を開けると、目の前に置いておいたヒールポーション2本とキュアポーション1本を勢いよく飲み干した。

 ……本当に毒だとか考えていなかったんだろうか?


『おお、すごい! 体の傷が治った!』


『そういうポーションだからな。それよりも少しは疑ったらどうだ?』


『どうして? お前はあたしをだまそうとしたのか?』


『いや、そんなことはないが……』


『なら問題ない! お前からは太陽みたいなポカポカした匂いを感じる! 悪い奴じゃない!』


 ……なんだか腑に落ちないが、彼女にとってはそういうことなんだろう。

 考え方が直感的すぎるというか、警戒心が薄いというか。

 治療の役には立ったのでよしとするか。


『くぁぁ……、傷の痛みが引いたら眠くなってきた……』


『おい?』


『おやすみ、人間……』


 信用してくれるのはありがたいが、ルナはすやすやと眠ってしまった。

 追って来ていた〝獣狩り〟どもの始末もつけなくちゃいけないし、これはどうするべきなんだ?

 答えがよくわからないぞ……。



**************


『』付きの会話は人間語ではなく獣人語での会話です。

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