第21話 episode.7 恋人(1)
誘いの優しいキスも、エドからしてくれた。
彼の甘い舌は、優しく丁寧に動く。口腔の中で巧みに身をひるがえす、ニンフのようだと思った。
エドはとてもキスが上手だ。
その頃になって、ようやくルカはそれに気づく。
唇を離したエドは、微笑んでいて、想像の中で僕にしてきたことをすればいい、と言った。エドの体を思い浮かべながら、自慰していたことを見透かされているようで、ルカの頬がかあっと熱くなった。
どっちがいいの、と訊かれて、質問の意味がわからなかった。尋ね返すと、きみがしたいのか、されたいのか、どちらなのか、と説明された。……そんなことを訊かれて、ほとんど体中の血液が沸騰してしまいそうだった。
エドはどうしたいの?と尋ね返したら、彼は即答だった。
「僕? ――僕は、想像の中で、ずっときみにされる方だったよ」
そんなふうに微笑まれて、エドも想像してたんだ、と思った。
俺に――されることを。
そう思ったら、瞬間的に、体の奥からわきあがるものがあった。
欲しい、欲しい、エドが欲しい。……
オリーブオイルを手渡されて、エドが物慣れているのに驚いた。自分はこんなにびくついているのに、彼は、経験があるんだな、と思った。
うまく、できるだろうか?
以前にしたことのある誰かと比較して、エドは、俺に失望したりしないだろうか?
女性を相手に、数回しかしたことのない行為を思い返す。彼女たちも、経験のない自分を、上手にリードしようとしてくれた。
あのときは、うまくやりおおせなければ、という気持ちしかなかった。コンドームだってつけたし、相手にどうして欲しいのか尋ねて、それをちゃんとこなそうとした。
あれは、三回目か、四回目の行為の後だったと思う。
今までの中で最もうまくできた、とほっとしていた。避妊具をはずしながら、俺だって、ちゃんと女性の体を愛せるんだ、とも思った。
(もう、これで最後にしましょう、ルカ)
なのに、相手の女性から、突然そんなふうに言われたのだ。
体の始末をしていたから、そのとき、ルカは彼女に背を向けていた。
(あなたさっき、別の誰かのことを思い浮かべてた。それって、とても傷つくわ)
背中から、冷水を浴びせられたような気がした。
図星だった。
自分の愛撫で体を乱していく彼女を見ながら、ルカの心はどんどん冷めていったのだった。
萎えてしまう性器をどうにかしなければ、と必死に考えて、彼はそのとき、目の前の女性を、想像の中でとても綺麗な同性の体に置き換えた。そうすることで、何とか興奮できたのだ。
相手に恋をしたふりをして、「実験」のような気持ちで女性を抱くのは、相手の心を踏みにじることなんだ、とようやく気がついた。
だからそれ以来、誰の体にもふれていない。
エドに導かれるようにして、彼の裸を手で撫で回した。
そう、俺は、こんなふうに、彼にさわりたかった。さわるだけじゃなくて、舐めたり、キスしたりとか、それからもっと、もっとたくさんの、すごく嫌らしいこと。
もう頭がおかしくなりそうだった。もっと別のこともして欲しい、とねだられて、何がなんだか、わからなくなった。
下着ごとズボンを下ろして、エドの脚をひらかせた。反射的にびくんと大きく震えたから、それを押さえつけて――一番したかった、嫌らしいことをした。
夢中だった。
海の味のするものがあふれている。ルカの唾液と混ざって、舌を動かすたびに濡れた音がする。
想像の中で、何度も繰り返した悪戯だった。こんなふうにしたら、どんな感じだろう、エドはどんなふうに反応するだろう、と想像しながら、ルカは自分に触っていたのだ。
想像と違っている部分もたくさんあった。
エドは、自分のそれとかなり形が違っていたし、体毛も薄く、やわらかだった。
舐めるときに、こんなに大きな音が出るとは知らなかったし、第一、想像の中のエドは、突然、痛い!と悲鳴を上げることなどなかった。
「痛かった? ごめん、俺、そんなつもりは――」
夢中で唇を滑らせるうちに、歯を当ててしまったことに気づいた。エドは体を起こして、その場所を手で押さえている。同じ男だから、急所に受けた痛みが、なまじのものでないことがよくわかる。
我を忘れて、よりによって、その場所に痛い思いをさせてしまった、と思ったら、どうしたらいいかわからなくなってしまった。
自分がうろたえているのを見て取って、エドが、優しく笑ってまたキスをくれた。大丈夫だから、と微笑んだエドは、やり方を教えてあげる、とささやいた。
言われるままに、彼の体の下に横たわった。ズボンと下着を下ろされた。
ゆっくりとエドの愛撫が始まった。
……信じられないくらい、よかった。
幾度か唇を動かされただけで、すぐに、駄目だ、とわかった。こんなふうにされたら、ひとたまりもない。
やめてくれ、と頼んだのに、エドは口を離して、何?と聞き返してきた。尋ね返されて、クロアチア語で話しかけてしまったことに気づいた。
顔を上げたエドの唇から、糸を引くように唾液が垂れた。自分を見つめる茶色の目は、あどけないくらいなのに、濡れた唇がたとえようもなくエロティックだ。
もう本当に我慢できない、と思った。なのに、エドは愛撫を再開してしまう。
「い、いやだ……エド」
――いやだって、言ったのに。……
あっという間だった。我慢なんか、全然できなかった。
どうしよう、どうしよう。
俺はもしかしたら、とんでもなく下手なのかもしれない。エドにがっかりされてしまったかもしれない。
こんなに好きなのに。
こんなにエドが大好きなのに。
それでもエドは、とても優しかった。自分を抱きしめて、オリーブ油をせっかく買ったのに、と冗談めかして、なだめてくれた。……体を撫で回されるうち、すぐにもう一度、可能になった。
エドもそれに気づいた。もう一度、したい、と言って彼は笑ってくれた。
さっきはあっという間でわからなかったけれど、エドの温かな舌を感じながら、エドはキスだけじゃなくて、いろんなことが上手だと思った。口でするこんな愛撫も、俺をリードしてくれるのも、彼は優しくて、巧みで――とても上手だ。
以前、相手になってくれた女性も、こういう愛撫を施してくれた。その刺激に、性器は物理的に反応したけれど、今とは全然違う。今は、出してしまったばかりなのに、もう、痛いくらいに張りつめている。
我慢するのが、すごく難しい。好きでたまらなかった相手から、ひどく上手なことをされてしまうと、達しないでいるのが、ほとんど苦しいくらいだ。
最後の段階に進みたい、と懇願した。
恥ずかしくてうまく言えなかったけれど、エドはすぐにわかってくれて、挿入するためには、オイルをどんなふうに塗ったらいいのか、教えてくれた。
それなのに自分は、みっともないくらいどきどきしていて、馬鹿みたいにオイルをエドの体に零してしまう。あ、いけない、と咄嗟に手でぬぐったら、エドが強く息を呑んだ。
……感じてくれているんだ、と思ったら、めまいがするほどの陶酔があった。
オイルの滑らかさを借りて、手でそのままエドを愛おしんだ。エドの甘えた声は、泣き声に近くなった。綺麗な茶色の目でルカを見上げて、自分から愛撫をねだり、体をがくがくさせた。
「――ルカ……」
エドがルカの名前を呼んだ。
上気しているその頬が、とても好きだと思う。自分が与えた快楽で、体全体を熱く色づかせ、名前を呼んでくれる彼が、どうしようもなく好きだ。
エドの中は、温かだった。包み込んでもらえる感覚に、気が変になりそうで、獣みたいに体を動かしてしまう。
「エド、俺のこと、好き? 俺のこと、好き?」
何度かそう尋ねたけれど、エドは背中を大きく震わせて、甘い泣き声を洩らすだけだ。もう彼は、意味のある言葉を喋れなくなってしまっているらしい。
「愛しているって言って。俺のことを愛しているって言って、エド、頼むから……」
果てそうになって、エドに懇願した。その言葉を口にして欲しかった。二人の体が完全に一つになっているときに、エドにそう言って欲しかった。
──愛しているよ、ルカ。
きみのこと、すごく、すごく、愛している」
エドは、せつない息の下で確かに答えてくれた。
強い性的な興奮のなかに、自分を解き放った。世界に光が満ちた。こんな精神の昂揚を、ルカは今まで味わったことがなかった。
背中からエドの体を抱きしめて、二人で一緒に高みに駆けのぼった。その瞬間の、想像していたよりも、ずっとずっと強い陶酔にとらわれて、ルカの世界は、完全になったような気がした。……
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