第20話 episode.6 雨の午後(6)


「もう――嫌だとか言われても、俺、止められないから、な……」


 そう言うと、怒った顔つきのまま、ルカはいきなり体を起こした。何も言わずにエドの穿いていたジーンズの前ボタンを外し、下着ごと、ズボンを取り去ってしまった。


 下肢をむき出しにすると、彼はもう我慢ができないみたいだった。エドの両腿を強い力で開かせると、音をたてて脚と脚の間を吸い始めた。


 ルカの愛撫はぎこちなかった。とまどったり、逡巡を繰り返したりしたあげく、ときに焦って、激しすぎた。


 でも、ルカが自分の体に夢中になっていることはよくわかった。上手ではなくても、彼の愛撫は、一生懸命でひたむきで、エドの体に夢中だった。その夢中さがエドを熱くした――のだ、けれど。


「――痛っ!」

 そのとき、ルカの歯が、思い切り敏感な場所に当たった。エドはつい、痛みの声をあげてしまう。


はっとしたように、ルカが顔をあげた。


「痛い? ――ごめん……俺、そんなつもりは――」


 エドは体を起こす。そこは急所なのだ。結構な痛みで、声が出ない。


「ごめん、エド、大丈夫? 俺、慣れてなくて……」


 ルカは不安と混乱で、泣き出しそうな顔をしている。


「――エド? エド、大丈夫?」

「大丈夫。……大丈夫だけど、マジに痛かった」


 大きな体をしているくせに、子供のように泣きそうになっているルカが可愛くて、エドは思わず笑ってしまう。……焦らなくていい、と教えるために、口づけて、甘やかすように舌を動かした。


「きみの歯が当たったんだ。……もっとゆっくり、やればいい」

 笑いながらそう言い、向かい合ったルカの肩に手をかけた。まだ戸惑っているルカの顔を、今度は快楽でゆがめてみたくなった。


「やり方、教えてあげるから。僕の下に来て」

「――え?」


 手で優しく押すと、ルカはそのまま従順に体を横たえた。

 ズボンに手をかけて脱がせる。下着が現れると、彼が欲望ですっかり濡らしてしまっていたのがわかった。


 唇を這わせると、彼は低く呻いてすぐに体を緊張させた。ほんの幾度か吸ったら、ルカは驚いたように、何か口走った。


「――」

 彼の国の言葉なので、わからない。


「何、ルカ?」

 口を離して尋ねた後、また愛撫に戻った。ルカは慌てたように体を起こして、エドの動きを押しとどめようとした。


「い、いやだ……エド」

 嫌じゃないはずだ、と、聞き入れずに、なおも口を動かしたら、ルカは短く叫び声をあげた。


 どうやら、こらえきれなかったらしい。


「――うわ……」


 こんなに早く、とは、予期していなかったので、さすがにちょっとむせそうになる。


「エド……ごめん、俺、全然、我慢できなくて……」


 荒い息になりながら、淡い色の瞳が戸惑って、泣きそうになっている。


「気持ち悪く――ない? 俺ので……ごめん」


「どうして? 気持ち悪くなんかないよ。……だけど、もうちょっと、可愛がってあげたかったかな?」

 

 エドは少し笑った。

 裸のルカを抱きしめて、ベッドの上に寝転がった。


「それに、せっかくオリーブオイルも買ったんだから、使って欲しかったな」


 そう言いながら笑って、抱きしめたルカの背中を手のひらで撫でていく。


 広い背中には、しっかりした筋肉がついているのに、すごくなめらかだ。肩甲骨で円を描き、背骨を一つずつたどるようにして手を下へ移動させた。


「――あれ?」

 裸と裸を密着させているので、ルカが再度硬度を持ち始めたのが、はっきりとわかった。


「すごいな。……ルカ、もう、できそうじゃないか」


「だって、俺――」


 恥ずかしいからか、ルカの声はやけにぶっきらぼうだ。


「俺、すごく興奮してるから。……こんなに興奮してるの、初めてだ」


 エドは笑って体を起こした。


「もう一度、可愛がってあげたいな。――いい?」


「……うん」


「今度は、すぐ終わったら駄目だよ?」


 くすくす笑いながらそう言って、エドはもう一度、最初から愛撫を繰り返す。緩急をつけて舌で吸ってやると、ルカはせつなそうな息の下から、こんなの、初めてだよ、と幾度か言った。


 舌で、執拗に舐めまわす――やわらかな場所を、少し乱暴にこすりあげる。


 先端だけをなぞって焦らす。強く、リズミカルに吸ってやる。上下に唇を滑らせるときは、ルカの反応を窺って、彼の弱いところがどこなのか、見極める。……


 もう、もう我慢できない。


 ルカがそんなふうに言い出した。淡い色の瞳は、欲望で酩酊したように、不確かに揺れている。


「エドに――エドに、俺……」


「もう入れたい?」


 そう尋ねると、幾度も彼はうなずいた。


 ルカがオリーブオイルを使い出すと、今度はエドのほうが乱された。性器の上にオイルを垂らされて、ぬらぬらと手でこすられると、甘えた声がかみ殺せない。


 指を進めながら、不安げな面持ちで、これでいいのか、とルカは幾度か尋ねてきた。けれど、もうそれにも意味のある言葉で返答ができなくなった。


 同性の体について、ルカに知識があるのかどうかわからなかったが、ルカはかなり深くまで差し入れてくるのに、わざとなのか、それとも単にわかっていないのか、もっともふれて欲しい場所に、ふれてくれないのだ。


 幾度かふれてくれそうになるのに、あ、と思う間もなく、指は別の方向へ動かされる。


 焦燥感が、エドをおかしくさせた。


「ルカ……」

名前を呼んだ。


 指を差し入れているルカの手を両手でつかんだ。

「――エド?」


 つかんだルカの手を動かして、ふれて欲しい角度を教えた。


「ここ。――僕の、ここに、さ……触って、ほ、欲し――」


 舌がちゃんと回らない。


「ここ?」


 その場所で、ルカが指を動かした。


 とたんに、自分でも信じられないほど淫らな声が、喉の奥から引きずり出された。……こんなふうに、はっきりとした嬌声を、恥ずかしげもなく出したことは、これまで一度だってない。


 こんなのは、初めてだ。

 こんなふうになってしまうのは、初めてだ……。


「エド」


 名前を呼ばれて目をひらくと、欲情している淡い瞳と視線があった。


「もう、俺……我慢できないから、だから――いい?」


 その瞳は、泣きそうなのをこらえているようにも見える。


「いいよ」


 エドはうつぶせになった。ベッドに手をついて、自分から腰を上げるのには抵抗があったけれど、経験のないルカには、そのくらい積極的にリードしてやらないと、とほとんど本能的に体が動いた。


「もう一度、濡らさないと、きっと入らないと、思う。それと、きみのほうにも塗って」


 そう言うと、ルカがオリーブオイルを手に取る音がした。彼に背中を向けているので、音からしか判断できない。


 滑らかにするために、指がもう一度差し入れられた。腰を上げていたエドは、ベッドの上にあっけなくくず折れそうになる。必死にそれに耐えていると、中をぐるりとなぞられ、大きな震えがきた。


「――」


 大きな手で腰を抱えてくれたルカが、狂おしそうに、クロアチア語で何かつぶやいた。


 入れた瞬間から、ルカは激しかった。


 愛しい相手から、体を求められていること以外、何も考えられなくなる。快楽の場所へぎりぎりと追い詰められていき、もう頂点だ、と思った矢先に、また深い快楽の中に突き落とされる。


 体がそんなふうになったのは、初めてだった。


 最初に体験した十七歳のとき以来、セックスなんて幾度もしてきたことなのに――どうして、僕の体は、今日に限って、こんなふうになってしまうんだろう……?


 昇りつめて発散させるような、単純な快感ではなかった。互いの最も深いところをふれあわせて、温かな金色の波を作り出し、その強い波に、ルカと二人でさらわれていくような、崇高な瞬間だった。


 気持ちと体が一致した性愛って、こんなことなのか。体も気持ちも、こんなふうになってしまうものなのか。


 ルカの名前を呼んだ。


 愛しい相手の名前を口にするだけで、体が快楽の中に落ちていった。


 動物のような格好で体を繋げて、腰を揺すって、きっと、すごく恥ずかしい光景だと思うけれど、構わない。ここには、自分とルカしかいないから。こんなふうになっている僕と、こんなふうにさせているルカだけが知っている、秘密だから。


「エド、俺のこと、好き? 俺のこと、好き?」


 最後の瞬間が近づいたらしいルカが、何度もそう尋ねてきた。泣くのをこらえているみたいに、声が上ずっている。


「愛しているって言って。俺のこと、愛しているって言って、エド、頼むから……」


 せつなく愛の言葉を乞うルカが、とても愛おしいと思ったから。


 乱れてしまった息を懸命に整えて、エドは真摯に口にする。


 愛しているよ、ルカ。

 君のこと、すごく、すごく、愛している。

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