第19話 episode.6 雨の午後(5)
ルカをベッドに導いて、エドは自分からシャツを脱いだ。手を引くと、ルカは緊張した顔のまま、体の上に覆いかぶさってきた。
「俺……どうしよう、俺……」
胸と胸をぴったり合わせて、ルカはなんだか泣きそうな声でそう言う。
「どうしようって、何が?」
エドが尋ねると、ルカは顔を見られたくないのか、エドの肩のあたりに顔を押しつけてしまった。
「俺、だから……こういうの、女の人としかしたことないから……方法とか、わからないんだ。どんなふうにしたらいいのか……」
そんなふうに言うくせに、ルカの体は、強く反応している。ズボンの布地の上からでも、ルカがどうなっているのか、はっきりとわかった。
「どんなふうにすればいいか、きっと、きみの体のほうが知っているよ。きみがしたかったことをすればいい」
エドは少し笑った。
「ルカ、想像の中で、僕のことを裸にしたことがあるだろう?」
エドの上の、ルカの大きな体が、一瞬、震えた。
「そのとき、想像の中で、裸の僕にどんなことをしたの?」
優しく尋ねると、ルカはもう一度、顔をエドの肩にこすりつけた。
「キ……キスしたりとか」
口ごもりながらルカが答えた。やはり顔を見られたくないのか、エドの肩に顔を押し当てたままだ。
「キス? それだけ? ……違うだろう?」
そう言いながら、ルカの裸の背中に回した手を動かして、彼の背骨のでっぱりを、一つ一つ優しくなぞってやる。
「ルカがしたいのは、どっちなの?」
そう訊いたのだけれど、ルカは質問の意味がわからなかったらしい。
「ど、どっち――って、どういう意味?」
「ルカは僕に、したいの? それとも、僕に、される方がいいの?」
エドの上のルカが、もう一度、大きく震えた。
「俺……俺は、エドがいい方でいい。あんまりよく、わからない。……エドは、ど――どうしたいの?」
言葉を吃らせながら、ルカが顔を上げた。
その不安げな表情を和らげてやりたかったから、エドは微笑んでみせた。
「僕? ――僕は、想像の中で、ずっときみにされる方だったよ。……ちょっと待ってて」
エドはそう言うと、ルカの抱擁からするりと抜け出た。そのままベッドから降り立って、ホテルの備え付けのチェストの引き出しを開けた。茶色の紙袋に包まれたものを取り出して、ルカに手渡した。
「何、これ?」
ルカが怪訝そうな顔をして、手渡された紙袋に手を突っ込んで、中のものを取り出した。……オリーブオイルの壜だった。
もう一度ベッドにもぐりこみながら、エドは笑った。
「昨日、買ったんだ。きみと別れた後」
「どうして?」
ルカはエドを見た。
「どうしてって……必要だと思ったからさ。本当は、薬局に行って、ちゃんとそれ用のものを探したかったけど、僕のクロアチア語では無理だと思ったし、第一、カトリック国でそんなものは売っていないだろうとも思ったし」
エドは照れることもなくそんなことを言った。オリーブ油の用途を察したらしいルカのほうが、真っ赤になっている。
「必要だと思ったからって……エドは、俺が今日、ここに来るって思ってたの?」
「思ってた」
エドは即座に答えた。
「どうして? 何の約束もしてないのに、なんでそう思うんだよ?」
ルカは、少し怒ったような口調になった。
「約束してなかったけど、きみは来ただろう? 僕と同じものが欲しくて、我慢できなくなって、絶対、ここへ来ると思った。来ないはずがないと思った」
そしてやっぱり、きみは来てくれた。
そう言ってエドは、キスでルカを誘った。
おずおずと唇を重ねてきたルカは、エドが舌を浅く動かすと、やはり焦っているみたいに、舌を絡めてきた。
「利き手は右、だよね?」
唇を離してそう尋ねると、呼吸を乱しながら、うん、とルカはうなずいた。
「――さわって?」
右手を取って、自分の裸の胸に導いてやる。指がおずおずと動き始めて、小さな突起を愛撫しだす。
「こ――こんなふうに?」
ためらいがちな指は、ごく弱い力しか与えてくれない。軽すぎる愛撫が焦れったい。
「うん。……でも、もっと強くさわっても、いいよ?」
そう告げると、指の動きが少しずつ大胆になる。
「こうかな?」
不安そうな声で尋ねられた。淡い色の瞳がじっとエドを見ていた。
綺麗な瞳だ――と思ったとたん、がくん、と体に甘い衝撃が走った。
声がかみ殺せなかった。
「な――舐めてもいい?」
「いいよ」
許可を得た唇と指が、かわるがわる愛撫を与える。
体が反応してしまうと、ルカは甘く噛んできた。そうされると、もっとたくさんのものが欲しくなった。
「も……もっと、別のこともして? ルカがしたかったこと、全部――してみて」
「……いいの?」
緊張しすぎているからか、ルカは怒ったような顔になっている。
「いいよ。僕だって、ルカと、こういうことを、ずっと、したかったんだから」
そう口にして、いつからだろう?と自分の心に問う。
いつからだろう――彼が自分にとって、特別になったのは。
ルカとこんなふうに、二人だけで秘密の果実を齧りたいと、せつなく思うようになったのは。
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