第18話 episode.6 雨の午後(4)
ドアをあけると、雨に服と髪を濡らしたルカが立っていた。
背の高い彼は、すごく気まずそうな顔をして、全然、笑っていなかったけれど、エドは嬉しくて笑った。
「やっぱりきみは来てくれたね? 来てくれると思っていたよ」
エドがそう言って、小さな笑い声をあげてルカを招じ入れると、ルカは怪訝そうな顔をした。
「ルカ、髪も服も、びしょ濡れじゃない? そんなに雨はひどかった?」
笑顔のままエドがそう続けると、ルカは言葉もなく、こくんとうなずいた。
「椅子に座りなよ、今、タオルを出してあげるから」
そう言って、エドがバスルームに行き、タオルを手にして部屋に戻ると、ルカは言われたとおりに椅子に座っていた。
思いつめた顔のルカが愛おしかった。
タオルで頭をくるんで、自分の胸に引き寄せるようにして、ごしごしと手を動かしたら、ルカがエドの手首をつかんだ。
「まだ拭かなくちゃ」
そう言ったけれど、ルカはもう片方のエドの手首もつかんで、自分のほうへエドの体を引き寄せた。
同性同士の行為へのためらいと、緊張が、ルカの表情をこわばらせている。それをときほぐしてやりたくて、エドは微笑んだ。
「大丈夫だよ、ルカ」
耳に唇を寄せて、そっとささやいてから、黒い髪に指を差し入れた。椅子に座っていた彼の顔を上向かせて、エドからキスをした。
思っていたとおりに硬いルカの黒髪。
誘うように幾度か浅く口づけたら、ルカが本気になった。エドの顔を大きな手のひらで包んで、その動きを封じてしまってから、彼は強いキスを繰り返した。
「好きなんだ……エド、好きなんだ」
キスの合間に、苦しいことを打ち明けるように何度もルカが言った。
なだめるように、硬い黒髪を撫でた。指で梳いてやると、ルカは従順に頭の重さをエドの手にあずけてきた。
体を屈めて、椅子にすわっているルカの耳の下にキスを落とした。おとがい、喉、喉仏……濡れたキスを滑らせていくと、エドのシャツをつかんでいるルカの手に、ぎゅっと力が入った。
「濡れているから……」
キスを繰り返しながら、ルカにささやいた。
「――え?」
キスの合間のその声が聞き取れなかったらしい。ルカが目を見ひらいて尋ね返した。
「きみの服が濡れているから、脱いで」
「うん」
ルカはエドの背中に回していた手をほどいて、自分の濃いブルーのシャツのボタンを外しにかかった。エドは少し笑って、その手を押しとどめた。
「僕にさせて」
そう言って、ボタンをはずしていくと、ルカは腕を垂直に垂らしてじっとしていた。抗うことのできない、何か大きなものに心をとらわれている表情で、彼は
他人が自分を裸にしていくようすを凝視していた。
雨の午後の室内は、薄暗くはあったけれど、互いがはっきりと見える程度には明るい。上半身裸になったルカを、エドが手のひらと口づけで愛撫していくと、ルカの体に大きな震えが走った。
「寒い?」
エドがたずねた。
裸の胸にエドのキスを受けながら、ルカの呼吸はとても速くなっている。その荒い息の下で、彼は、わからない、と答えた。
「ベッドへ行こうか?」
首筋にキスを落としながら、エドがささやくと、ルカは言葉を使わずにうなずいた。
ひどく緊張した顔だ。
ルカの手をとって、立ち上がらせた。向かい合って立つと、エドよりもルカのほうが背が高いから、エドはルカを見上げ、ルカはエドを見下ろした。
「俺は……」
ルカがエドの顔を見つめて何か言いかけた。
「なに?」
うながすと、ルカはしばらく逡巡してから口をひらいた。
「俺は、今まで、こういうことを、女性としか、したことがない」
「へえ、そうなんだ? ルカは、女の子とはしたことがあるんだ?」
エドのからかうような口ぶりに気づきもせず、ルカはごく真面目な顔でうなずいた。
「それって、楽しかった?」
エドは唇に微笑を浮かべて静かに尋ねた。
「いいや」
ルカはかぶりを振った。
「楽しくなかったの?」
エドが重ねて尋ねた。
「全然、楽しくなかった。……俺は、女性と寝ても、まるっきり楽しめないタイプなんだってわかっただけだった」
エドは手を伸ばして、ルカの頬にふれた。
「それじゃあ、つらかったね?」
「――うん。すごくつらかった。迷って、悩んで、苦しかった」
ルカがそう答えたから。
ベッドへ行く前に、立っている彼を抱きしめた。
「僕も同じだよ。女の子に興味を感じられなくて、長いこと、迷って、悩んで、苦しかった。……だけど」
だけど、きみに会えたから、もういい。
そう言って、口づけた。
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