Chapter.2 クリスマスの約束──Christmas Promises

第15話 episode.6 雨の午後(1)



 絵を専門的に学ぶずっと以前、ほんの子供の頃から、ルカは視覚にここちよい対象を飽きずに眺めた。


 美しいものは、ただそれだけでルカを魅了した。


 一個の完全な林檎。宝石のようにつややかな葡萄。父が好きだった、トルココーヒーのいい香りのする湯気。

 そんなものをじっと見つめていると、ルカは時間が経つのを忘れた。


 それはまた、夏の遅い夕暮れから輝きだす金星の光であることもあったし、秋風に吹かれる、色づいた木の葉のこともあった。

 雪の季節に低く垂れ込める灰色の雲、窓から下がる透明なつらら。


 あるいは春の樹木。


 浅い春の中に凛として立つ、一本の樹木の美しさ。――そう、エドの姿は、最初に会ったときから、若い樹木をルカに連想させた。


 長い冬の後、生命の春を迎えて、幹の中に樹液を循環させはじめた木。やわらかな緑を芽吹かせようとしてすんなり伸びた、若い枝と幹。


 あの優しい樹木を抱きしめたい、とルカはせつなく思うようになった。

 美しいものを、見ているだけではもう足りなくなっていた。


 夜、眠りに落ちる前のベッドの中で、ルカは、若い樹木に向き合う自分を想像した。想像の中で、自分は素裸だった。


 両腕で樹木を抱きしめると、幹の中に脈打つ生命の息吹や鼓動を肌に感じた。なめらかな幹に口づけていくと、若い枝は歓喜に震え、しなろうとした。


 しっかりと絡ませた腕で、樹木のその動きを制御しようとすると、自分の体が熱くなっていく。血液の中に熱が満ち、自分の中心にそれが集中していく。


 我慢できなくなって、ルカは自分の裸をこすりつける。自分のものにしたくて、完全に一つになってしまいたくて、自分の動きを速めてしまう。


 快楽の中にひきずりこまれる。

 息が苦しい。心臓も苦しい。だけど自分の動きをやめることができない。


 苦しいのに、気持ちが良くて――彼の体を想像しながら、こんなことをしてはいけないと思うのに、とても、とても気持ちが良くて、自分の手を止めることができない。どうしても我慢ができない。


 我慢なんか、全然できないよ、エド。……


 陶酔は、いつものように突然やってきて、昇りつめたあと、果てた。


 エドへの苦しい情動を、言葉で表現すれば、何と呼びならわされるのか、もうルカは気づいている。自分の中のせつない欲求に負けて、夜のベッドで、自分の手で体を汚してしまったら、気づかないわけにはいかない。


 一人の寝室で、手早く体の後始末をしながら、こんな動物的な行為の果てに洩らす精は、どうして青い植物のにおいがするのだろう、とルカはぼんやり考える。……


 あくる朝の土曜日は、やっぱりよく晴れていた。


 いつもと変わらない夏の朝の光は、静かに寝室に差し込んで、眠りに落ちる前のルカの密やかな行為を、ルカ自身にも遠い記憶のようにした。


 その日は、エドを初めて家に招くことになっていたから、昨夜の自分の行為を、自分自身でも忘れておきたかった。忘れたふりでもしていなければ、自分の性器に触りながら想像していた相手と会うのに、どんな顔をしていればいいのかわからない。

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