5日目

5-1 『Reunion』

 五十嵐と別れた春陽、陽葵、歩夢は集落の宿で一夜を明かした。

 ちなみに、無一文だった春陽の宿代を出したのは陽葵である。

 都会では最先端技術が持てはやされるこのご時世。この集落は、旧家屋を模した建物が多くあった。

 住んでいる人も高齢者が多く、ここに住むお爺さん曰く、この集落は人数も少ないから自給自足ができると言っている。確かに、ここの集落には車が1台も停まっていない。そして、1軒につき1つの畑が備わっている。限界集落と言ってしまえばそれまでである。

「それにしても、空気がおいしーねー!」

 歩夢はそう言って、大きく伸びをした。

 隕石は確かに肉眼で確認できるが、空は雲が1つもない快晴だ。

「こっからどうしようか。先生もいなくなっちゃったし」

「あと2日だしね」

 歩夢の言葉に陽葵はそう言った。長いとされていた隕石落下までの1週間ももうすぐ終わる。

 空に浮かぶ隕石、それが今日の朝は若干オレンジ色に変わっているのを3人は気が付いてた。

「ここにいた方がいいと思う。下手に動いて殺されるより、ここでゆっくり終焉を迎えた方が気持ち的に楽じゃない?」

 春陽の提案に、2人は納得した様子だ。

 この集落を出たところで、どこにナモナキの支配下たちが潜んでいるか分からない。ならば、スローライフを営む方が安心して最期を迎えられる気がする。

 冬ということもあって、畑仕事をしている人も少なかった。

 山に囲まれるようにして開拓された集落。この集落に入る手段は、山に入るための階段を登ってくるしかない。

「さっき宿の人に聞いたけど、奥に神社があるみたい」

「おし、行ってみよ!」

 好奇心に満ちた2人が山の奥の神社へ進んでいくのを春陽はぼーと見つめていた。

 ここ数日、隕石騒動以上に身にも心にも負担をかける出来事が多かった。それだけに、陽葵の笑っている姿が新鮮だった。

「君は行かなくていいのかい」

 春陽に話しかけてきたのは、老年の宿の女将さんだった。

 春陽は受け答えに困ったが、取りあえず会釈をして陽葵たちの後を追った。

 

 鳥居の奥には、先が見えないほど長い石造りの階段だった。苔むしていて、滑りやすそうだ。

 周囲に生えている植物は伸び放題で、手入れはされていないようだった。ここに住んでいる人の年齢を考えれば、階段を登りながら庭木の手入れなんてとてもじゃないけどできないだろう。

 石段は登っても登っても先が見えず、本当に登っているのか怪しくなってくるほどである。でも、確かに鳥居は見えなくなっている。

「疲れたよ~。もう30分は登ってるよ」

 スマホの時計を確認した歩夢は、湿っている石段に腰掛けた。

「そもそも、なんでこんな山の上に作ったんだろうね。この1本道以外整備されてないっぽいし」

 陽葵の言う通り、周りには森しかない。つまり、この神社を作るためだけにこの階段を整備したのだ。

「まぁ、時間はあるんだしゆっくり登ろう」

 陽葵の手を掴んで立ち上がった歩夢はそう言って、重たい足を持ち上げてさらに奥へ進んだ。

 どこかのスピーカーから12時を知らせる鐘が鳴る。それと同時に、空を覆っていた樹木が青空へ変わった。

 てっきり小さな祠がぽつんとあるものだと思っていたが、山頂は綺麗に整地されていた。そして、階段から地続きになる参道のど真ん中には大きな岩が鎮座していた。

 しかもその岩の周りには注連縄しめなわがされており、これ自体が神の一部と言った印象を受ける。

 岩の傍には古い木の看板が立っていた。

 看板には、この下にある集落が過去の隕石の落下によってできたクレーターを整地したものだということ。この神社はこの集落の繁栄を願って作られたこと。この岩が件の隕石として崇められていることが書かれていた。

 岩の奥には本堂があり、そこには1人の女性がお参りをしていた。

 そして、それは春陽にとっても見覚えのある人物だった。多少老けてしまったが、その鋭いつり目は変わっていなかった。

「——なんでお前が、ここにいるんだ」

 春陽の声を聞いた女性はゆっくりと振り返った。彼がここに来ることを読んでいたかのように。

「カルト宗教に魅了されて家族を捨てたお前が、なんでここにいるんだ」

 母を見て最初に沸いた感情は怒りだった。懐かしさより、愛情より、何よりも春陽の人生を壊した根本的原因である母への怒りが爆発する。

「春陽...」

 春陽は改めて親の目を見て思った。今の母には、かつてのような何かに執着するような渇望はなかった。意地でも何かに縋りついて、自分に報復を求めていた彼女とは見違えていた。

「——ごめんね、春陽」

 春陽の母、せいらはそう言って春陽を抱いた。

「あの時の私、大切なものが何なのか分からなくなっていたの。いろいろ悩んでて、救ってほしくて、でも、あの人は取り合ってくれないし、ストレスだけが溜まっていたの。家を出た後、何度も家に帰ろうとは思った。でも、あなたに見せる顔がなくて、そのたびに躊躇った。そして、たまたま寄ったここの神社でね、あなたに会いたいって願ったの。私が一番大切にしたかったものって、春陽だったんだってようやく気付けたの。本当に、ごめんなさい」

 せいらは泣きながら春陽のことを強く抱きしめる。

 本当は自分を捨てた母のことを責めようと思っていた。ただ、彼女の事情を聴いた前と後とでは春陽の心情にも心変わりがあった。

 確かにあの決裂の日の前にも、母が悩みを見せいている場面はいくつかあった。毎晩遅くまで起きて、必死に頭を掻いていた。

「そんなの、ずるいだろ」

「分かってる。許してもらおうなんて大層なこと言わないわ。それに、あなたも大切なものを手にしたんでしょう」

 せいらは、後ろで心配そうに春陽を見つめる歩夢と陽葵を見ながらそう言った。

「最後にあなたを見られてよかったわ。また、会えるといいわね」

 せいらは春陽の額に口づけをして、階段を降りて行った。

 彼女がどこに向かおうとしているのかは分からないけど——。

「母さん!俺も、最後に会えてよかったから!」

 せいらはその声を聞いても止まりも振り向きもしなかった。無視したんじゃなくて、心で聴いていたからだということに、勘のいい春陽が気づくのは刹那のことだった。

 

 階段の手入れは雑だったが、本堂や参道に木の葉はなく、しっかりと手入れされている印象を受けた。

 3人は賽銭箱の前に並んで、それぞれの願いを心の中で神に伝えた。

 春陽は、隕石が落ちて世界が消えてなくなるその時まで、陽葵の傍にいることを。

 陽葵は、最後の日までに胸の中に残る後悔を払拭してすべてを明かす決意を。

 歩夢は、地球が終わる最後まで3人でいられるように。

 ——神の御前で誓った。

「行こうか」

 歩夢の言葉に2人は頷いて、長く続く階段を下って行った。

「あれが最後の参拝客でしょうね。この神社にとっての」

 3人が行くのを見送ってから、本堂の障子を開く人物がいた。

 涼宮琴裡すずみや ことり。この神社の神主だ。

 隕石を祭る神社が隕石によって壊されるというのは、何か運命的な作用なのかもしれない。琴裡は一人でそう解釈して、この神社の最期の大掃除に取り掛かる準備を始めた。


 世間の暴動は、二極化され始めたようだ。

 隕石の落下という逃げられぬ運命を前に、混乱を起こしてもどうしようもないという受容をする人。

 隕石落下のその日まで、自分が生き足掻くために秩序を乱し続けると決意を固める人。

 結局、世の中の暴動は治まらないというのが結論だ。

 そして、そのニュースを見ている最中にスマホの7Gの文字が消えた。

 ネット回線が遮断され、集落を見るに電力の供給もついに停止したらしい。

 完全に冬入りしたこともあって、陽が落ちるのは一瞬だった。

 3人は集落にあった大きな家に泊まらさせてもらうことにした。電力が止まっていることもあって、もちろん炊飯器などは使えなかった。

「これじゃぁご飯食べれないね」

「心配ないわ」

 歩夢の言葉に、家主である男性は立ち上がって倉庫の方へ姿を消した。数分後、戻ってきた彼の手には大きな釜があった。

「幸いにも、この家には釜戸があるんだよ」

 教科書で見るような日本の伝統的な炊飯技術。この辺りの古い集落にはまだ残っているらしい。

「すべてが原始時代に戻ったみたいだね」

「原始時代って。そんなに古くないでしょ」

 釜戸の火を吹く手伝いをしている歩夢と陽葵は愉快に話しながら作業を進める。

 一方で春陽は、冷水に手を浸しながら必死に米を研いでいてた。

 そして、研ぎ終わった米をざるに移し替えて水を切る。

 水を切った米を釜に移して、蓋をする。陽葵と歩夢が必死に火に風を送って火力を上げる。

 勢いよく吹きすぎる歩夢が酸欠になっている間は春陽が交代し、やっとのことで米が炊けた。

 それぞれの茶碗によそって、食卓に持っていく。

 丸机の上には既に、奥さんが作ったであろう漬物や干物などが皿に盛られていた。

 最終的にそこに取れたての野菜を使ったサラダが追加され、伝統的な和食な夕飯が完成した。

『いただきます!』

 電気がつかないから食卓は暗い。食卓に立つ3本の蝋燭だけが光源である。世界は暗くても、全員の表情は明るい。

 苦労して作ったからか、いつも食べている食事よりも数倍は味が濃い。特に春陽は、初めてこんな味の料理を食べたとでも言わんばかりの表情だ。

「——なんか、昔の暮らしも悪くないね。全部機械に任せるんじゃなくて、自分たちで作るからこその味わいがある」

 陽葵の言葉にみんなは頷く。機械に頼らないこそ再現できる味わい。隕石の落下がもたらす影響は、悪いことだけではないのかもしれない。

『ごちそうさまでした』

 5人は手を合わせて食事を終え、手分けして後片付けを行った。


 食事を終えた3人はそれぞれ風呂に入り、就寝の準備を始める。

 家主の夫婦から借りた和室。松の葉が描かれるふすまを開けてみると、布団が2枚入っていた。

 ——2枚しか入っていなかった。

 取りあえずたんすから引っ張り出して、畳の上に広げてみる。

「それじゃぁお二人さんまた明日!おやすみー!」

 何を察したのかは知らないが、歩夢は早口でそう言って布団の中に潜ってしまった。

 唐突な出来事に呆然と立ち尽くす春陽と陽葵。

「一緒に寝よっか、春陽君」

 声を掛けたのは陽葵だった。春陽もその声に頷いて、2人は同じ1枚の布団に寝転がった。


 先輩の吐息が間近で聞こえる環境。この状態で寝れるはずがない。こういう時は羊の数を数えればいいのだろうか。

 せっかく一緒に寝ようと誘ってくれた先輩の顔をまともに見ることができなかった。ずっと、布団の奥底を見つめていた。

 こういう時はどうするのが正解なのだろうか。もちろん異性と二人きりで眠った経験などない。

 でも、先輩の鼓動が聞こえる。先輩もドキドキしているようだ。

 目の前に好きな人がいる。逃げはしない。なら、少しだけ甘えてみるのもありかもしれない。

 あくまでもこれは、いつも冷淡な俺が甘えてみたら先輩がどんな反応をするのか知りたいからモニタリングという言い訳をして甘えてみることにした。

 

 春陽君はいきなりボクに向かってハグをしてきた。ただでさえドキドキしているというのに、春陽君は何を考えているんだろう。

 隣の布団で寝息を立てて眠っている歩夢が憎い。その配慮には感謝したいが、一言何か言ったらどうだい。

 いつもなら鈍感なボクだけど、ちょっとだけ考えてみた。彼が何の考えもなしにハグをしてくるわけない。彼の行動には必ず理由があるんだ。この状況下で考えられる彼の行動理由。

 きっとボクのことを試したいんだ。いきなりハグをしたら先輩はどんな反応をするのか知りたい。それが今の彼の行動理由。

 ならば、こっちだって君がどんな反応をするのか試してあげようじゃないか。

 もしかしたら、彼の珍しい一面が見られるかもしれないし。


 先輩は、いきなり俺の足に足を絡ませてきた。

 一体先輩は何を考えているんだろうか。いつもの先輩なら、俺がおかしな行動を取って困惑するか驚くかのどれかだが、今回のこの行動に関しては何の見当もつかない。先輩の温かく柔らかい足と自分の足が交差する。

「春陽君でも恥ずかしくなることあるんだね。耳、真っ赤だよ?」

 俺はその言葉に動揺する。いつもの俺の平常心は、とうのとっくに消えてしまっている。

「見えてないくせに」

「見えてなくても分かるよ」

 先輩の追撃に耐えられず、俺は先輩の胸に顔をうずめた。

「——甘えん坊さん」

 先輩は甘い声でそう言って、俺の体を抱きしめた。

 

 そうして2人は眠りについていく。互いの距離をゼロにして。


 寝たとでも思ったのかい、お二人さん。

 少年君と陽葵が眠ったタイミングで私は体を起こした。

 布団から出て2人の方を見に行ってみると、ちゃっかり体を抱き合いながら寝てしまっている。

「——羨ましいなぁ陽葵」

 私も顔は悪い方じゃない。だから、幾度となく告白されることはあった。でも、どれも顔だけで釣られてきた男と考えると付き合う気にはなれなかった。

 だから、陽葵と少年君の相思相愛の関係が羨ましかった。互いに寄り添い合って物事を打開する様子。見ていてひやひやするけど、なんだかんだお似合いのカップルだ。

「少年君、格好いい」

 つい嫉妬を口にする。親友の陽葵から少年君を奪うつもりはないけど。私も地球が終わる最後ぐらい、誰かに片思いしても責められないだろう。

「羨ましいし陽葵だけ得してずるいから——」

 私はスマホを取り出して、2人が抱き合って寝るその姿をカメラに収めた。

「推せるなぁ、この二人」

 誰も聞いてないのに1人で呟いて、私も眠りについた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る