22話。試験終了
「ナイスー!」
「ありがっとっ、うぁおぅ!?」
刃昏に手を振ろうと振り向いたところでバランスを崩し、そのまま怪物の背中を転げ落ちる。
何度か粉砕刃に当たって痛そうに背中を摩っているが、特に大きなダメージはなさそうだ。粉砕刃は刃ではあるものの斬れ味はなく、そのため打撲程度の軽症で済んでいる。
「大丈夫ですかー? せっかく怪物殺しを成し遂げたのにその後足を滑らせて死んでちゃマヌケにも程がありますよー?」
「うっさいなー! 流石にこれぐらいで死なんわ!」
エマは起き上がって砂埃を払い、怪物の残骸を回収する。
なんだかんだこの怪物も遺物の一つであり、やはりその強さ故かポイントは……意外にも、さほど高くはなかった。
「うっそー!? これだけ苦労したのにー!?」
「そりゃそうでしょ。ポイントって技術的に貴重かどうかで変わるんだし、別にコイツ自身に使われてる技術は汎用物ばっかだからそんな高くないぜよ?
んでもまぁ、役に立つ技術だし集めといて損はないと思うぜ。そのパーツ、結構いろんな装備で使用するから油断してると数が足りなくなるんだよね。市場には出回ってるし別に買えばいいだけの話なんだけど、やっぱ面倒だからさ」
「そっか。汎用ってことはそれだけ使う技術ってことだもんね」
エマが怪物の残骸を漁りながら呟く。
腰の装置がデータに変換して回収してくれるため、全長約10〜15メートルサイズの怪物の残骸はみるみるうちに消えていき、すぐに消滅してなくなってしまった。
「全部取るとか、いくらなんでもがめつすぎません?」
「いや、百蟲ちゃんと七突くんに渡そうと思って。
二人のおかげで勝てたんだし、ちゃんと渡しておかないと」
「いや俺の分は!?」
「さっき自分で取ってたでしょ。ちゃんと見てたからね」
「チッ!
……まぁいいや。回収も終わったんならさっさと帰りな。もう残り時間は6分……二倍速だから12分か。走らないと間に合わないぜ。
これで遅れたら本当に悲しいなんてもんじゃないから、せいぜい急ぎたまへ」
「うわ本当だ! あ、じゃあちょっと先行ってるね! バイバイ!」
「うーい行ってらー」
刃昏の返事を待たず、エマは全速力で駆けていく。
この時間ならポイントを求めて争う人たちも減ってくるはずなので、心配する必要はないだろう。何より、争っている暇があればすぐにでも拠点へ帰ってポイントに変えたいはずだ。
もうエマの心配は必要ないと、刃昏は隠されていた遺物を回収しに向かった。
「……よし。こんなもんでいいかな」
刃昏が怪物の残骸近くにできていた砂の山を漁り、百蟲が死んだ際にばら撒かれた遺物を掘り出す。
無事なものとそうでないものを仕分けて、無事なものを回収していく。盗賊のようなやり口だが、彼が得意とするのは元々、こういうような“人が普通しないこと”だ。
そもそもの思考回路が常人とは異なっている彼は人がしないことをできるし、できてしまう。人よりも奇策を思いつく能力が高いのもこれに起因する。
要は普通の人では気づかないような、理解もできないようなことに共通点を見出してしまうのが彼なのだ。そのため彼は常識に縛られず、ふざけた発想をしてしまう。
ある意味では
「これ全部無事だったら500ポイントとか優に超えてるな……いくらなんでもモモっちゃんすごすぎませんかね。さすが異名持ち」
「───いやほんと……流石だよな」
百蟲の遺物を漁っていた刃昏の背中に、一本の杭が突き付けられる。
予想外の登場に、さすがの刃昏も驚きを隠せなかった。
「……まさか生きてるとは。さっすが〜」
「まぁ……もう長くはないけどね……。
……右半身がまるごと逝ったし、あと数分もしたら死ぬと思うよ……」
彼の言葉通り、その身体は綺麗に右半分が欠けていた。こんな状態でも生きていられるのは、運が良かったからとしか言いようがない。
「ところで、この杭はなんです?」
「……剥製を作るときには針を刺すだろ?」
「そうだねぇ……すんもはん、ワシら仲間やないか……?
遺物が欲しいにしても、お前も死ぬんだから殺す意味ないだろ?」
まるで常識人のように、刃昏が疑問を向ける。
彼だってあくまでも自分自身が常識に縛られないだけで、常識を理解することはできる。故に、自分以外には常識を当てはめて考えるのが彼のやり方だ。
だからこそ常識的に考えて意味のない行動をしている七突に、彼は疑問を感じたのだ。しかし───
「別に遺物自体はどうでもいいんだけど……
……俺ら二人が死んで、お前だけ死なないのはムカつくからさ」
───やはり
「……やっぱお前面白いわ。後で飯食いに行かね?」
「まぁ……うん、いいよ。
……じゃ、また後でな」
「おう。──────ッ!」
晩飯の約束を最期に、骨肉の潰れる音が鳴る。
ほどなくして、残った杭も崩れ落ちた。
♢♦︎♢♦︎♢
「だー! 負けた負けた! やっぱ操縦は向いてないってわたしー!」
会議室にて、キャサリンがキーボードのような何かを投げ捨てて喚く。
ローレンスが慌ててキャッチするのを眺めてから、美来はキャサリンの方へ向き直した。
「でも良かったよ? 私も予想外だったし」
「いやだとしてもー! 翻弄されすぎなんだってー!
絶対これ
「私は別にやるべきことがある。美来に関しては……正直、試験にならんだろう。
コイツに手加減ができるとも思えんしな」
「あ、ひどーい。できますけどー?」
「……いやまぁそれはいいんだけど、いい加減やられた時にコントーラーを投げる癖はなんとかしてくれねぇかなキャサリン……」
あの怪物を操作していたのはキャサリンだったらしく、その怪物が殺されたことで気が昂っているのだろう。彼女は怒っているわけではなさそうだが、少なくともいい気分とは言えなさそうだ。
「なんか今日散々だな〜……一撃で壊されたり意味不明な方法でハメられたり……」
「そういうこともあるよね。いやーそれにしても百蟲ちゃんもエマもね。
七突くんは良い子そうだし、刃昏くんはなんか……あのバカみたい」
「あぁ、アイツか……わからんでもないな。
……っと、エマが拠点についたみたいだぞ。そろそろ試験も終わりそうだし、危なかったな」
「エマはやる子だからね」
ふとモニターを除けば、拠点には九割近くの受験者が集まっていた。
その中にオレンジ髪の少女が入っていくのを見つけ、美来は安堵の表情を浮かべる。
「……なんだかんだ言って、やっぱ怖かったか?」
「なにおう。師匠なんだもん、決まってるでしょ」
「そうやって強がるところはまだ子供だな」
「はぁ〜?」
美来が梓睿の言葉に一言言い返そうと振り向くと、彼はすでに部屋の扉に手をかけていた。
試験が終了した後、開始前のように喋らなければならないためその準備だろう。
「まぁいいさ。彼女にはあえて言わないでおくことにしよう」
「だから言ってるでしょ!」
「あぁ、そうだ。私の見解はもう出しておいたから。帰ってくるまでに三人で話し合って決めておいてくれ」
美来の文句を無視して、梓睿は自分の机を指差す。
そこには、『刃昏、七突、百蟲、エマの階級昇格予定票』と書かれた紙が置いてあった。
三人がソレに目を向けている間に、梓睿は部屋を出ていく。
「……後で絶対負かしてやる。まぁ良いや。それよりこれだね。
どうする? 私は順番に7、7、6、8ぐらいが良いと思うんだけど」
「俺もあらかた同意だな。でも今回は相性の問題もあったし……刃昏くんは6ぐらいが良いんじゃないか? 相手が七突くんじゃなかったらもっとやれてただろ」
「私も刃昏くんは確かに同じ印象かなー。あ、あと、百蟲ちゃんに関しては5がいいと思うよ。試験そのものとは別の内容になっちゃうけど、今回使ってた技術、一週間ぐらいであのレベルなのは相当すごいもん。特に今回は不調そうだったしね〜」
「あー確かに……それならエマも上げるか? まだTOKYOに来て九日なのにあのレベルはすごいだろ」
「すごいけど逆逆。むしろ早めはせっかくの学習がダメ。足りないもん」
「そうか、確かに学ぶ機会が減るのはあの子にとっては逆効果かもな……」
「一応梓睿はエマのを「8 or 9」だってさ。他がね───」
試験終了3分前。三人(と一応一人)は天才四人の階級について話し合う。
その話し合いは試験終了後も続……くことはなく、意外にも1,2分程度で終わった。流石と言うべきか、天才の中の天才たちは解決するのも早いのだ。
───そうして話し合いが終わった頃、ついに、試験終了の時間がやってきた。
♢♦︎♢♦︎♢
「なん、……とか……、まにあっ、……たぁ……、」
エマが肩で息をしながら呟き、拠点内に設置されてあるソファへ倒れ込む。
怪物の残骸やその他諸々のポイントがしっかりと加算されていることを確認した彼女の元へ、白髪の小柄な少女が近づいて来た。
「その様子じゃ、ちゃんと倒したのね」
「あ、百蟲ちゃん! そうそう、倒したよ。一応百蟲ちゃんの分も
「ありがとう、でもあとででいいかな。
……他の二人は?」
「七突くんは倒すために犠牲になって、刃昏くんは……遅れてくるのかな? この感じ、間に合いそうな予感しないけど───」
エマの話を遮るように、ベッドへ誰かが落ちる音が鳴る。
二人が音の鳴った方へ振り向くと、ちょうど二人目の音が鳴るところだった。
「あ、七突……って刃昏くん!? あの後死んだの!?」
「あ、二人ともどー……ちょっと待ってください百蟲さんアレは違うんですよ必要だったからそうしただけであって本当に悪意があったわけじゃなくてだからその顔はすごく怖いなーってあのちょっと百蟲さんもしかしなくても怒って───」
「───謝罪は?」
「いえあの本当に言わなかったのは悪かったとは思ってるんですよでも言ったら絶対あんなに綺麗に決まらなかったというか敵を騙すには味方からって言葉があるじゃないですかつまりそういうこ「言い訳はいいから。まず、謝罪は?」
「えっと……本当にすんませんした!───ってぇ!?」
土下座に近い形で謝った刃昏に、百蟲は渾身のストレートを叩き込む。
本来であればゲンコツを狙ったモノのはずだが、彼女の身長の低さ故にその拳は彼の左腕を直撃する。
「……あの
その真っ赤な目を見開き、もはや殺意の域にまで昇華された憤怒を全身から発している百蟲を前に、刃昏は引き攣った笑顔でいることしかできなかった。
───そうこうしていると、試験終了を合図する鐘が鳴る。
その鐘の音を聞いた受験者達が仮想世界の外へ出て会場に戻ると、全員が戻り終わったぐらいのタイミングで梓睿が壇上へ上がった。
「以上で試験は終了だ。合格、非合格についてはすでに各々確認済だと思うのでこれ以上言うことはない。結果はどうあれ、君たちが頑張ったことは知っている。
一部生徒は別日に再試験を行うので、メールの確認は忘れないように。おそらく一週間以内には通知が届くだろう。
同じく、合格者も一週間以内に資格証明書が届くはずだ。それが届き次第、正式な未来探検家としての活動が可能となる。こちらも確認を忘れるな。
……では、今日は解散だ。よく頑張った、ゆっくり休むといい」
梓睿が手を挙げると、もう一度短く鐘が鳴り、その音が鳴り止むのを待たずに彼は壇上から降りて行った。
少ししてから受験者たちも会場を離れ始め、各々の日常へと戻っていく。
───こうして、エマ達の就職試験は無事に終わった。劇的な終わり方ではなかったものの、試験とは得てしてこういうものだ。
それぞれが思い思いに合格の喜びを噛み締め、安堵の表情を浮かべる。数日後には正式な未来探検家として活動できることを想像し、彼女たちは待ちきれずに目を輝かせた。
……なお、住所が存在せずエマが資格証明書の取得に苦労したのはまた別の話である。
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