23話。祝いの晩餐

「試験お疲れ様ー! なんとか全員合格できて良かったねー!」

 緊張から解き放たれ、安堵した様子でエマが笑う。

 なんだかんだブレーキが壊れていただけで、不安はあったのだろう。気の抜けた様子でベンチに寝そべり始めた。

「ええほんと、合格できて良かったわね……」

 百蟲はなんだか複雑そうな表情で頭を抱えているが、もう不安が取り除けたからか試験中よりは穏やかな顔をしている。

 おそらく、エマに対する嫉妬が薄れたのも大きいのだろう。“よくわからないムカつくヤツ”から“面倒を見るべき天才の卵”という認識に変わったのだ。……はたして、それが本当に良いことなのかはわからないが……。




「……それじゃ試験も終わったことだし、俺らは飯でも食いに行くかな。

 二人も来る? 多分ラーメンかカレーあたり食いに行くと思うけど」

「わー行きたい! けど……師匠と予定あるし、今日はいいかな」

「私もパス」

「OK。んじゃまた今度一緒に行くか。

 あ、そうだそれなら連絡先交換しとこうぜ」

「……確かに。交換しとこうか」

 刃昏が腕輪からホログラムを呼び出し、電話番号の書いてある部分を

 それがスルリと手袋に入るのと同時に、小さく音が鳴って連絡先の登録が完了された。登録名に[巳鷺みさぎ刃昏はくら]と書いてあるのを確認し、エマは感嘆の声をあげる。

 そのまま七突とエマも連絡先を送り付け、最初は面倒臭がっていた百蟲も三人(主にエマと刃昏の二人)の押しに負け、ついに全員での交換が完了した。


「よし。グループも作ったから、何かあったらここで。

 んじゃ俺らは行くから、じゃあの!」

「……またね」

「ん。また今度ねー! バイバーイ!」

 刃昏と七突は手を振ってその場を離れ、二人で話しながら遠のいていく。

 今日だけで2回も殺し合ったとは思えない空気感だが、これが未来探検家の日常だ。




「……よし。それじゃ私はもう師匠を待つだけなんだけど……百蟲ちゃんはどうするの?」

「どうするって……別に帰るだけ「───二人ともお疲れさまー!」


───と、百蟲の言葉を遮るように、今日一番の明るい声が聞こえてきた。


「わ、師匠!? わぶっ───」

「うぇ───!?」

「おめでとー! 見てたよー!」

 突然現れた彼女美来は少女二人を強く抱きしめる。

 エマはもう慣れているのかすぐに抱き返していたが、百蟲は混乱した様子でジッと硬直していた。

「んむ……ししょー! 百蟲ちゃんが動けなくなってるから一旦やめよ!」

「ん、いつものことだよこれ。でも確かに。一旦やめよっか」

 美来が手を離すと、息を止めてたらしい百蟲が緊張して強張った顔で大きく深呼吸する。

 百蟲の息が落ち着くのをしっかりと確認してから、美来は口を開いた。


「途中危なかったけど、なんとかできたね。信じてたよ。

 百蟲ちゃんもありがとね!」

「え、あ、ありがとうございます……。でもやっぱりエマちゃ……さんの物覚えが良かったおかげだと思います。じゃないと帰ることも難しかったでしょうし……」

「そんなかしこまらなくていいよ。それも全部見てたし、その上でね。

 というか思い出した。エマ、死なないと武器帰ってこないよ。まだ替えは取り寄せてないからね」

「あ、そうだった。後でやっときまーす」

 ものすごく自然に死ぬことを受け入れているが、一度死んで装備ごと肉体を作り直すことで壊れた武器も元通りになるため、替えとして使える武器がない今、確かに死ぬのは必要なことでもある。

……“一番おかしいのは倫理観”? それに関しては……故の価値観の違いというやつだ。なお、エマは外の世界から来たはずだが、彼女は学習が早いためその価値観に適応するのも早かったらしい。


「あ、そうだ師匠! この後ご飯食べに行くでしょ?」

「うん。私の作ったパフェとかどう?」

「絶対口の中溶けるぐらい甘いから嫌ですぅー! そうじゃなくて、百蟲ちゃんも一緒にどうかなって思って」

「え?」

「いいよ。私もそのつもりで来たし」

「え!?」

 エマの提案を、美来は二つ返事で了承する。

 二人の以心伝心っぷりには驚かされるが、百蟲はそれよりも遠慮の気持ちが大きかったようだ。

「い、いや大丈夫!……です。師弟として二人で話したいこともあるでしょうし、二人の時間を邪魔する気はないので……別に自分は───」

「全然大丈夫だよ! 多い方が楽しいし、むしろ師匠と一人で話してたら覚えること多すぎて大変……!」

「ちゃんと絞ってるでしょー? それはともかく、大丈夫だよ。

 エマの言う通り。友達とは楽しいから」

「えと……いやあの……」

 ここまで言われてもまだ遠慮して物怖じしている姿は、試験前のトゲトゲしていた彼女からは想像のできない姿だ。

 実は彼女、元々人付き合いがあまり得意なタイプではない。興味のあるないに対しての反応の仕方に振り幅が大きすぎるのが原因なのだが、試験前のエマに対する反応と美来に対する反応を比べればわかりやすいだろう。

 もちろん、美来も彼女のそんな性格はわかっている。自分に遠慮する癖があることも理解しているため、あえて彼女の返事は


「……ぅわ───!?」

「ほら、そうと決まったら行くよー。どこがいい? パフェ?」

「師匠本当に甘い物好きですよね……。あ、私はハンバーグが食べたい! たくさん動いて疲れたし、肉系の料理が食べたいです!」

「え、いや、あの───」

「百蟲ちゃんは? このままだとパフェになるけど」

「ちょっと、サラッと私のハンバーグ無視されたんですけど!?」

「え? あ、サラダ、とか?」

「サラダならやっぱりハンバーグじゃないです? ねぇ師匠」

「OKパフェね」

「やっぱり話聞く気ないよね!?」

 美来に手を引っ張られてついて行く百蟲だが、二人の会話を聞いて強張っていた顔もほころんでいく。

 緊張が緩まったところで、彼女は一つ思い出した。


「あの……私たち皆で食べるなら七突とクズの二人も誘った方が良いかな……?」

「クズって。んーでもいいと思うよ?

 よくわかんないけど、ラリーとか梓睿曰く「男同士でだけ盛り上がる“ノリ”がある」らしいし」

「んー……そういうものなのかな?」

 エマと百蟲は疑問そうに首を傾げていたが、なんとなく納得する。

「まぁ、あえてってことで!

 どうせだし、私も誘おうかな。まだキャサリン帰ってないだろうし」

「おぉー! ……キャサリンさんって、あのなんか色々弄ってた人?」

「そうだよ。実は来ていたのだ。

 人は多い方が楽しいし、いいでしょ?」

 そう言って、美来は空いている左手の手袋からキャサリンに連絡を入れる。

 さらっと激甘パフェのお店で合流しようとする美来をなんとか止め、女子会の準備が整った。

 こうして、試験の合格を祝う楽しい楽しい晩餐が開かれたのだった。



♢♦︎♢♦︎♢

























































───今より遥か先、一万年後の世界。


 薄暗い部屋で、透明な箱が淡く輝いている。


 小さく聞こえる鳥の鳴き声に、は夢を見ていた。


 木漏れ日の中、そよ風を浴びて森を歩く。


 隣には、真昼の太陽のように笑う、見知らぬ人。


 いつか来る目覚めを待つように、その時を夢見て───

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