21話。ふむ、必要な犠牲でした

「《螻蛄オケラ》───ッ! っと、《斑蝥ハンミョウ》!」

 砂中から怪物を殴り上げ、即座にその場を離れる。

 空中へ浮かび上がる怪物だったが、直後に降ってきた爆弾によって壮絶な勢いで大地へ叩きつけられた。

 ただでさえ強力な衝撃を、時間ごと二倍の速度で受けている。それでも決定打にならないどころか、怪物は未だにピンピンしている。


「気をつけててもやっぱりまだ壊れるか……しょうがない、次、《望潮シオマネキ》!

 これは甲殻類になるから『昆蟲』の名前から外れるけど……そもそも異名は勝手につけられたものだし、私が気にする必要はないでしょ!」

 右腕に巨大なハサミを生やし、再度怪物へ突撃していく。

 この“望潮”はだろうが……あくまでも昆虫ではなく蟲と括った場合、カニやエビなどの甲殻類はムカデや蜘蛛などと同じであるため蟲の仲間と言うこともできるだろう。

 中には「異名と違うじゃねぇか!」等の文句を言う者もいるだろうが、百蟲も言っている通り異名は他人が勝手につけるものである。彼女が気にする道理はないのだ。


「それカニじゃん! 蟲使えや!」

「広義の意味では蟲の仲間とも言えるでしょうが!」

「そーなの? すまん、俺そこあんま詳しくないんでわかんなかったわ」

 刃昏の声が空中から聞こえるが、相変わらずその姿は確認できない。

 それは怪物も同じようで、戸惑うようにその大口を何度も回転させている。おそらく、センサーがそこにあるのだろう。


「せー───っの!」

 百蟲がその巨大な鋏を振り下ろし、怪物の胴体に大きな傷をつける。

 すかさず、エマが追撃を叩き込んだ。

「■■◾︎◾︎───!?」

 今度のは流石に効いたようで、怪物は悲鳴のような雄叫びをあげて砂中へ潜っていった。

 怪物は姿を完全に隠し、振動以外に場所を察することができない三人はいつでも飛び退けるよう構えるしかない。


 しかし……その場所がわかる者が、一人だけ存在する。


「───エマ、真下!」

「ッ───!」

 一人だけ視えている七突の声を聞き、エマは即座にその場を離れた。

 直後───先程までエマの立っていた砂が落ち、奈落は顔を突き出した。

「■■……」

「逃がすか……!」

「■■───◾︎!?」

 獲物を喰らい損ねたことに気づいた怪物はすぐに砂中へ戻ろうとするが、その一瞬の隙を狙うように杭が胴体を突き刺してくる。

 回転する粉砕刃でなんとか破壊はできたものの、杭を打ち込んで来た本人を仕留めることはできず、ただ砂中へ逃げ帰ることしか怪物にはできなかったようだ。


「七突さーん!? 貴方の杭がなくなると作戦潰れるんですけどー!?」

「……大丈夫。あと12本あるから」

「いや多いな? どこに隠し持ってんだよそんなの……いやそれはお互い様か。じゃあまぁ別にいいや。頑張ってねー」

 七突は刃昏のことが、場所を察せられないよう視線は向けない。


───しかし、確かに刃昏の思考が切り替わったのは感じ取っていた。




「……《蜘蛛クモ》」

 百蟲が蜘蛛糸を発射し、いつでも逃げれる準備を整えた。

 七突の目線を見る限り、おそらく次に狙ってくるのは自分だと、そう予感して。

「ムシっちゃん、黒堅象蟲クロカタゾウムシを構えといて!」

「……? ま、まぁいいわ。わかった!」

 どうせ黒堅象蟲を使ったところで避けるのだから意味はないはずだ。そう、疑問に思いつつもとりあえずは指示に従ってみる。

 刃昏の状況判断能力は信頼している。おそらく、何か意図があるのは間違いない。

 そうして装甲を全身に纏った直後、七突が叫ぶ。

「……百蟲さん、前斜め下!」

「来たッ───!」

 すかさず、蜘蛛糸を巻き戻してその場から離脱しようとする。……が、



【───プツン】


「───へ?」



───糸は、透明な刃物によって、斬り落とされた。




「んじゃムシっちゃん、!」

 怪物の口に呑まれる寸前、上空から起爆寸前の爆弾を渡され、思考が追いつかない中落下していく。


「───こっ」


 瓦礫すら砕いた体内の粉砕刃でもその装甲は堅すぎたのか、全身に強い衝撃を受けながらも死ぬことはなく、百蟲は奥へ奥へと呑まれていく。

 爆弾が光り輝き、弾け飛ぶ瞬間……


「───このやろぉぉぉ!!! 覚えてろぉぉぉ!!!」


……爆風にも負けないほど強烈な叫び声が、辺り一帯に響いた。






「■◾︎■◾︎───!?!?!?」

「うんうん。綺麗な花火だ」

 轟音と共に口から爆炎を放出した怪物を見て、刃昏が呑気にそう語る。

 七突とエマはドン引きした様子でその声を聞いていた。

「うわぁ……」

「お前……帰ったら殺されるんじゃないか?」

「いやいや、今のも必要なことだったんよ。これで体内の粉砕刃が砕けて、杭が壊されなくなった。というわけで、次はお前七突の番じゃい。エマは少し離れた高い場所に移動しておいてくれ」

「りょーかい……頑張ってね、七突くん!」

「ん。ありがと……。

……刃昏、最後のタイミングは任せたぞ」

「わかってるって。ほら、そろそろ動き出すぞ!」

 刃昏が言った通り、怪物は再度動き出そうとしていた。

 それを見て、三人はそれぞれバラけて移動する。刃昏の指示通り、エマは決戦場コロシアム端の元地下街のあった場所へ飛び上がった。


蚯蚓ワームの回転をよく見て突っ込め……か。確かにいい作戦だけど、よくこんな人の心がない作戦を思いついたな……それに着眼点もすごいや」

 動き出した怪物が地面へ潜るのを見届け、眼を凝らす。

 怪物の“思考”が、怪物の“動き”が、怪物の“場所”が、。それが、彼の体質。


───通称『感情把握』。正式名称では『共感覚シナスタシア』とも呼ばれている症状で、数字や言葉、音など様々な物に色を感じる体質だ。

 彼の場合、多くは感情……そしてその奥にある、を感じとる体質である。

 通常の共感覚とは違い正式には科学ではなく魔術の分野も含まれる体質であるが故、機械からも色を感じとることができるのが特徴だ。


───つまり、怪物の行動を誘導することが、




「■■◾︎◾︎!!!」

「………………」

 怪物が飛び出す瞬間、彼は逃げるように走り出す。

 それを追いかけ、怪物は突き進む。その胴体が全て地上へ露出したのを確認し、刃昏が叫んだ。

「───今だッ! 七突!」

「……っ!」

 その声を聞いた七突は動きを止め、突如、

 怪物は驚く。獲物が突然自殺をはかったのだから当然だ。

 それがただの諦めでないことぐらい、怪物にもわかっている。が、どうせ殺してしまえば問題はない。……そう、思っていた。


「───《縛り打ちステイクアウト》……ッ!」


【───GAAAAaaaaaaaaa…………Nnn……!】


 押し付けられるような、貫かれるような、不気味で不快な衝撃が怪物を襲う。

 体内から杭を打ち付けられ響くその感覚に、痛みの感じない怪物はただひたすら不快感に縛りつけられた。


 “押し付けられたような”、“貫かれるような”。

……そのどちらの感覚も、正しくない。

……そのどちらの感覚も、間違っていない。


 「不快だ」「早くこの感覚から逃れたい」そう願う怪物は、体内の釘を破ろうと、全身の粉砕刃を回転させようとした。

 いくら先の爆発で刃が砕けたとて、全身の回転で無理やり削り壊せばいいだけのこと。全身を駆動し、一本の杭を粉砕せんと、身体を捻ろうとして───


「……?」


───異変に気づいた。


 

 いや……それだけじゃない。前にも進めないし、後ろにも進めない。体を曲げることもできなければ、伸ばすことも叶わない。

 砂に潜ろうにも……身体が動かなくては潜れない。


 怪物は気づいた。気づいてしまった。この一撃に込められた、一つの意味に。


 これは───、相手を殺すのではなく、ッ!



……拙い。これは布石だ。すぐに逃げなければ、本命の一撃が来てしまう!



「今だ、エマ! もう回転に威力を殺される事もない!

 七突ごとでいい、その蚯蚓ワームを縦に斬り裂いてやれ!」

「───わかった!」

 決戦場コロシアムに、一つの合図が響く。


───“それ”は、怪物にとっての絶望の合図……。


───“それ”は、エマにとっての希望の合図……!




「《蟷螂カマキリ》!」

 エマが叫ぶ。

 両手に武器を持ち、トドメを刺さんと、大きく振り上げる。


 これで決着だ。長かった戦いも、これで終わる。




─────────そう、思った時だった。






「■■◾︎◾︎……ッ!」


 


 


 絶望の中でも、怪物は諦めなかった。

 ソレは唯一、身体を動かさずとも放てる一撃。


 眼前の全てを粉砕せんと、怪物は特大の衝撃波を放つ───ッ!











───しかしそれも、無駄な足掻きに過ぎなかった。



 衝撃波をくぐり抜け、その余波に流されるも空中で体勢を立て直し、彼女は再度武器を構える。


 そして今度こそ、彼女はその鎌を───振り下ろした!











───静寂が、辺りを支配する。


 空気が潰れたが故か。ソレとも、音が斬られたが故か。


 静寂は一瞬の余韻を残し、様々な衝撃が混ぜこぜになった乱気流に支配される。



 強風吹き荒れる中、真っ二つになった怪物残骸の上に一人の少女が舞い落ちた。


 その少女は満面の笑みで残骸を見下ろす。太陽のような、実に清々しい顔だ。




───こうして決着は着いた。彼女たちは、怪物殺しを成し遂げたのだ。

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