20話。無意味だけど楽しい、怪物殺し

「■■■……◾︎■……」


 巨大陥没跡コロシアムにて、怪物は蠢く。

 その鋼体を“震わせ”、砂埃を巻き上げながら獲物を待っていた。


 頭から尾までびっしりと並んだ粉砕刃はグルグルと回転し、大地を抉り突き進む。

 時折、が目に映るが……派手な見た目に反して重傷にはなり得なかったようで、粉砕刃こそ失われているものの、特段気にする様子も見せずに怪物は砂の海を泳ぎまわっていた。


「■■◾︎……◾︎!?」


 突如、怪物のセンサーに影が映る。

 小さなその影は怪物が正体を理解するより早く、その鋼体を


「うわあんまり効いてなーい!」

「一旦下がって、距離をとって!」


「■■◾︎◾︎……■■■!」


 怪物が咆哮をあげる。

 決戦場コロシアムに、絶望が響く。


 は一筋の汗を流し、笑ってそのこえを受け止めた。






♢♦︎♢♦︎♢



 時は数分前に遡る。

 四人は怪物との戦いを前に、準備を進めていた。


「簡易的だけど、装備の確認はOK。後は作戦だな」

「作戦、作戦ね……正直、勝てそうな未来ビジョンが全く見えないんだけど」

「そう……? 多分、協力すればギリギリいけると思うけど……。

 でも確かに作戦を立てるのが難しいのは同意かな……どう? 刃昏」

「いやなんで俺なんだよ」

「こういうの……お前、得意でしょ?」

「いや……えぇ? でも俺何も思いついてな───あ、ごめん前言撤回するわ。一個思いついたかもしれん。ちょっと待ってな?」

「ほらね?」


 刃昏が空に指を浮かべ、「トン、トン、」となにかを叩く動作を繰り返す。

 どこか遠くを眺めているように見えたその目線が戻ってくるのと同時に、彼はその作戦を語り出した。


「まず、前提として。エマは死んではならないってのが絶対条件。

 んで作戦の関係上、七突と俺もちょっと消極的になるかも。エマが死んじゃいけないのを踏まえた上で、すまんけどエマとムシっちゃんに狙われてタゲ取って欲しいかな。じゃないと最後がキツそうだし。あ、ムシっちゃんはエマの護衛もお願いね。

 俺もサポートはするから。あと七突も適度に攻撃しといて。でも狙われないようにね」

「……ちょ、ちょっとごめんね。何もわからないんだけど……私は一体何をすればいいの?」

「んー? 死なないよう最大限気をつけてください、できるだけ蚯蚓ヤツに狙われてください、以上」

「えーっと、だいたいわかった!」

「嘘でしょ……?」


 百蟲は信じられないものを見るような目つきでエマの方へ振り向いた。

 今の言葉で理解できたのか、という意味ではない。それぐらい、あの人の弟子なら出来てもらわないと許さない。そうではなく、意図もわからずに承諾する精神がわからない。

 承諾すること自体はわからなくもないのだが……迷ってから説き伏せられる、それしか選ぶ道がない、仕方がないので従ってみる、そのどれでもなく二つ返事で承諾したことが信じられなかった。


───もっとも、二つ返事で承諾したのはエマだけではなかったのだが。


「……俺も役割はわかったよ。ちょっと難しいけど……やってみる」

「はっ……いや、もういいわ。毎度毎度突っ込んでるのもなんかもうバカらしくなってきた……

 はい、私も了解。指示されたことさえやってれば何してもいいのよね?」

「モチモチのロン、いいともさ。……あ、でも火力役アタッカーよりは援護役サポーターの方が助かるかな。配分は任せるよ」

「……雑な癖に注文が多いわね。まぁ、いいけど

 他、何か伝えておくことはある?」

「いや、ないかな。後はアドリブで何とかしてください。んじゃまぁ早速、開戦と行こうか! 一狩り行こうぜ!」


 その言葉を残し、刃昏は決戦場コロシアムへ走って行く。

 遅れを取らないよう、三人も後に続いた。



♢♦︎♢♦︎♢



「うっそ最悪……蟷螂カマキリ壊れたんだけど。

 一回斬りつけただけで壊れるとか、どんな身体してんのよ」


 百蟲がボロボロになってしまった鎌を見つめ、ため息を漏らす。

 もはや形を保っているのが無事なほどに崩れたソレは、どう見ても使い物にはならないだろう。


「大丈夫? 貸してくれたやつ返そっか?」

「それやったら貴方の武器がなくなるでしょ……ってちょっと待った。貴方の蟷螂カマキリ無傷じゃない!? 同じヤツを斬ったはずよね!?」

「あ、うん。さっきのでどう斬ったらいいのか覚えたから……」

「覚えたぁ? ……あーはいはい。そういうことね、理解した。私には無理ね」


 薄々感じてはいたが、エマの学習能力のを前に百蟲はそれ以上の追及をめる。

 彼女はそういう“体質”だ。いくら言ったところで、自分の参考になるような話は出てこないだろう。自分とエマで才能の方向性が違うことぐらい、彼女は既に気づいている。

 、彼女は彼女なりのやり方を試みる。


「……《蟷螂カマキリ増殖ブリーディング》、《再結合コンストラクション》。無事だったパーツは貴方に渡すわ。

 こっからは色々使い潰してくけど、気にしないでいいから。手数の多さは、こういう時に使ってこそだもの」

「なるほど? ……お、鎌が大きくなった。ありが───っと来てるよ!」

「……《飛蝗バッタ》!」


 エマがブーツで加速し離脱するのとほぼ同時、百蟲も新たな“蟲”を装着して

 一人見失った───そう思うよりも早く、強力なが怪物を襲った。


「■◾︎───!?」

「やっぱ壊れちゃったか……まぁいい、次! 《鍬形クワガタ》!」


 あまりの衝撃に吹き飛ぶ怪物。それを逃さないよう、彼女もすぐに装備を取り替えて追いかける。

───これが、これこそが彼女の本領。数多を操り、まるで


故に、『』───それが彼女の異名である。



♢♦︎♢♦︎♢



「よし、後は機を待つだけだな」

「うん……そうだね」


 決戦場コロシアムの外、何とか陥没を免れた地下街に身を隠すように彼らは立っていた。

 怪物相手に大立ち回りしている二人を眺めつつ、刃昏は罠を構え援護サポートの準備をしている。七突はそれを黙って見ていたが……突然、彼に


「うわびっくりした。ここで裏切るかフツー」

「いや、これはあくまでも脅し……というか、裏切るならお前だろ……」

「なんでェ!? いや最初は裏切ったけど、あれは余裕がなかったからであって死んでもノーデメリットな今は裏切る理由ないですよ!?」

「……でもお前、……?」


───ピタリ、と。七突の発言に、刃昏は動きを止める。


「あぁ……お前ほんと察しいいよな。

 なんかそういう体質なの?」

「察しがいいのはお前の方だろ……まぁそれはそれとして、? ……まさか三人全員じゃないよな」

「んなわけあるかぁ。お前とムシっちゃんの二人だよ」

「あ、やっぱり結局ムシっちゃん呼びで行くんだ……」


 彼の言葉を聞いて、七突は安心したように杭を下ろした。

 さっきまで彼が発していた殺気はなくなり、今度は打って変わって信頼の気持ちを浮かべている。


「あの、そうやって急に丸くなられると怖いんですけど。今の俺の発言、普通なら怒るとこじゃないの?」

「……何でわかってるのにそういう発言するかなぁ……」

「正直に生きる、がモットーでして」

「正直にもやり方ってもんがあるでしょ……

……まぁ、エマを殺さないなら裏切ったわけじゃなさそうだし……それなら、殺そうとしてるのは勝つために必要だからってのは察しがつくよ。サラッと自分だけ生き残ろうとしてるのはムカつくけど……」

「さすが七突さん。以心伝心ってヤツだね!」

「そんなこと流石にできないから、せめて俺には詳細を教えて欲しいんだけど……」

「あ、ウッス……」


 刃昏は反省しているのかしていないのかよくわからない表情を浮かべる。

 とは言っても、次の瞬間にはケロッと普段通りの表情に戻ったので、おそらく反省はしていないだろう。

 そうして、彼は「まぁなんだかんだ、どっかで伝えるつもりではあったよ?」と言いながら簡潔にその内容を話した。


「うわ、マジか……てか上手くいくの? それ」

「多分。んじゃ、俺はサポートに移ってくるわ。お前も適当なタイミングでアイツのこと殴っといてな。死なないようにだけ気ィつけてねー」

「はいはい……」


 心底面倒そうな表情で七突が返事を返すと、刃昏は意地悪そうに笑って飛び出していった。

 のは、その直後のことだった。



♢♦︎♢♦︎♢



「■■◾︎……」


 エマと百蟲に翻弄されっぱなしだった怪物は、突如動きを止めて口を閉じた。

 その行動には見覚えがある。当然だ。彼女たちは既に二度、経験している。


「マッズ……ッ!」

「百蟲ちゃん!」


 怪物の鋼体が光り出すのと同時、エマが百蟲の手を引いて倒れ込む。


───直後、今日三度目となる衝撃波が放たれた。




「グ──────………………!」


 その衝撃波は百蟲の頭上スレスレを通り過ぎ、砂塵を巻き上げながら大地を突き抜けた。

 その余波を受けエマ達の身体も浮き上がり、濁流に飲まれたかのように空を滑っていく。

 しかし、エマはもうその浮遊して流される感覚を学習したのか、今度はすぐに受け身を取って起き上がった。空を飛ぶことに慣れている百蟲も同じく即座に立ち上がる。


「いったた……今の、よくわかったわね」

「えへへ……半分ぐらい賭けだったけどね。

 でも、今ので確信した。やっぱり、あの光った所から衝撃波が出てるっぽい」


 そう言って、エマが怪物の胴体を指差す。

 そこには周りより少し窪んだ光の帯のようなものがあり、数秒ほどすると光は薄くなって消えてしまった。


「衝撃波が来るちょっと前ぐらいにあそこが強く光って光の線が出てくる。だからその光をかわせば当たらないはず!」

「なるほど……やっぱり貴方、学ぶのがすっごい得意ね。

 ありがとう、わかった。次からは自力で避けれそう。だから私のことは気にしないで、自分が避けることに集中してね」


 百蟲はエマの頭に手を置き、すぐに怪物の方へ向き直った。


「そろそろ壊さないコツもわかってきたところだし……仕切り直しといくわよ。

 次はそうね……《サソリ》!」


 彼女の腕にハサミが現れ、同時に大きな棘の生えた尻尾も現れる。

 彼女が怪物へ向かおうとした次の瞬間、怪物の背中がした。


「うぇ!?」

「どーもお嬢さん方! 爆発で怯んでる今のうちにやっちまいな!」


 空から刃昏の声がするが、見渡しても姿は見つからない。

 しかし、彼のことを気にしている暇もない。彼の言葉に合わせ、エマも既に走り出している。彼の攻撃に巻き込まれるのは確かに怖いが……刃昏のことだ、そこは上手くやってくれるはずだろう。

 そう思い、百蟲は再び走り出した。その気持ちが『信頼』であることを、彼女はまだ知らない。




───

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