19話。『諸君、狂いたまえ』

「うひゃー……すごい規模が陥没してる……」

 高台に降り立ったエマ達が、巨大なを見下ろす。

 怪物が柱ごと砕いて陥没させたため、暗く狭苦しかった地下街はもはや消えて無くなっていた。


「なんかあれだな。コロシアムみたいだな」

「確かにそう見えるけど……それにしては地面が凸凹でこぼこすぎるでしょ……」

「その地面、絶賛蚯蚓ワームが砕いて更地に変えてるね」

 三人が呑気に怪物の様子を覗いている中、ただ一人百蟲は遠くを眺めていた。

 時計と地図を確認し、なにやら考え込んでいる。

「今は二倍速だから……猶予は30……移動時間は変わらない……」

「何してるの?」

「……時間の計算。さっきの場所からは結構移動しちゃったし、帰還ルートを見直して間に合うかどうかの確認をしてたの。

 というか言わせて。いくらなんでも呑気すぎない!?」

「焦ってもいいことないっすよモモっちゃんさん」

「モモっちゃんさん言うな! せめてムシっちゃんにしなさい」

「えっ、そこ……?」

 予想外の反応に困惑顔で硬直する刃昏を横目に、七突が地図を覗き込む。


「……ここからだとこのルートがいいと思う。普通に歩いて18分ぐらい……走れば8から10分ぐらいじゃないかな……」

「なるほどね。それなら余裕はありそう。

……あの蚯蚓ワームもあそこから動く気はないみたいだし」

 百蟲が怪物に目を向ける。

 怪物は陥没跡から大きく動くことはなく、瓦礫の山を粉砕して砂の舞台フィールドへ変化させていた。

 砂煙を巻き上げて現れ、そして砂煙と共に地中へ潜っていく様子はまるでSF映画に出てくる巨大蚯蚓サンドワームの様だ。


「うひゃー……瓦礫が綺麗な砂になっておりますよ。

……綺麗に潜ってるのを見る感じ、ただ粉砕してるわけじゃなさそうだな。周りの砂を振動させて流体に変えてるってところでしょ」

「この遠目でよく勘づいたわねあんた」

「……あの蚯蚓ワーム、俺たちのことを誘ってるみたい。

 を見た感じ、あれは見た目通り舞台フィールドを用意しているってところかな……」

「えぇ……誰が好き好んで戦うってのよ。そんな分の悪い賭け、乗るわけがないに決まってるでしょ」

 今日一番の面倒そうな表情を浮かべ、百蟲が怪物に背を向ける。

 分の悪い賭け……全くもってその通りだ。どう考えても死ぬ確率の方が高い。

 そう思って百蟲は歩き出した。後は三人がついてくるだろうから、もし危機が迫ったら走り出す……それだけだ。




───しかし、


 嫌な予感がして、彼女は振り向く。

 ついて来ているはずの三人は先ほどの場所から動かず、うずうずとした様子で怪物と用意された舞台を眺めていた。


「……ねぇ、まさかとは思うんだけど」

 百蟲が震えながら口を開く。

 とてつもなく面倒そうな予感に、まだ返事は返ってきていないのに頭痛さえ感じていた。

怪物アレとか───言わないよね?」


「「……えへっ♡」」


「ス───ッ……」

 百蟲は額に手を当て倒れ込む。

 その返事は明確には答えになっていない。なっていないが……

 感じていた嫌な予感が的中し、一周回って頭痛は消え、つい先ほど見せた面倒そうな顔の今日一番を早速更新した。

 怒りからか、それとも呆れからか……体を震えさせて、彼女はゆっくりと腕を持ち上げた。

 その震える手で三人を指差し、彼女は顔を押さえたまま問いかける。


「……一応、聞くけど……どうしてそういう結論になったわけ……?

 あらかた想像つくけど……一応。一応、ね!」

「えっと……」

 三人は互いに顔を見合わせ、息を揃えて、今日一番の笑顔で、こう言った。




「「「───!」」」


「ッ───///!!!」




 その返事を聞いて、百蟲は更に震え出す。

 そこに追い討ちをかけるように、七突が口を開いた。

「百蟲も内心では楽しそうって思ってるでしょ……一緒にやらない……?」

「思って……ない、思ってません本当に思ってないから嘘言うのはやめてください内心なんてわかるわけないでしょ他人のデタラメですデタラメ」

「いや、確かに内心がわかるわけではないけど……、視えてるし」

「………………」

「ほら、どうせ俺たちは死んでも大丈夫だし……どうせなら楽しもうよ」

「……いや待って? それじゃエマがダメでしょ!?」

「だからエマを死なせずに、んで、エマは死なずに……そういう話じゃないの?

 要は縛りプレイだよ縛りプレイ。ムシっちゃんそういうの得意でしょ」

「ムシっちゃんって……いや確かにそうなんだけど……」

「心配しないで! 楽しいからOKだよ!」

「いやだからそうじゃなくてぇ……ッ!」

 百蟲が頭を抱え、丸まった蜘蛛足で転がり回る。

 そのまま1分ほど呻き声をあげて、ついに、彼女は蜘蛛足を地面へ突き刺し、勢い良く、元気に起き上がった。


「もう! もう、もうどうなっても知らないからね!?

 そうと決まればさっさと作戦決めてやる! どんなに無理しても猶予は20分! それ以上長引くようなら

 これで文句ない!? ないでしょ! ほらやる!」

「やりぃ! それでこそ探検家ァ!」

 怒りと笑いの入り混じった複雑な声で、彼女は叫んだ。

 これが限界の落とし所だ。正直、何を言われようとも絶対に引き留めるつもりだったのだが、弱点を明確に突かれた上で怒涛の“楽しそう!”オーラにあてられて、彼女自身楽しくなってきてしまっていた。

 いくら冷静とはいえ、彼女だって探検家の端くれ。“楽しそう!”という衝動/情熱に駆られて生きているのだ。その気持ちを刺激されて、我慢できるわけがない。




───斯くして、彼/彼女らは、最終決戦へ赴いた。

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