18話。時は加速するッ!

「おぉーかっこいいー! なんかSFモノで出てくるバイザーみたい!」

「そりゃ1万年後の技術だからな。正確には6千……8千年?ぐらいだけど」

 装置を身につけ、はしゃいだ様子でエマが飛び回る。

 どうやらこの“いかにも未来技術!”な見た目に対して興奮しているようで、目をキラキラさせて余った方の装置を弄り回していた。


「あれ? でもあんまり速くなった感じしないね?」

「そりゃ速くなってる方からは確認できないでしょうね。存在ごと時間加速がされてるから、服も一緒に速くなるせいで普通に実感するには難しいかも」

「……あ、そうだ。その手に持ってる方を落としてみたらわかると思うよ。

 そっちは時間加速してないし……」

 七突に言われて、エマが首を傾げつつ手に持った装置を床へ落とす。

 すると、その装置はエマの手を数センチ離れたところで急に落下のスピードが半分ほどにまで減速した。

「あ、すごいこれ! 落下の速度が半分になってるってことは……私は二倍の速度で動いてる感じなの?」

「そうだよー。これが二倍速状態。デフォルト。

 三倍速以上にもできるけど正直なところ負荷がデカ過ぎて辛いから基本的に使っちゃいけない。四倍速にすると数秒待ったのちに体が弾け飛ぶから話にならないね」

「うへぇ……こっわぁ……」

 嫌な光景を想像して若干引きった顔の三人とは対照的に、刃昏はなんてこともなさそうに淡々と告げた。

「ちなみにこの試験のために用意された仮想世界は明らかに二倍速以上で動いてるけどアレは特例中の特例。別の機械と組み合わせて使ってるからなんとかなってるだけで、そっちの機械が小さな部屋一個分ぐらいの大きさがあるから我々が使うには現実的じゃないんですね〜」

「ほへ〜……あのやたら邪魔なのってそんなに大事なモノだったのかぁ」

 第一仮想世界実験場に置いてあった微妙に邪魔な機械のことを思い出しながら、エマが納品用に装置を回収する。

───その瞬間、遠くから小さな振動が迫ってくるのを感じた。


「……っと、散々話した後に言うんですが実はそう楽しく雑談してるような時間はないんですよね。

 何故かって? 答えは簡単。今の振動でわかったと思うけど、あの蚯蚓ワームがこっちに向かってきてるからだね。分かったらさっさと逃げるぞー、七突さん壁に穴開けてくれー」

 刃昏に言われ、七突が壁に杭を打ち込む。

 決して焦らず……しかし迅速に行動する。僅かに感じる死の匂いが、彼らの胸に重くのしかかっていた。

 七突が打ち込んだその杭は、凄まじい音と衝撃を発生させ、堅く分厚い壁を粉々に打ち砕く。

 瓦礫を乗り越えて廊下へ飛び出し、段々と大きくなる振動の反対方向に向かって駆け出した。


「うわ、なんか風強くない!? 風というか……なんか空気が重いんだけど!」

「そりゃあそうじゃ。空気の時間は早くなってないんだから、空気抵抗も大きくて当然じゃよ?」

「……いや、というか普通ならそうはならないんだけどね。コートとかシャツとかに抵抗減少機能ついてない? それを使って空気抵抗を抑えるの」

「あーそういえば師匠が言ってた機能にそんなのあったっけ……あれって空気抵抗を抑えるためのものだったんだね。

 えーっと、手袋からモニター出して……コート……抵抗減少……これかな。

……よし! わっ、急に楽になった! すご───」


「───■■■◾︎■◾︎!!!!!」


 エマが手袋のモニターを閉じようとした瞬間、凄まじい破砕音と共に背後の床が吹き飛んでいく。

 吹き飛んだ瓦礫を呑み込み、怪物ソレは遂に現れた。




「うわわわわ!」

「わ───っと!」

 突然床が吹き飛んだ影響で、体重の軽いエマと百蟲が姿勢を崩す。

 エマはなんとかギリギリで体勢を立て直し、百蟲は転んでしまったものの背中の蜘蛛脚を使って即座に起き上がった。

 もしあのまま体勢を立て直せなかったら、もし起き上がるのが遅れていたら……怪物に呑み込まれていたのは確実だろう。間一髪、死線を乗り切ったことで心臓がかつてないほどに脈打ち、思わず息が詰まってしまう。


「……刃昏、エレベーターは?」

「もう少し走ったら見えてくるはず……ほらあそこ!

 エレベーターのガラスを突き破って飛び込んだら、すぐに重力の方向を空に向けろ。落下の加速を利用して逃げるぞ」

「わ、わかった!」

 決して振り返らず、全員エレベータに向かって逃げながら重力操作の準備をする。

 ブーツの回転スパイクを利用して他三人よりも速くエレベータに到達した七突がガラス壁に杭打ち機パイルバンカーを叩き込み、穴の中へ飛び込んだ。

 少し遅れて三人も入り込み、全員即座に重力を空へ向ける。

 後はこのまま外に出るまですればいい。壁にぶつからないよう注意はしつつも、四人は少しだけ安堵した。




 上へ向かって落下していく四人を逃すまいと、怪物もガラスの壁を粉砕して追いかけてくる。

───が、残念ながら

 当たり前だろう。重力に逆らい上昇するものと重力に従い落下するものでは必要になるエネルギーに大きな差があることなど明白。

 更に彼女たちの時間は二倍の速さになっている。地上でも追いつけないのに重力に逆らって追いかけるなど、どう考えても不可能だ。




───そして、少しずつだが確実に開いていく距離に、ついに怪物は

 このまま登り続けたところで差は縮まらない。ならば必死こいて追いかけるなど無駄だと悟ったのだろう。

 怪物はそのままゆっくりと速度を落とし、その大口を閉じて静止した。


「……?」

「急にどうしたの……?」

 怪物の突然の静止に、四人が首を傾げる。

 追跡を諦めたのか? と半分願望も混じった考えが頭に浮かぶが、そんな腑抜けた思考は次の瞬間消え失せた。




「■■◾︎■◾︎◾︎……」

 突然、怪物の身体が光り出す。

 どこかで見たような光景だ。そう思い出すのと同時、



 世界から音が消え、凄まじい衝撃が地下空間を襲う。


 圧縮された衝撃波は水平に地下街を突き破っていき、ありとあらゆるものを粉砕していく。


 分厚くて強固な壁も、様々な思い出が詰まった部屋も、他の階層に隠れていたロボット達も、そして───地下空間を支える柱すらも。


 その衝撃波の余波で、四人の落下速度は少しだけ加速する。しかし、それを喜んでいる余裕は彼女たちにはなかった。




 衝撃波は地下空間のありとあらゆるものを粉砕した。その中で支えとなっていた柱まで壊され、広大な地下空間はあっという間に崩落を始める。


 先ほどまで天井や床となっていたはずのモノが、大量の瓦礫へと変貌して落下していく。運よく無事だったモノも、落下してきた瓦礫によって崩壊し、すぐさま新たな瓦礫となってしまった。


 もはやこの地下空間に逃げ場はない。この怪物はこれを狙っていたのだ。

 あくまでも怪物は追跡をやめただけにすぎない。のだ。




「うわぁなにこれぇ!?」

「うっわーまずいなぁこれ……」

 落下してくる瓦礫を前に、今日何度目かもわからない死の覚悟をする。

 しかし、死を覚悟するだけで生を諦めたわけではない。


「ふっ───ッ!」

 落下してくる鉄骨を、一本の杭が打ち砕く。

 他の人よりもいち早く怪物の目的に気付いていた七突は誰よりも早く動き出すことができた。

 その一撃の破壊力は凄まじく、杭に打たれ折れ曲がっただけではなくそのまま上空まで吹き飛んで行ってしまう程だ。

 吹き飛んだ鉄骨が瓦礫にぶつかったことで、少しばかりの余裕が生まれた。彼が狙ったわけでは決してないものの、嬉しい誤算だ。


「七突さんさっすがー!」

「……ごめん、流石に今の一発で限界。残りは頼んだ……」

 七突が苦しそうに言う。

 元々、彼の攻撃は連続で叩き出すようなものではない。落ちてくる瓦礫を突き飛ばすなんてのも一度が限界だ。


 彼の声を聞いて、百蟲が鎌を手に持つ。

「エマ、私に合わせて蟷螂カマキリ! 二人で合わせればギリギリ砕ける!」

「わかった!」

 先ほどよりも少し巨大な瓦礫を前に、二人は息を合わせる。

 エマが百蟲の動きに合わせ、同じ構えをとった。百蟲は瓦礫に目線を合わせ彼女の方を振り向かないが、それは彼女の学習能力を信頼しているが故だ。


 百蟲は彼女の学習の早さと正確さを高く評価していた。

 自分がロボット達相手に使った“蟷螂カマキリ”を一度見て数分練習しただけでほぼ完璧に模倣したのはもちろんだが、真の理由はそこではない。


 百蟲は、エマの未熟さを知っている。数日前、エマが初めてこの街にやってきた日に美来と行っていた特訓を見ていた百蟲は、そのあまりの未熟さに腹が立った。

 腹が立ったのは未熟なことそのものではなく、あんなに未熟な癖に自身の憧れである美来が師匠であるのが気に食わないという、一種の嫉妬だ。

 その気持ちは今でも完全には消えていないものの、あの時と違ってという認識はすでになくなっている。

 まだ共に戦ったのは数回程度しかないが、彼女の動きは間違いなくあの日とは別格のものだと感じた。

 たったの数日でここまで成長できたのだ。どんな理由があったにせよ、少なくともそれだけをやってのけた人物なのだ。


 ならば彼女は───




「──────ど真ん中!」

 瓦礫とぶつかる寸前、ついに百蟲が指示を出す。

 その言葉通りに、エマも鎌を振り下ろした。


 同時に振り下ろされた二対の鎌は、全くの同時に瓦礫の中心を斬り裂く。

 クロス状に分たれた瓦礫はギリギリで彼女達を避け、彼女達にとってのへ向かって落ちていった。


「や、やった!」

「いや、まだ……! 上から一つ降ってくる……!」

 彼女達が喜んだのも束の間、三度目の正直と言わんばかりに最後の瓦礫が降ってくる。

 地上までもうすぐ(と言っても既に崩落しているため地面はないのだが)だというのに、とことん世界というのは試練を与えるのが好きなようだ。



「流石に今のもう一回は間に合わない! 七突、貴方は!?」

「ごめん、俺もまだ準備できてない……!」

「うぇーうそー!? ちょっと刃昏くん何かないの!?

 あの手裏剣みたいなのをうまーく当てる……とかなんでもいいから!」

「投げナイフって呼んでくれません? いや確かにナイフじゃないけど手裏剣でもないし。

 っつか、投げナイフでどうこうするのは流石に無理よ? いくらなんでも軽すぎるってばさ」

 刃昏はこんな状況だというのに、非常に落ち着いた様子で冗談めかしたような言い方をする。

 危機感のかけらもないその言動に、思わず他の三人は諦めることすら考えてしまう。


「せめて防御すればなんとか……!」

「まーまー任せてくんろ」

 せめてもの抵抗として百蟲が防御体勢をとろうとしたところ、刃昏がそれに割り込んだ。

 その直後、ついに瓦礫と刃昏はぶつかり、そのまま押しつぶされ───




───なかった。




 瓦礫が刃昏とぶつかる直前、瓦礫は一瞬にして真っ二つになる。

 四人に降り掛かっていた影が二つに開かれ、光が差し込む。

 全員の横を落ちていく瓦礫をよそに、刃昏は長い剣の生えた腕を掲げていた。


「ほらね? 投げるだけがナイフじゃねーんだわ。

 変形・合体してこそ男のロマンってもんでしょ!」

「え!? え……え!?」

 突然の情報開示と窮地を脱した事実に脳内処理が圧迫され、理解が追いつかない。

 少しばかりフリーズした脳がもう一度動き出す頃には、彼女達はとっくに地下を脱出して上空まで放り出されていた。


「えーっと……重力の方向はこっち、俺についてこい!

 少し離れたら着地するから、その準備だけしといて!」

 武器の説明もないまま、刃昏が横へ向かって落ちていく。

 少しの困惑を残しつつ、残りの三人は彼に続くことにした。

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