17話。バンジージャンプって楽しそうだけど怖いよね

 暗闇の中、四人が歩く。

 エマ以外の三人は各々がライトを点け、エマは何も用意していない。

 強いて言うならゴーグルを装着していつでも暗視状態に切り替えることができるようにしているものの、これは“ライトを探してみたはいいものの結局見つからず仕方なく別の方法を用意した結果”であり、ある意味では開き直っているとも言える。


「……さっきからライトを点けてないのは節約のため?

 それとも四人全員だと流石に明るくなると思ったわけ?」

「あ、気付かれちゃった。

 いや、ね? 実はライトが見つからなくて……」

「はぁ!?

……ッだーかーらー! そういうのは早く言いなさいよ! 助けれるものも助けられなくなるでしょ!

……ほら、これ。《ホタル目覚トモシビ》で光って、《ホタル微睡ムトウカ》で暗くなる。ゴーグルの横にでもつけておきなさい」

「えっいいの!? ってうわ飛んでる。かわい〜!」

 あたりを飛んでいたのうち一体を、百蟲がエマへ渡す。

 歩きながら指を動かし、数秒ほどで命令権の譲渡を完了させた。


「ところで、向かってる方向はここで合ってるの?

 実は反対側でした〜、とかあったりしないでしょうね?」

「モデル通りならあとちょっとのはずでございますですよ。

 それともワタクシめの言うことが信じられないのでござい?」

「ふざけた喋り方してると吹っ飛ばすわよ……」

「ハハハハ! ごめんごめん。

 まぁ冗談は置いといて、多分合ってるよ。部屋構造がわかりやすすぎるし。

 だってこれ、まんまモデルの部屋を左右上下交互に2,3,5,7,11つずつ構造になってるからね。そしたら下の階の構造と合わせて移動先は絞ることができるだろ?」

 刃昏が若干のドヤ顔と共に答える。

 まるで謎解きの解説をしているような様子だが……残念ながら、それを理解できる者は地球中を探してもごく僅かだろう。大多数は首を傾げるはずだ。

 もちろん、彼女たちだって多数側である。


「……? ごめん、私にはちょっとよくわからなかったみたい」

「私も……。えっと……? 左右上下交互に2,3……んん?」

「あんまり気にしないでいいよ……一応、コイツの“思いつき”はかなり信用していいと思うから、安心して」

 七突の言葉に、百蟲は経験から、エマは信頼から渋々頷いた。

 そもそも、他に頼れるものがない現状では刃昏の案に賭けるしかない。なら、彼を疑ったところで意味はないだろう。

「まぁ、貴方がそう言うのなら従うわ。他に案があるわけでもないしね」

「右に同じくー」

「そいつはありがたい。ですがその前にお客様がいらっしゃったようで

……ざっと300ぐらいかな?」

 彼が正面の暗闇に向かってライトを向ける。

 照らし出された先には彼の言葉通り、数百ほどのお客様ロボットが蠢いていた。

 その大きさは大小様々で、先ほどオイルと鉄屑のシェイクにされたロボットたちと違い、一筋縄ではいかなそうだ。


「ん〜……流石に数が多いかな。50ぐらいなら一人でやれるわ。

 大きいのは少し硬そうだし、蟷螂カマキリでも微妙かも」

「……わかった、なら大きいのは任せて。

 刃昏は小さいの雑魚を頼む。得意だろ?」

「え、要は面倒な仕事の押し付けじゃないですかやだー。

 でもまぁ? 確かに撹乱とか雑魚処理の方が性に合ってるんですよねー。んじゃ俺に任せ───!?」

 三人が作戦会議をしているのを横目に、一人が駆け出していく。

 その少女は両手に小さな鎌を携え、ゴーグル越しに敵を見据えていた。

 あまりにも早い動き出しに驚き、誰も彼女を止めることはできない。気づいた彼らが声をかけるよりも早く、彼女は敵の群れに飛び込んでいった。


(たしかこんな風に───ひねるッ!)

 ロボットに足を掴まれる直前、空中で大きく全身を捻り鎌を持つ腕を広げる。

 瞬間───彼女の動きに合わせて鎌が光り、光体は巨大な刃となって展開する。

 その勢いで再度空中に浮かび上がり、一息で20体ほどを斬り刻んだ。


 彼女の周りの敵は皆残骸と成り果て、その場で沈黙する。

 彼女が着地しても、反応できるような脅威は残っていなかった。

 もっとも、それが安心できる状況という証ではないのだが。

「……■■!」

「うぇ、マジ!?」

 彼女が殲滅したのはあくまでも近くの敵であって、少し離れた場所にいた者たちはなんの被害も受けていない。

 心のない機械である彼らは仲間の死に恐怖することもなく、むしろ着地後の隙を狙って襲ってきた。


「■─/◾︎」

「……刃昏!」

「残念言われる前からやってまぁす!」

 エマの眼前まで迫っていた大きなロボットが巨大な杭に貫かれ轟音と共に爆発四散する。

 押し寄せてきた小さなロボットは壁に乱反射する大量の刃によって斬り刻まれ、機械の大群は死体の山となって降り積もった。


「危ないなぁ……急に突撃するなんて、びっくりした……」

「鎌を試せそうだなーって思って、つい……助けてくれてありがと!

───っていだァー!?」

「ありがとう! じゃないわよ本当に後先考えない大馬鹿者ね!

 なんで鎌の扱いはすぐ覚えた癖にそういうのは治らないわけ!?」

 エマの頭にゲンコツを叩き込みながら百蟲が怒る。

「なんでだろうね? なんか、わかってるけど抑えられないんだよね」

「……普段からそうなの?」

「いや普段は違う……違かったと思います、はい」

「終わる頃には治ってたらありがたいわね!

 それはいいから、さっさとブッ倒して進むわよ」

 言うが早いか、彼女は床を蹴って飛び出した。

 流石にこれほどの数を相手に先ほどのような動きは難しいのか、太い蜘蛛の糸を撒き散らし足止めに専念している。


「その糸たしかにありがたいんだけど投げづらくなるんだよな。

 こう投げないといけないのよ。わかる?」

「どっからどう見ても糸を撃つ前と同じに見えるけど!?

 言いがかりつける暇あるならまずは黙りなさい。正直多すぎてキリがないわ」

「いやそれが言いがかりじゃないんですよね!

 この手裏剣スリケン、投げたら帰ってこないんだぞ。キャッチしてるのは俺の技量ですつまりはキャプテン・アメ───あっぶねぇ!? 助かったぜ七突サマー!」

「……いいから、前見て」

 糸と刃と杭によって、ロボット達は次々とガラクタへ変貌していく。

 最初は唖然と眺めていたエマだったが、すぐに笑って走り出した。


「ねぇねぇ、私は何すればいい?」

「んぇ〜? 正直今突撃しても危ないんだよな……」

「えーそんにゃあ」

「あ、いいこと思いついた。重力操作でさ、その方向を前方に向けて落下しながら斬りまくるってどうよ?

 敵の中にミキサーとして突っ込む感じでさ」

「おー? そういえば百蟲ちゃんが似た感じのことやってたね。やってみる?」

「ちょちょちょ待ちなさい! だからまずは安全の確認からって、……っ言ってるでしょ!」

 蜘蛛糸を発射しながら、またもやエマが突撃する気配を感じ取り静止を呼びかける。

 その呼びかけに、彼女の予想通りブーツを弄ろうとしていたエマは行動を中止した。


「まぁおっしゃる通りですわな。そのまま落ちたら壁にぶつかりかねんってか多分ぶつかる。予想通りならこの先曲がり角だからね」

「やっぱりね! てかそんなもの提案するんじゃないわよ!」

「いや今から解決策を言おうと思ってたんですゥー!」

「本当かなぁ……?」

「本当ですゥー!」

「……別にどっちでもいいから、早くして」

「お前なんか俺にだけ塩対応だよね。まぁいいんだけどサ」

 もはや誰からも擁護されなくなった刃昏だが、本人のふざけ癖が原因であるため自業自得の結果だ。

 しかしそれについてはどうとも思っていないのか、すぐという話題に切り替えた。


「要は落ちてくエマを行きすぎないように役割がいればいいわけで、なんとその行動は前例が存在するんですよね」

「……もしかしてだけど、“さっきのアレ”のことを言ってるわけじゃないわよね?」

「もちろん、“さっきのアレ”ですけど?」

「──────」

 嫌な予感が的中し、百蟲が絶句した。

 つまり、刃昏は彼女たちがこの階層に際に糸でエマをアレを、もう一度やろうと言っているのだ。


「なるほど! つまりバンジージャンプってことだね!」

「お、その例えいいね。採用!」

「───待て待て待て待ちなさい待ちなさい待ちなさい!

 アレ、普通に肩外れるかと思ったんだけどそれをもう一回やらせるわけ!? 正直なこと言うけど、もう一回なんて到底できる気がしないわよ!?」

 笑顔でサムズアップを決める二人組に対し、百蟲が声を荒げて抗議する。

 それもそのはず。落ちていくエマを引き止めるということは、バンジージャンプで人間が紐を握っているのと変わらない。いくら外付けの強化パーツがあるとはいえ、そう何度もできるものではないだろう。


「あんね? 一人にやらせるわけないでしょーが。七突と俺もよ。三人がかりなら止めれるでしょ。

 特に七突の靴は回転するスパイクがついてるし、常人よりも支えやすいはずだぜ」

「……ん、俺もやるのね。合図は任せた」

 刃昏の作戦を聞き、七突は即座に持ち場へ着く。

 エマも準備はできていると言わんばかりに、武器を構えて待機している。

「ちょ、えぇ!? 本当にやるの!?」

「時間ないですよお客さーん。終電は過ぎてしまいまっせ〜」

 もはや、あとは百蟲の準備を待つだけ。まだ物怖じして足踏みしている彼女だったが、彼のふざけた発言に覚悟は決まった。

「───その口調、そろそろ本気で殴るわよ! わかったわやればいいんでしょ!

 合図と同時に引き止めるから、今度はちゃんと重力切り替えてよね!」

「あいあいさー。サーじゃなくてマダムだっけ? ま、いいや

 ほんじゃカウントダウンしますよ。3! 2! 1!


───GO!」




 刃昏の合図をきっかけとして、エマが飛び跳ねる。

 すぐに重力の方向を前方へ向け、長い廊下を一つの筒に見立てるようにその中へ落ちていった。


 鎌を展開した彼女は一つの粉砕機クラッシャーとなり、廊下の壁ごと機械共を粉砕していく。

 それは斬撃というにはあまりにも重く、この空間は、巨大な扇風機に巻き込まれたかのように無慈悲な破壊に支配された。


 砕けた機械は炎に呑まれ、その爆音が辺りに響く。

 連続的に鳴るその音は断末魔のように、彼らロボットの死に様を表していた。




!」


 刃昏の声を聞き、三人同時に糸を引っ張る。

 先ほどより加速するだけの距離があったために、彼女を引き止めるには三人がかりでも足りない。ただ踏みとどまるだけは逆に引っ張られて終わりだ。


───だからこそ、を駆使して踏みしめる。


 蜘蛛足と糸で体を固定し、回転するスパイクで逆走を試みる。

 全身全霊でエマを引き止め、勢いを殺す。

 時間にして1秒にも満たない行いだったが、全力を懸けた甲斐あって───エマは無事に着地した。




「ふぃ〜なんとかなったぁ……ってなってなーい!?」

 一息つく間もなく、彼女の粉砕に耐え切った大型のロボットが襲いかかってくる。

 分裂したことで出力が下がってしまった蟷螂カマキリでは、大型を壊すまでの力を発揮することはできなかったのだ。


「───そうくると思いまして、なんと先手が打ってあるんですねー!」

 もうすっかり聞き慣れた声がした直後、ロボットの脚を小さな刃が斬り裂いた。

 トドメには至らぬ一撃。しかし、が近付くまでの猶予を作るには、あまりにも十分すぎる一撃であった。

 ロボットが、轟音と共に跡形もなく爆散する。何度か同じ音が響いた後、今度は静寂と共に終わりが訪れた。


「──────」

「…………」

 先ほどの騒々しい雰囲気から一転、今度は恐ろしいまでに静かな雰囲気が広がっていた。

 いくら楽しみながらやったこととはいえ、あまりの出来事に緊張感が抜けきらず、目を見開いたまま誰も一言も発さない。

 一人は緊張感も何もなくただ笑いを堪えているようだったが……その静寂を破ったのは、意外にも彼ではなかった。


「───楽しかった!」

「楽しかったじゃないわよこのバカぁ!!!」

 思い切り叫んだ後、力が抜けたようにへたれこむ。

 もはや半泣きの状態ではあるものの、それでも堪え続けているのは流石と言うべきだろう。

「まぁまぁ、最終的には無傷で終わったわけだしオーケーオーケー。

 あとはもうウイニングランですよ、実質」

「……それよりもまず、部屋を探すべきじゃないの?

 時間もあんまり残ってないし……急いだ方がいいと思うけど……」

「大丈夫大丈夫。そこの角曲がって床砕いたら3m先、目的地周辺デス。

 ロボットに関しても心配ないと思うよ。もう十分だろうし」

「試した……?」

 七突が聞き返したのを気にも留めず、刃昏はさっさと曲がり角の扉に近寄る。

 扉に書いてある文字は『関 ■以■─ち■ 禁■』と掠れて到底読めたものではないが、見える範囲から想像はできる。

 扉は軋んで開かなかったため、彼は助走をつけて蹴り開けた。


「はい中身は予想通り偽の物置ですね。倉庫っぽく見せてるけど音の反響から察するに中身は空っぽ。

 んでやっぱり上下3階はこうやって隠してるのもモデル通りつまり予想通りだったかな。俺天才では?」

「うわほんとだ。すごいね刃昏くん」

「……これに関しては素直に認めるしかないわね」

「ん〜普通に褒められるとそれはそれで反応に困るぜ!」

 若干照れ臭そうに刃昏が笑う。

 そんな彼を、三人は憐れみの目で見ていた。



♢♦︎♢♦︎♢



 床を破壊した際に事故が起きないよう、四人で部屋を片付ける。

 といっても、部屋の角に物をまとめて糸で固定しただけなのだが……事故を防ぐにはそれで十分だろう。


「……それじゃあ、床を壊せばいいんだよね?」

「たのんます。俺たちは念の為離れておくけど、着地とかミスらないようにな」

「りょーかい……」

 刃昏たち三人が部屋の外へ出たのを確認し、七突は杭を構える。

 その杭を突き出した瞬間、大きすぎる轟音と共に床は木っ端微塵に粉砕された。




「おぉ〜瓦礫とか砂埃を除けば綺麗な空間だね〜」

「けほっこほっ……あらかじめ糸で固定しといてよかったわね、これ。

 じゃないと絶対もっと酷い有様になってたでしょ」

「……一応もう一回確認しといてね。あとから落下してくるかもしれないし」

 七突に言われ、再度糸で固定する。

 エマや七突が興味深そうに部屋を見渡す中、刃昏はすぐに物色を始めた。


「なんだか呑気に見入っているようですが、君たち?

 今の轟音であの蚯蚓ワーム野郎に気づかれた可能性もあるんでっせ。急いで装置を探し出さないとマズいと思うぜよ」

「あ、そうだった! 急がないと!

……えーっと、まずはどうしよう」

「はぁ……急ぐのは大事だけど焦らないようにしなさいよ?

 余裕のあるなしは生死にも関わるからね」

 百蟲が落ち着いた様子で虫を飛ばす。

 真面目に状況を考察する彼女ならではの言葉に、エマもハッと落ち着きを取り戻して捜索を始めた。


 時々感じる振動に恐怖しながら探索すること数分、百蟲が何かに気づいたように壁に触れた。

「……ん。この中、何か入ってるっぽいわね。

 ねぇ刃昏。ちょっとこの壁を確認してくれない?」

「ん? あー……確かに分厚い扉で隠されてるけど、これ中に部屋あるな。

 音の反射でわかりそうなもんだけど……あー吸音材入ってんのか。そりゃあ気付けねぇわな」

 ぶつぶつ言いながら軽く壁を叩き、その材質を確かめる。

 少し悩んだ後、彼は首を傾げ唸り声をあげた。


「ん゛ぁ゛〜……これどうやって開けっかな。

 七突にやらせると多分中身まで逝くんだよな」

「何? この壁に穴でも開ければいいの?」

「うん。……あ゛。ちょっ待っ───!」


 刃昏の静止も間に合わず、エマが両手を振るう。

 その手には百蟲から借り受けた鎌が握られており、その鎌は光刃を以て壁を斬り裂いた。


「───どうよ?」

「ん〜最高!」

 見事、壁に穴を開けたエマはドヤ顔で刃昏の方を振り向く。

 中に装置が入ってることを確認した刃昏は、彼女を怒るでもなくむしろ親指を立てて賞賛した。




「……もうツッコまないわよ」

 一方、百蟲は諦めたようにそう呟いたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る