16話。カモーン!ダンジョンワーム!!
「エレベーターの扉が閉まってたからぶっ壊したんだけど、まさか直で登ってきてるとは思ってなくてな。ごめんごめん!」
「危うく事故るところだったんだけど……?」
刃昏は笑いながら、七突は申し訳なさそうにしながら走り降りてくる。
揺れの正体が二人だとわかり、安心した様子で彼女たちは警戒を解いた。
「それにしてもすごい音と衝撃だったね。七突くんが鳴らしてたの?」
「……そうだね。
「あとは音の反響で地形を把握したりしてた。そーゆーのなら得意だからさ」
「それでエレベーターを見つけたのね。何事もなかったからよかったけど、次からは気をつけなさいよ」
本当に驚いた、といったような表情で息が漏れる。
安心したことで緊張が解けたのだろう。それと同時に焦っていた気持ちも忘れ、今日初めての優しい表情を見せた。
「でもまぁ、敵じゃなくて安心したわ。振動でびっくりしたけど、アレは七突が鳴らしていたのね」
「あぁ、それなんだけど……多分すごくマズい。
大きな方は俺の
「……え?」
安心しきっていた百蟲の表情が、再度強張る。
……確かに、小さな振動は今も感じている。時折大きな振動に変わるから忘れていただけで、それは七突が起こしているわけじゃないのは明らかだ。
───だって、今この瞬間にも振動は大きくなってきている。
「なぁ、これって本格的にマズいと思うんだけど。戦闘の天才である七突クンはそのところどう思いマス?」
「何だよその呼び方……。
……でも正直なところ、逃げる準備だけはしといた方がいいかも。というか今すぐやった方がいい。これ、来る───!」
七突が言い終わるのとほぼ同時、まるで地震のように世界が震える。
1秒ほどあった猶予に四人が気づけることはなく、すぐにその“災害”は姿を現した。
【GYAGILILIGYAGYAGI!!!!!!!!!!!!】
「■■■■■───!!!」
四人よりも上空、地上に近い場所を千刃が貫く。
その大口が見えたのは一瞬。しかし、長い胴体のおかげで正体は判別できた。
触れるもの全てを斬り裂く千刃。
空気を圧縮し世界を切り分けるピストン。
……そして、焼け焦げた大きな切断痕。
───間違いない。
「……ウッソでしょ」
百蟲がストレスからか泡を吹いて倒れかける。
ギリギリで持ち堪えたのは、“ここで倒れれば死ぬ”と本能が明確に感じ取ったためだ。
「でもアイツ、別の場所に向かってったぞ? このまま行くのを待ってから上に上がれば良いんじゃないか?」
「……いや、多分今ので俺たちのこと見つけたんじゃないかな。
色がこっち向いてるし……あ、これ確実に気づいてるみたいだ。逃げよう」
七突が百蟲とエマの手を引いて走り出す。
次の瞬間、今度は明確にこちらを狙った様子で怪物が顔を出してきた。
「おいおいおい待て待て待て俺だけ置いてくなよお前!
危うく逃げ遅れて死ぬところだったってか今絶賛死にかけてるって!」
「お前なら大丈夫だろ。それより、何処に逃げたらいい?
……目眩しの後にガラス割って逃げ込んだら撒ける」
慌てて一緒に走り出す彼女たちが転ばないよう気をつけながら、信頼の証か刃昏のことは一切心配せずむしろ質問する。
その質問の意図を理解した刃昏は、すぐに情報を整理した。一度整理さえ終わってしまえば、彼の思いつきが発動する。
「この構造とか外の景色とか見る感じ、多分『
「333階……わかった。
ところで、今何階あたりだ……?」
「あ、さっき一瞬ガラスの外に見えたから覚えてるよ。ちょっと記憶辿ってみるね。
……えーっと、283階、かな? 走ってるからもう300越えてるかも」
「……よし、じゃあすぐやっちゃおう。刃昏、合図したら目眩しして。
二人は俺がガラスを壊したらすぐに続けて入ってきて」
「りょーかい!」「えと、わ、わかったわ」
「…………刃昏!」
二人の精神的な準備が整ったのを確認し、七突が叫ぶ。
できるだけ色がこちらを向いた瞬間を狙ったとはいえ、後は刃昏に任せるしかない。彼は振り返らず、作戦のために右腕を構えた。
「───ッ!」
刃昏がボールのような物を投げる。
ソレは怪物の目の前で突然広がり、スクリーンのように四人のいない景色を映し出す。要は偽の景色で
だが勿論、そんなものはすぐに呑み込まれるだろう。だからこそ、それよりも早く七突は動き出した。
「……んッ!」
自分たちの走っていた方向に向けて右腕を突き出す。
彼の腕から放たれた杭はそのままガラスを貫通し、粉々に粉砕してみせた。
つい先ほどまで走っていた足場が崩れたため、例えそれが壁であっても落ちるようにその穴に吸い込まれていく。重力操作を利用した一種の作戦だ。
三人が落ちたのを確認し、すかさず刃昏も後に続く。
彼が落ちる瞬間、存在しない影を呑み込もうと怪物が過ぎ去っていくのが見えた。
「うぉあっとぅうぇ───ぐぇっ!」
重力操作が追いつかずそのまま落ちていこうとするエマを、細い糸が絡めとる。
百蟲の腕より伸びたその糸は今にも千切れそうなほど細いにもかかわらず、彼女を掴んで離さなかった。
……もっとも、糸だけでは彼女は遥か彼方へ飛んでいってしまう。事実としてそうなっていないのは百蟲が蜘蛛脚を
「は や く も ど し な さ い よ …… !」
「え? あ、ごめん!」
指摘され慌てて重力を戻す。
エマが床に落ちるのを確認し、百蟲もその糸を解いて倒れ込んだ。
「……ほんと、貴方といると疲れることこの上ないわ」
「の、わりには楽しそうだけど?」
「あ゛? 口の中にムカデ詰めるわよタコオトコ」
「おい待て悪かったからムカデ共を仕舞え。あと確かにこの装備はタコから着想を得ているが仕組みは違うからな?」
刃昏が両手を上げ後退りするのを見て、百蟲は背後に展開していたムカデ達を仕舞った。
ホッと胸を撫で下ろし、刃昏はエレベーター横に書いてある階数を確認する。
エレベーター横の看板を確認する限りだと[331階]と表記されており、目的の333階に降りるには少し早かったようだ。
「七突、
「……一応。いつ戻ってくるかはわからないけど、とりあえずは振り切ったみたい」
「オッケー。まぁ、刺激するのも怖いし、合流もできたし、
「……俺もそう思う。音に反応してるのかはわからないけど、さっきは俺たちがガラスを割った階から現れたし……下手な行動は慎んだ方がいいかも」
男子二人が怪物の動きから今後の方針を決める。
自身達の行動と怪物の行動を紐付け、怪物の行動方針を考察し、事前に対策と目的を明確化させる。
……一方、百蟲は時計を見て絶望していた。
「残り時間21分……なんなら下の階に降りちゃったからさっきよりも時間がかかって……時間の余裕は3分のみ。なんならその3分で納品も済ませないといけなくて……途中で何かあったらその瞬間にゲームオーバー。そしてあの
「……えっと、百蟲ちゃん?」
「……なに? 今なら死んでやり直してもまだ間に合うわよ。最高に運が良ければの話だけどね!」
百蟲が乾いた笑いをあげて突っ伏する。限界を超えて諦めたのか、背中の脚も力をなくベッタリと倒れていた。
彼女の様子を見て、エマも自身が追い込まれていることには気づいていた。それでも特段絶望しているように感じず平気そうにしているのはやはり危機に鈍感になっているからだろう。
「おーい百蟲ー。なにぶっ倒れてんの?」
「貴方、制限時間って知ってる? あと21分で脱出・帰還・納品をこなさないといけないんだけど、この意味がわかる?」
「おーそういうことね。まぁ普通にやったら不可能だわなぁ……」
「不可能ではないわ。可能よ。
でも、限りなく難しいのよね! 実質不可能みたいなものよ!」
「わかったから突っ伏したまま脚でこっちを指すな。
……ってか、それぐらいなら俺らもわかってるよ。だから七突は「何階だ?」って聞いてきたんだろ?」
「───え?」
百蟲が驚いて振り向く。背中の脚も、少しだけ力を取り戻した。
彼女たちに視線を向けられ、七突は帽子を深く被り直して回答を返した。
「……まぁ、お前じゃなかったら多分聞かなかったよ。他の人に聞いたところで理解まで時間かかるだろうし……何より、答えは出ないと思う……
お前はほら、直感オバケだから……」
「直感オバケってなんだよ」
「ちょ───ちょっと待ちなさい。
ここから解決する策でもあるの? 本当に!?」
「ある。……正確には、ある可能性が高い。
この仮想世界のモデルになってる未来が想定通りならって仮定ありきだけど」
「え、この世界にモデルとかあったの!?」
「「「え」」」
エマの発言で他三人が一斉に振り返る。
確かに仮想世界での活動経験がある彼女だが、仮想世界についての知識があるわけではない。三人が常識だと思っていることを知らなかったため、驚かれてしまったのだ。
「……あれ?」
「えーっと……エマ、仮想世界の原理って知ってる?」
「機械を使ってのシミュレーションだよね? 大体知ってるよ」
「うん、まぁ、それであってる。……じゃあ、世界を一から考えてシミュレーションすることの大変さは想像つく……?」
「あー……それでモデルを用意するってこと? 例があったら作りやすいから、みたいな。絵を描くのと同じ?」
「そう。詳しいことはもっと色々あるけど……概ねその通りだよ」
「モデルを用意せずにできる人もいないことはないけど、相当な天才ね。
特に、試験とかは受験者が混乱しないように比較的メジャーな世界線の未来をモデルに用意するの」
「あぁ〜……“相当な天才”、ね……」
エマの脳内に、黒髪にゴーグルを装着した、とあるシルエットが浮かび上がる。
確かに特訓するのに都合が良すぎる世界だとは思っていたが、そのために特化させて作っていたのなら納得だ。それに、いくら難しいことだと言われても「あの人ならできるだろう」という確信がある。
「……ってことは、この世界にもモデルがあるんだね」
「そ。構造を見る感じ、多分元になってるのは
「……あー、アレか。……よく思いついたね?」
「もしかして───アレのこと!?
確かにそれなら間に合うかもでしょうけど、アレがある確証はないんじゃ……」
「……?」
二人がそれぞれ反応を返す中、一人だけ全容が掴めず首を傾げる。
またしても「知っていて当然」「これは常識」のような空気感が広がり、普通ならその空気に気圧されそうな状況でオレンジ髪の少女は臆せずに質問を投げかけた。
「……アレって、何?」
「ウッソでしょ今のでわからないの……!?
「ふーむ。そもそも元を知らんのじゃない? アレって確か知らん人も一定数いたはずだし。
……じゃあそうだな。エマ、この仮想世界の
「ほむほむ……」
「んで、その装置は
はい、じゃあこれが意味するものとは!?」
「えっと……それをモデルにした世界にもその装置が存在するってこと?」
「(タブンダケド)正解!!!」
刃昏が手を叩いて指を差す。
その様子を見て、七突は「おぉー……」と小さく拍手を、百蟲は呆れた目と疲れた表情でため息をついた。
「さて、目的は決まったな。後は部屋を探すだけなんだけど……あの世界をモデルにしてる以上、333階に置いてる可能性が非常に高い。3が神聖な数字だし、3が三つ並んでるんだから多分そうきっとそう。
構造もモデル通りのはずだし、部屋の配置も大体予想できる。
「……異論なし」
「異論なーし!」
「……ごめんなさい、ちょっとタンマ。
もし装置が見つからなかったらどうするの? というより、装置がある確証なんてないのよ……?」
三人が歩き出そうとしていたところを百蟲が引き止めた。
確かに、彼女の言っていることは正しい。どう考えても彼女の言う通り装置がある確証なんてのはないし、装置がなかったとしたら道のりも時間も無駄になってしまう。
───が、三人とも全員、はなからそんなことはどうでもよかった。
「そっちのが“楽しい”かなって。まぁダメだったらそん時どうにかするよ」
「どうせ死んでも確実性はないし……なら“楽しそう”な方を選ぶかな……」
「知らない装置探すのって“楽しそう”じゃない?」
「たの……ッッッ」
三人の言葉に共通する一つの単語を前に、彼女は小刻みに震え出す。
小さく歯軋りしながら、彼女はキッと顔をあげた。
「……これでもし何もなかったら今度こそムカデ詰めにするからね」
「うぇ……やっぱり死に戻りした方がいいかなぁ?」
「いやそこは自信持とうよ!」
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