15話。迷宮洞─ラビリンス・ホール─
「中々見つからないね〜」
「……そりゃそうでしょ。まだ5分も歩いてないからね」
百蟲が蟲を飛ばしながら返事を返す。
蜂のような姿をしたそれは、道という道へ飛んで行った。この様に、人海戦術(厳密には蟲だが)で探索を行うことができるのも彼女の特技だ。
「それすごいよね。そんなに沢山の機械を操るなんて、どうやってるの?」
「はぁ? ……まぁ、見た目に反してあんまり難しくないわよ。
命令に従い自立思考する回路を組み込んでるから、大雑把にでも命令さえすれば後は勝手に動いてくれるの。……人間を相手にするよりずっと楽」
「ほへ〜。だとしても塊にしないでそんな細かく弄るってなったら相当頭使いそうなものだけど……そこも命令?」
「当然でしょ。“極力塊にならず、できるだけ広い範囲を探索して”って命令よ。
そうやって命令してると、すぐ異常に気付きやすいの。……こんな風にね」
そう言って彼女が指を差すと、少し遅れて「ガシャガシャ」と機械の装甲が擦れ合う独特の音が聞こえてきた。
その音の正体を探ろうと、エマは目を凝らす。最初こそ暗闇に紛れて見えなかったものの、段々とその全容が明らかになっていき、彼女は戦慄した。
「■◾︎■───」
「◾︎■■───」
「■■◾︎───」
暗闇から、音の正体が姿を現す。
ソレは壁を這い、天井を這い、四つ足の生えた球体のような見た目で鳴き声のような稼働音を鳴らしていた。
それも、一つではなく、五つでもなく、十つでもなく……パッと見えるだけも明らかに五十は越えていそうな数だった。
「……なんか多くない!?」
「まぁ普通なら来ない場所でしょうしね、ここ。難易度調整としては丁度いいんじゃない?
それに、多分あの程度なら対して強くはないわよ。私一人でも全部倒せるんじゃないかな。
……《
百蟲が指を鳴らしながら呟く。
次の瞬間、彼女の背後から大量のムカデが現れロボットに向かって突撃を始めた。
その数は百を越え、千を越え、瞬く間にロボット達の足場を埋め尽くす。
【GAGI!!! GICHI!!!】
「◾︎■■!」
突撃していったムカデの大群はロボット達の足に巻きつき、体に巻きつき、締め上げて締め上げて破壊していく。
それは決定打にはならないものの、彼らの足を止めるだけで役割としては十分だ。
「───《
背中から脚を生やし、腕に鎌を携える。
彼女は助走をつけて飛び出し、撃ち出した糸を引っ張って加速した。
壁にも床にも天井にも触れず一直線に進む彼女は、そのまま体を回転させ竜巻のように鉄塊共を斬り刻む。
それはまるで果実を斬り潰すミキサーが如く、飛び散る火花は果汁のよう。その腕から放たれる刃は、彼らを一切の慈悲なく鉄屑とオイルのシェイクジュースへと変えていく。
───僅か一瞬の殺し合いが終わり、最後に残っていたのは……残骸を貪る
「うはぁ……」
「……うん。やっぱり弱かったわね」
百蟲が脚と鎌を仕舞い、指を鳴らす。その音に合わせるように大量のムカデ達は彼女の下へ帰っていった。
見惚れているエマをよそに、彼女はさっさと残骸を回収する。それを見て、慌ててエマも駆け寄ってきた。
近寄ろうとするエマに対し、百蟲は呆れた目で彼女を見つめた。
「……あんたさ、いくら私がいるからって気を抜きすぎじゃないの?」
「へ?」
「武器よ、武器。貴方、素手で戦うってタイプじゃないでしょ。
なんで武器出してないの?」
百蟲がエマの腰を指差して言う。
彼女の言う通り、そこには鞘に収まったままの双剣があった。武器を構えるどころか取り出してすらいない証拠だ。
どう考えても油断以外の何物でもない行為に百蟲は呆れていたのだが、エマは特に気にする様子も無く、武器を出さなかった理由を答えた。
「あっ、えっとね。さっきあの
「……はぁ!?」
百蟲が大きな声をあげて頭を抱える。
プルプル震えながら、何かを必死に抑えているようだったが……
「あ、あの……百蟲ちゃん?」
……彼女のキョトンとした顔が決定打となった。
「───ん゛にゃ゛あ゛ッ゛!」
「WHAT!?」
「武器がッ!壊れたならッ!なおさら死に戻りするべきでしょうッ!
よくそんな状況で探索したいとか言えたわね!?」
「いや、えと……」
「私のこと頼るのは別にいいわ! そんなのはどうでもいいの!
でも、でもぉ! 普通武器がないことは最初に伝えるでしょう! なんで、そう、なん───っ、あ゛ぁ゛ッ゛!」
彼女の怒りが溢れ出す。
まるで、振られまくった炭酸が溢れ出すかのように。まるで、押さえつけられた間欠泉が吹き出すように。彼女の内からドバドバと怒りが湧き出てくる。
今でも吐きそうなほどの勢いで、殴りかかりたくなる衝動は空気を噛み殺し発散する。
───もし彼女が自分を助けた恩人じゃなければとっくに殺してる───と、そんな考えすら浮かんでおり、彼女は今も湧き出てくる怒りを抑えることに必死だった。
……彼女の怒りは単純なもので、「こんな適当でバカなヤツがあの人の弟子であることが許せない」という非常に自分勝手なものだったが、それでも今回ばかりは彼女の怒りも当然だと思わずにいられない。
しかし、これも元はと言えば刃昏のせいだ。彼が起こした予想外で脳内の思考回路がバグっている現在のエマは、リスクの考慮によるブレーキが壊れているに等しく、そのせいでこうも危機意識のない行動をしてしまっている。
警戒するならともかく、“やる理由ができてしまえば” “やらない理由などどうでもよくなってしまう”。それ故、彼女はこんな狂人のような行動をとっているのだ。
まぁそれはともかく、百蟲はこのことを知らない。それこそ彼女のことは狂人か何かだと思っているだろう。
怒りで混沌と化した脳内を整理するため、狂人のようなこの女を少しでも理解するため、彼女は質問を捻り出した。
「一応! 聞いとくけど……武器がなくても大丈夫だと思った理由は何!?
戦う手段は他にも持ってるとか? そうじゃないなら何!?」
「面白そうかなー……って……」
「おもっ───……〜〜〜!!!
……そんなの、は、ズルいでしょぉ……!」
百蟲が膝から崩れ落ちる。
「あ、えと…………ごめ───?」
「謝らないで。そんなことしたら貴方を殺さない自信がないわ」
冷静に。されど強く言い放つ。
おそらく、その言葉は彼女にとって譲れない一線なのだろう。
彼女は深い、深い、深いため息をして、ゆっくりと立ち上がった。
「……《
彼女がパチンを指を鳴らし、腕の鎌を分裂させる。
分裂した鎌は大量の小さなカマキリの姿になり、その後彼女の呟きに合わせ即座に鎌の姿へ戻った。
分裂前とは違い、鎌は大きさが半分ほどになって数が倍に増えている。彼女はそのうちの半分をまとめ、エマに投げ渡した。
「うわっ、と」
「……武器がないならそれを使いなさい。扱うのは難しいかもしれないけど、ないよりはマシでしょ」
百蟲が非常にげっそりとした様子で言う。
少なくとも、彼女の中で怒りに整理がついたらしい。それは諦めか、呆れか、もしくはその両方かもしれないが……もう怒る気はないようだった。
「───! ありがとう、百蟲さん!」
エマは嬉しそうに笑った後、早速鎌を振り回して感覚を確かめる。
そのあまりの切り替えの早さに、百蟲はもはや笑うしかなかった。
♢♦︎♢♦︎♢
エマが鎌の使い方を学習し始めて数分後、一匹の“蜂”が舞い戻る。
この階の探索をしていた蟲の一つだろう。その蜂を手の甲に停め、百蟲は情報を受け取った。
「……ん。なるほど。
……エマ、もう武器の試し切りは十分でしょ。上に繋がってるエレベーターが見つかったから、とりあえずそこに向かうわよ。」
「本当!? ちょうど良かった。やっと鎌の使い方がイメージ通りにできるようになってきたところだし、早速行こっか!」
「……はぁ。もう何も言う気も起きないわ……」
げっそりとした顔で呆れながら歩き出す。彼女の心情を表すかのごとく、背中の蜘蛛脚も元気なさげに垂れていた。
ニコニコ笑いながらついて来るエマとは対照的であり、人によってはその温度差で風邪を引くなんてこともありえそうだ。
歩き始めて少しした頃、彼女たちは他に比べてひらけた場所に出る。
ホテルのロビーのようにも見えるその場所の中央には巨大なエレベーターが設置されており、遥か上から青白い光が差し込んできていた。
「……ん。これかな。
多分太陽光? ……が差し込んでるし、そうなら地上まで繋がってるとは思うんだけど……」
「うん……多分壊れてるよね、これ」
エマが[▲]と書かれたボタンを押しながら言う。
何度そのボタンを押しても「カチッ……」と小さく音が鳴るだけで、パネルの色が変わったり光が点滅したり機械の稼働音がしたりなどは一切しない。
───要は、“このエレベーターは使用できない”ということだ。
「……やっと見つけたと思ったんだけどなぁ。
別の道探さないといけないってことだよね、これ」
「いや、正直予想はしてたわ。普通は無事な状態で残ってる方が珍しいもの。
なんなら照明だって壊れてるのがほとんどだしね。蛍がなかったら多分何も見えてないと思うわ」
「蛍……?」
「正直、此処がこんな感じなら他の場所を見つけたとして壊れてると仮定した方がいいわね。そもそも他にこんな場所があるとは限らないし……」
百蟲が腕を組み、人差し指でこめかみを叩きながら考える。
その目線は虚空を眺めているものの、目の前の障害の打開策を見つけようと集中しているのは明らかだ。
「……あ、そういえば。貴方って重力操作持ってるんだっけ?」
「え? まぁ……一応持ってるけど、どうかしたの?」
「持ってるのね。ん〜……いけるかな……」
エレベーターの中に入り、上を見上げる。
そのまま小さく頷いた後、彼女は背中の脚で体を浮かし、エレベーターの天井に付いている点検口のようなパネルを蹴り開けた。
本来であればエレベーターが行き来するはずの空間は地上まで続く広々とした縦穴のようになっており、上を見上げればおそらくは太陽光であろう明るい光が降り注いできているのがわかる。
「うわぁ!?」
「うん、いけそうかな。
仕方ないから壁を登るわよ。私は蜘蛛を使うから、貴方はブーツでついてきて」
「え? ちょ、待って早い早い!」
そう言い残し、彼女は上へ登っていく。
さっさと離れていく百蟲に遅れないよう、エマも慌てて縦穴を駆け上った。
「思ってたより、けっこー遠いねっ。出口がすっごい、小さく見えるっ」
「まぁかなり深い場所まで落ちたもの。この調子だと、あと5分ぐらい走り続けたら上まで届くんじゃない?」
二人は雑談も交わしながら縦穴を登っていく。
壁を走って登っているためか、エマは少しだけ呼吸が荒い。それに対し百蟲は脚を使って登っているため、疲労の気は一切感じられなかった。
「ちょ、一旦きゅーけー、しない!?
それか、せめて歩く、とかさ!」
「残り時間は27分。此処から地上まで、少し遅めに考えても7分ぐらい?
その上で拠点まで帰るのに座標から考えて12分ぐらい。余裕は8分しかないの。
途中で邪魔でも入って手間取ったらそこで終わりでしょ」
「う〜ん……ど正論、かな!」
「私の装備が生きてたらもっと早く帰れたんでしょうけど……まぁ、過ぎたこと言ってもしょうがないわ。そうとわかったら急ぎなさい」
「ひぃ〜ん……!」
エマは半泣きになりつつも笑いながら走っている。
それを見て苦笑する百蟲だったが、そこで彼女は異常に気付いた。
「……ちょっと揺れたわね」
「へ? っなに?」
「いや、あんまり考えたくないけど……もしかして、あの
「え、ほんっと!?」
百蟲が苦い顔をして警戒を露わにする。
彼女の警戒は尤もだ。あの怪物が現れた時、地震と勘違いするほどの揺れが発生していた。巨体が地面を砕きながら進むためだろう。大きな揺れを感じてあの怪物を想起するのは当然だと言える。
……しかし、その揺れには何か違和感があった。
「(あの
連続性がないというか……いや、ずっと揺れが続いてはいるんだけど急に強くなる感じが……ッ!?)」
「うわ───っ!」
突然、大きな音が鳴り響く。
それは結晶が砕け散るような轟音で、恐ろしくも綺麗に思える響きだった。
音の正体を探るため、二人は前───正しくは上───に目を向ける。
直後、巨大なガラスの破片や瓦礫が降ってくるのが見えた。
「あっぶ───《
蟲たちを組み重なったネットのように展開し、ガラスや瓦礫を受け止める。
なんとか直前のところで危機を回避した彼女たちは、胸を撫で下ろしつつ瓦礫類がぶつからないようにネットを解除した。
「び、びっくりしたぁ……一瞬ぶつかると思ったわ……」
「むしろよく対応できたね……?」
安心しつつも、二人は警戒を強める。
おそらく音の正体であろう“二つの影”が遥か上より降りて来ているのを見つけ、百蟲はいつでも逃げれるように、エマはいつでも戦えるように構える。
しかし───その必要はなかった。
「ごめーん! まさか二人ともいるとは思わなくてさー!」
「……その声、もしかして刃昏くんたち!?」
───その影は、見知った“仲間”だったのだから。
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