14話。助け合いの精神です
「■■◾︎◾︎■◾︎■■◾︎◾︎◾︎……」
千刃が風を切り裂く。
突然、怪物は無数の剣が蠢く大口を閉じ、その鋼体を光らせた。
「───ッ伏せて……!」
咄嗟に七突が叫ぶ。直後───
───空気が潰れた。
その長い長い体から、一定の距離感覚で衝撃波が放たれる。
攻撃は酷く二次元的で、面の形で世界を分断した。
「ィ──────…………」
圧縮された空気の波動は一時的に音を奪い去る。
発した声は衝撃に消し潰され、静かな耳鳴りだけが残った。
あまりにも強い鼓動に肉体は大地から引き剥がされ、まるで海流に呑み込まれたような滑らかな動きで宙を泳ぐ。直後、大地の方も衝撃に耐えきれず大規模に陥没した。
安定しない乱雑な足場の上でエマと七突は体を丸めて受け身を取る。刃昏はこのような宙を舞う動きに慣れているのか、すぐに姿勢を安定させて着地した。
三人とも、程度に差はあれど危機を回避する。即座に伏せたことで直撃を避けたのが一番の理由だろう。
……問題は、一人だけソラにいた彼女だ。
「───《
衝撃が放たれる直前、危険を感じ取った彼女は咄嗟に防御体制を取った。
七突とは違い攻撃の方向がわからない彼女は、下手に避けようとするよりも防御に徹した方が安全である。それに「伏せろ」と言われたところで、空中にいる彼女は伏せようがない。
状況的には最善の行動であっただろう。しかし今回の場合、相手が悪かった。
悪すぎたのだ。
「ガッ───」
物体を空気の濁流に呑み込ませ、大地を陥没させる衝撃。いくら防御したところで、一介の人間に耐えられるはずもない。装備は砕け、気絶したままほぼ真上方向に回転しながら吹き飛ばされていく。凄まじい光景だが、死ななかっただけ幸運だろう。
───尤も、怪物の方は彼女を逃がしてはくれないようだが。
「◾︎■■◾︎■◾︎!」
「───やっば」
気絶したまま落ちてくる彼女をその口で呑み込もうと、怪物が空を見上げる。
意識はなく現在自由落下中の彼女に回避の方法はない。そのまま彼女は、暗転した意識の中一度目の死を迎える。
「■◾︎───!?」
突如、怪物が苦悶の
轟音と共に、かの鋼体から火炎の濁流が溢れ地を濡らした。
【GALILILILILILI!!!!!!!!!!!!!!!!!!!】
「だっ、らァァァ───!!!!!」
騒々しい破砕音を鳴らし、オレンジ髪の少女が駆け上る。
怪物の巨体を、まるで道路を走るバイクのように、斬り抉る刃で突き進んで行く。
あくまでも機械である怪物は、彼女の行為に痛みを感じない。しかし、己を破壊する行為であることは理解できている。故に、全身を激しく躍動させて抵抗する。
その抵抗すらものともせず、彼女は千刃蠢く大口まで上りきり、そのままの勢いで空中へ飛び出した。
「───っ、キャッチ!」
両手を広げ、落下してきた百蟲を抱き止める。
そのまま体を丸め、彼女は巨大な穴へ落ちていった。
……一方、残された二人は武器を構えてそれを見ていた。
「■◾︎■……!」
怪物はその場から逃げるように方向を変えて地面へ潜っていく。
完全に姿が見えなくなったのを確認して、二人は武器を仕舞った。
「───追いかけよう」
七突が静かにつぶやく。
「……結構下の方まで落ちてったけど?」
「……今のはどう考えても非常事態だ。それなら───」
「───“協力して打開する”、だったか。
……よし、良い降り方を思いついたからそれで行かない?」
「……はぁ。わかった、それにしよう」
「お、良いね!」
七突の返事を聞くや、彼は笑いながら説明を始める。
内容の確認を終えた二人は、そのまま穴の下へ向かっていった。
♢♦︎♢♦︎♢
「いっつぁ……あの瓦礫邪魔すぎない!?」
エマが文句を言いつつ起き上がる。
穴の壁面に複数存在した空間の中、広そうなところにとりあえず入りはしたものの瓦礫に足をぶつけたのだ。タンスに軽くぶつけた程度の痛みとはいえ、数分ぐらいはジワジワと残るだろう。
「……まぁ、放っておいたら治るでしょ。そんなことより……」
彼女は自身の抱き抱えている少女に目を向ける。
綺麗な白髪の彼女は彼女の腕の中で静かにしており、意識こそないものの命に別条はないようだった。
あの衝撃を受けて
「はぁ〜! ……よかった、間に合って。
殺し合い以外では助け合うべきって師匠も言ってたからね」
彼女を刺激しないように、落ち着いた様子で床に寝かせる。
コートを丸めて枕にした後、彼女もその場に座り込んだ。
「……何も考えずに飛び出しちゃったけど、そういえばこれどうやって帰ろうかな。
登るには高すぎるし、凸凹しすぎだし、ウネウネしてるせいで重力の方向も操作難しいし……あれ?」
もしかして、これはやらかしちゃった? いや、でもあそこで飛び出さないと助けられなかったし……と、頭を抱えて悩み出す。
実際彼女の判断・行動は正しかったものの、後先を考えていなかったのは確かだ。
今回のことを後悔するつもりはない。しかし、いつか似たことが起きた時のため反省はしておく。彼女なりに自身の行動を思い返し、学習を始めた。
───と、
「……んぅ」
エマが頭を抱えている横で、白髪の少女が目を覚ます。
「あ、起きた?」
「……すっごく頭が重いし痛いんだけど。あー……ええっと……思い出した。
てっきり死んだものだと思ってたけど、貴方が助けてくれたのね」
ズキズキ痛む頭をさすり、ゆっくりと起き上がる。
百蟲を案じてか、おろおろとしているエマをよそに彼女は大穴を覗き込んだ。
「……随分と深いところまで落ちたわね」
「えっと、実はまだ重力操作に慣れてなくて……威力を殺せなかったんだよね……」
「別にいいわ。距離的には問題なさそうだけど……
……《
呟きに反応して、彼女の背中に巨大な
しかし、その
「やっぱりか……さっきので壊れてたかな。
……ごめんなさい、エマ。私もここから帰るのは難しいみたい」
百蟲が申し訳なさそうに頭を下げる。
予想していなかった突然の謝罪に、エマは驚きと困惑を覚えた。
「元はと言えば、あれを避けられずに気絶した私が原因だし。
せっかく助けてもらったのにお礼もできなくてごめんなさい」
「いやいや、そんなことないよ!? 私の方こそ後先考えてなかったから……。
というか、普通は避けれないよあんなの。……七突くんはなんかわかってたみたいだけど」
「……」
エマが必死に慰めるが、百蟲は口を
少しの気まずい沈黙の後、痺れを切らしたエマは話題を変えることにした。
「───それより、まずはここを出る方法を考えよう!
穴を登って帰るのは無理だとしても、探してたらどこかに階段とかあるかもしれないし。二人で探せばすぐ見つかるでしょ!」
「……そうね。そうしましょう。
───あ、でも一回死んで拠点に戻った方が早いんじゃないの?」
「……えっと、それはですね……」
ばつが悪そうな顔でエマは目を逸らす。
「何か持って帰りたい遺物でもあるの?」
「えっと、その……お恥ずかしい話なのですが、実はポイントが足りなくてですね。
ここで死んで-100ポイントされると実はヒジョーに辛いのです」
「……は?」
「ヒイッ!」
百蟲の冷たい声に思わず萎縮する。
先ほどまでの申し訳なさそうな表情から一転、今度は全身から怒っている
「時間はたっぷりあったでしょ。今いくつなの?」
「えっと、289です……今持ってる遺物を合わせても299……」
「……まぁ平均的か。
……ん? じゃあ死んでも間に合いそうだけど?」
「途中5人ぐらいに襲われて、全部死に物狂いで返り討ちにしてこのポイントなんです……今から集め直すってなったら間に合わないんじゃないかなー……」
「……あの人を師匠にしておきながら勝てなかったら今この場で殺してるところよ。
でもその実力ならその辺の人に喧嘩ふっかければすぐ集まるでしょ。それに、私には貴方が怖気付くような人には見えないわ。本当の理由が別にあるんじゃないの?」
「あー……えっとぉ……」
苛立ちと呆れを感じさせる眼で、彼女はエマを睨みつける。
エマはまるでそれが図星だとでも言うように、視線を泳がせながら誤魔化そうとしていた。
「いや……本当にそれだけ、デスヨ? ウン」
「……怒らないから言ってみなさい」
「それ絶対怒るやつじゃん!」
「お こ ら な い か ら
い い な さ い」
「ヒュイッ……」
百蟲の圧に押され、叱られた子犬のように縮こまる。
彼女の巨大な
「じ、実は……地下にこんな空間があったのを初めて知って……」
「うん」
「見たことないものがたくさんあるし……」
「……うん」
「危険かもしれないけど、百蟲ちゃんがいるなら少しぐらい無茶しても大丈夫そうだなぁって思いまして……」
「…………うん」
「探検してみたいなぁ……って、そう思った次第です……」
「………………馬鹿じゃないの?」
「アゥ」
エマの話を一通り聞いた百蟲は冷め切った顔で言い放つ。
「そもそも、ここから出られるかわからないんでしょ?
だったらすぐにでも死に戻りして集め直した方がどう考えても安全じゃない」
「でも、ほら、何か面白いものあるかもしれないし、知らないものがたくさん手に入るし、気になるじゃん!」
「今はリスクの話をしてるの! あと30分ぐらいしか時間ない中であるかもわからない出口を探すより、-100ポイントを受け入れてすぐに集め直す方が確実でしょ!?」
「それは、そう、なんですけども……」
まるで駄々をこねる子供のように、エマは人差し指を突き合わせて口を尖らせる。
百蟲は大きなため息を吐き、目を瞑ってしゃがみ込んだ。
「───まぁいいわ。これで貸し借りなしってことにしてあげる。
なんだか利用された感じがして癪だけど、確かに私がいる限りはある程度なら安全だしね。そこだけは同意するわ」
「……へ? ───わっ!」
百蟲は立ち上がり、枕にされていたコートを投げつける。
困惑しているエマに対し、彼女は道の奥へ進みながらこう言った。
「助けてくれたお礼に、私が手伝ってあげる。
───ほら急いで。さっさと出口を見つけるわよ」
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