13話。絶望の産声

「……はぁ……はぁ……」


 赤く鮮やかに煌めく“生命の証”を滴らせ、彼は膝をつく。

 血濡れた杭を杖代わりに、今にも倒れそうな肉体をあと一歩で持ち堪えている。


「まぁじで、おまえ……つよすゴ─カフッ……カフッ」


 対して、刃を振るった彼は赤黒い姿で横たわっていた。

 胴体には巨大な穴が開き、“死の証”が口から溢れ出る。


 どちらも瀕死だ。激闘の末、互いに生と死の境界線に触れた。

 二人の違いは、である。

 生きている少年と、死を待つ少年。どちらが踏みとどまれたのか、それは自明だった。


「…………おまえ、おもしろいわ」

「……どーも。そっちこそ、楽しかった」


 殺し合い自己紹介を終えた二人は、青空のような、清々しい笑顔を浮かばせる。


「……つぎはキョーリョク……しようぜ。ころしあいもたのしい……けど、ポイントが……な?」

「……まぁ、同感……仕方ないし、それでいいよ……」


 少年は親指を立てると、そのままぐったりと動かなくなる。

 それを見届け、辛うじて力を保っていた彼も倒れ込んだ。


「……ってぇ

(なんとか勝てはしたけど……全身がすごく痛いな……。

……休憩したいところだけど、ここは危なすぎるし。一旦拠点に戻らないと……)

……よぃ、しょっ……とぉ……ッ!」


 全身に力を込め、もう一度立ち上がる。

 何度も経験しているとはいえ、やはり激痛は慣れない辛さがある。死なないならいずれ忘れるであろう感覚だが、なんだかんだ肉体は一度も死んでいないのだ。それならば慣れるはずがない。

 しかし、それも拠点までの辛抱だ。

 一度拠点まで帰ってしまえばポイントは加算され、死亡しての治療もできる。

 で死亡すればマイナスされるだけで、で死亡した場合は数分程度時間を消費する以外の損害はない。

 だからこそ、刃昏は試験開始時に思いついたのだろう。物事が決まる直前の重要な瞬間に思いつくのが彼の強みだ。


「……それじゃあ、拠点帰ってポイント換えたら一旦死のう。

 せっかく勝てたのに無駄にするのは勿体ないし……?

…………なんだ、今の?」


 刃昏からばら撒かれた遺物を回収し、治療のために拠点へ向かう。

 一瞬感じたがなんだったのか、今の彼にはわからなかった。



♢♦︎♢♦︎♢



 試験開始から72分。すでに合格者が増えてくるようなタイミングだ。

 まだ合格していないとしても、目前まで迫っている者も多い。試験開始時にアクシデントがあったとはいえ、皆順調に進んでいるようだ。

……そしてこのオレンジ髪の少女も、合格目前まで迫っている一人だった。


「そろそろポイントも貯まってきたな〜。

 最初は不安だったけど、やっぱりあのロボット回収しててよかった〜!」


 手袋から浮かぶモニターに書かれた数字を見て、彼女は嬉しそうに笑う。

 彼女のポイントは|289(299)|と高く、遺物を何か一つでも回収できれば後は拠点へ帰還するだけであり、合格はかなり近い。

 極端な話、帰り道で壊れた遺物でも拾えば十分だろう。雀の涙ほどのポイントしかないとしても、彼女にとっては十分なのだ。


「この辺は人も少ないし、当たりだったのかな。

 まぁそれより、ポイントが高い遺物の傾向がわかってきたのが大きいかも」

「むしろ今までわかってなかったんだ?」

「うぇっ!? 誰!?

……いや何処!?」


 突然正面から聞こえた声に驚き辺りを見渡す。

 しかし、彼女の視界には誰の姿も映らない。奇怪な状況に困惑するエマの姿を見て、声の主は笑いながら姿を現した。


「はははは! ごめんごめん、ちょっと悪戯しちゃった」

「うわビックリした。刃昏くん!?」

「そうそう。一時間ぶりだね」


 手をひらひらさせ、いじわるそうに笑う。

 臨戦態勢をとるエマをよそに、彼はのんびりと瓦礫に腰掛けた。


「俺もう合格確定したから、手伝おうかなって思って探してたんだよ」

「裏切っといてそれ言う!?」

「ごめんごめん。よく考えたら皆のをこっそり奪ってくよりも皆の出だしを遅れさせて俺一人で頑張った方が効率いいなって気づいちゃってさ。

 でももう裏切る理由もメリットもないし、何より協力するって約束も最初でしたでしょ? 今度こそは信用していいよ」

「ほ、本当かなぁ……?」


 エマは臨戦態勢を崩さない。

 刃昏の気の抜け様を見て信じそうになるのを抑え、全身で警戒している。


「ハハッ。知ってたけど明らかに信頼がないみたいだね!

 どうしたら信用してくれます?」

「……じゃあ遺物、くれたりしない?」

「あーごめん。俺さっきポイントに換算したばっかりだからあげれないんだよね。

 今からなんか見つけてくるとかじゃダメ?」

「……隠れて攻撃とかしてきそうだからそのままでお願いします。

 というか、合格確定って言ってたけど今のポイントいくつなの?」

「403ポイント。一回死んでも303ポイントだから安心して探索できるね!」

「よんひゃ───!?

……たくさん殺して奪ったの?」

「ひっど!? 確かに俺の装備それに特化してるけどさ!」


 何を言っても疑念が晴れず、刃昏は頭を抱える。

 少しかわいそうに思えるが、こればっかりは自業自得だろう。




「……どう考えてもお前が悪いよ。普通なら、アレをやられて信用するわけがない」

「───七突くん!」


 刃昏とエマを仲裁するかのように、七突が二人の間へ割り込む。

 挨拶がわりに帽子を深く被り、彼は刃昏の方へ向き直った。


「……もう合格決まったんだね」

「うん。いくら殺されたとはいえ、お前に邪魔されなければチョチョイのチョイよ」

「流石。俺はお前のおかげでもう435だよ。

……まぁ、あの後戦ったロボットも理由の一つだろうけど」

「……」


 エマは口を閉じ、真顔で瞬きを繰り返す。

 二人の会話を聞く限り、どうやらこの二人は殺し合っていたらしい。なんなら七突に至っては、殺し合いの後にロボットと戦ったとのことだ。

 当たり前のように交わされるトンデモエピソードに慄き、彼女はただ突っ立っていることしかできなかった。


「……っと、そうだ。

 エマさん、こいつとは協力しても大丈夫だよ。俺が保証する」

「え、本当!?」


 エマが驚きで声を上げる。

 それも当然だろう。エマと同じく、七突も彼に裏切られた側の人間だ。なんならその後に殺し合いもしており、彼が一番刃昏を警戒していると思っていた。


「まぁ、うん。……いざとなったら俺が抑えるから、安心して」

「え、俺のこと信用してくれたわけじゃないの?」

「そんなわけあるか……ある意味一番怖いタイプだよ……。

……確かに少し危ないかもだけど、俺ならすぐに反応できる。戦闘自体は得意みたいだし、協力する分には損もないと思うよ」

「あ、そういう感じなんだ……」


 どうやら、彼の言葉は信頼できるという意味ではなかったらしい。思っていたよりも意外とドライな理由で拍子抜けだが、それが逆に信用できると感じた。


「ま……それなら安心か。

 わかった。協力というより手伝い、お願いします!」

「お、なんか安心した理由が納得いかないけど……こちらこそよろしく!」


 エマが右手を差し出し、刃昏もその右手を握る。

 二人が握手を交わしたのを見届け、七突は崖上に視線を向けた。


「……そこの君も、一緒にどう?」

「…………は? もしかして私に言ってるの?

 するわけないでしょ……


 七突の声に、白髪の少女は物凄く不機嫌そうな顔で返事を返す。

 そのギザ歯をチラつかせ、鮮やかな赤い瞳で彼を睨んでいた。


「(あ、これ……誰かが地雷踏んだかな……?)」


 七突が彼女の心情を察して言葉を止める。

 下手に刺激すると面倒なことになるのは経験から理解していた。


「……あれ? あ、百蟲さん!」

「……そっか、貴方もいたのね」


 エマの声で彼女の存在に気づき、百蟲は大きなため息を吐く。

 少し考えた後、彼女は崖の向こう側へ歩き出し───


───すぐに、足を止めた。


「……あれ?」


 エマと刃昏が首を傾げる。

 どう見てもそのまま離れて行きそうな雰囲気だったのに、彼女が足を止めたことに疑問を覚える。

 二人は疑問を共有するかのように顔を見合わせ、続けて七突の方へ振り返る。

……しかし、七突は二人と顔を合わせることはなく、ひたすらに地面遠くを見つめていた。


「……百蟲さん」

「……やっぱりそうよね」


 崖の上の少女と崖の下の少年は目も合わせずに言葉を交わす。

───エマ達が二人の様子からを感じとるのに、そう時間はかからなかった。




──────大地が揺れる。


 それは地震というにはあまりにも局所的で、不規則なものだった。


 大陸を乗せる巨大なプレートが動いたことによる振動では決してない。そんな地球という生命いのちにとってのとは違う、明確な“異常”によるモノだ。


 仮想世界に異常が? いや───それはありえない。仮にも世界を再現している関係上、どこか一箇所にでも異常が現れればたちまち空想は崩壊し現実へと戻るだろう。世界というのは意外にも脆く、こそがであった。


……であれば、答えは一つ。


 『地中で蠢いているナニカがいる』






「…………ッょけろ!」


 最初に動いたのは刃昏だった。

 彼が土壇場で見せるはもはや未来予知のようなもので、振動が大きくなった瞬間にその場を飛び退いていた。

 危険を伝えるその声は途切れてしまっていたが、まだ口に発しただけでもマシだろう。


「───!」

「───ぇ?」


 続いて、二人がその場を離れる。

 刃昏のの変化に反応した七突は反応が遅れたエマを掴み、抱き寄せながら飛び退く。

 エマは思考こそ追いついていなかったものの、七突の機転に合わせてすぐに受け身の姿勢をとった。


───それとほぼ同時、白色はくしょくの蟲もはねを鳴らす。

 全身に悪寒が疾り、脳内で本能がうるさいほどに警鐘を鳴らしていた。

 。“虫の知らせ”とでも呼ぶのがぴったりだろう。




───そして不運なことに、その予感は的中した。




【GYAGOGAGEGIGIGA!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!】

「■■■◾︎◾︎◾︎■■■◾︎◾︎◾︎!!!!!」


 大地が、砕ける。


 奈落が、迫り上がる。


 天空が、落ちていく。



 耳をつんざく産声が、世界に破壊を見せつける。


 蚯蚓ワームのような姿をしたソレは、ミキサーのような大口で大地を咀嚼し、粉々の岩片に変えてから呑み込んでいく。




……幸いにも、素早く行動したおかげで誰も呑み込まれることはなかった。

 空に打ち上げられた瓦礫も避けて───もしくは壊して───無傷のまま、全員が立っていた。

 ひとまずの脅威を排除し、目の前のを再認識する。そして、そのあまりの強大さに唖然と立ち尽くした。




……これが、振動の正体。

 地中に潜む、強大な“怪物”。

 大地を抉り、貫き、捕食する。破壊を全身で体現する、だ。




───そう、これこそが『アクシデント』。


 試験官が用意した、絶望という名の“試練”である。

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