12話。その頃の天才たち

「ないすー!」

「おぉ〜」

 美来とキャサリンが楽しそうに声をあげる。

 エマの最高に派手な勝利を前に、美来は実に誇らしげな表情を見せた。

「一瞬ヒヤッとしたけど、なんとかなったね〜」

「信じてたけどね」

「まさかほとんど無傷とはなぁ。消耗はしてるみたいだけど」

「わかってたけどね」

「やはり一度吹っ切れると強いな。吹っ切れるまでが問題だが、たった九日でここまでやれるのは流石と言う他ない」

「覚えがいいからね」

「……」

「見た? 私だよアレ。たった数日だよ」

「おう。すごいな。

 んでうるさいなお前!?」

「あははは! ───ゲホッゴホッ!」

「あーもうほら笑いながらジュース飲むなよ一旦落ち着け!」

 ローレンスがせる美来の背中をさする。

 涙ぐんで咳き込みながらも楽しそうにしている美来を見て、ローレンスはある事を改めて実感した。

「それにしても、まさかお前がここまで入れ込むなんてなぁ……そんなにあの子のことが気に入ったのか」

「と、言うよりは待っていた期間が長かったからだろうな。

 約五年間、彼女はエマが現れるのを待ち続けていた。あの二人から頼まれたのもあって、相当楽しみにしていたのだろう」

「こほっこほっ……あど、あのごびっくりするぐらい才能あっだがら……えほっ。

……外で暮らしてたから外面を取り繕ってるだけで、本性ナカミはかなりコッチ寄り。まだ常識人の皮を被ってるけど、ちょっと捲ればあんな感じで暴れることもできる子だったからね」

「異論はない。思考のパターンも我々と似ているしな。

 しかし……それでも意外なのは確かだ。てっきり、他人には興味ないと思っていたからな」

 梓睿がモニターを見つつ呟く。

 ローレンスやキャサリンも彼の発言に同意する表情を見せるが、美来はそれに怪訝そうな顔で反論した。

「私、ちゃんと見るよ? センスあるならちゃんと。自慢も。

 百蟲ちゃんとか皆が褒めるからなだけで」

「あー……確かに、言われてみればなんだかんだかなり褒めてる気がするな」

「確かにそうだったな。思い出す限り、知り合いは皆褒めている気がする。

 そう考えると、単に知り合いが少ないだけだったか。納得だ」

「でしょ? ……あれ待ってバカにしてる?」

「……ふっ」

「してるねぇ!」

 怒る美来を横目に、梓睿は笑いながらモニターを弄る。

 梓睿の思惑を察したのか、キャサリンは普段通りのテンションで話題を逸らした。


「今名前が出たから思い出したけどー……百蟲ちゃんとかは今どんな感じなのー?」

「あ、確かに。乗り気じゃなかったけど。もういったかな?」

「それが、中々面白いことになっているようだ」

 そう言って、梓睿がモニターを展開する。

 そこには、巨大な機械の翼を生やした男と共に空に浮かぶ、の姿が写っていた。



♢♦︎♢♦︎♢



「さすが『昆蟲図鑑』。昆虫の扱いは一流ってか?」

「……言っとくけど、蜘蛛クモ蜈蚣ムカデは昆虫じゃないわよ」

「え、じゃあ何? 仲間じゃないの?」

「虫という括りで仲間にされがち。でも昆虫じゃないわ。体は頭・胸・腹に分けられて、足の数が6本で全て胸から生えている、それが昆虫。厳密にはもっと色々あるのだけど、知識的にはそれで十分でしょ」

「はえ〜……じゃあ、なんでお前は昆虫図鑑って呼ばれてんだ? 昆虫以外も使うのに」

「知らないわよ。一応「数が多いを意味する昆、そして厳密には虫以外も含む蟲。合わせて“様々な蟲を使う”」って言われたことはあるけど、どうせ後付けだもの。

……というか、危機感ないの?」

 百蟲が呆れた顔で問いかける。

 彼女の言う通り、彼女と男は殺し合いの真っ最中だ。本来、世間話のような気軽さで話せる状況ではないはずである。


「まーまー。どうせ殺し合うなら楽しい方がいいだろ?」

「そうかしら。邪魔な人間はサッサと殺したいって思うのが普通だと思うけど」

「なんだよ遊び心ってのが欠けてんなー? いや、まぁそれも一つの考え方とは思うけどよ」

「……遊び心が欠けていて悪かったわね。これでも楽しもうと頑張ってたんだけど」

「あ、やべ。なんかよくわかんねーけど地雷踏んだっぽいなこれ」

 男が羽撃はばたき、気流に乗って加速する。

 安全のためにできるだけ彼女爆弾から離れようと、彼女と距離を空けた。


……しかし、その行為は無駄に終わった。


「……《鬼蜻蜓オニヤンマ》」

 彼女の呟きに反応し、背中の翅が大きく振動する。

 次の瞬間、その巨大なは男に一瞬で詰め寄り、更には追い越してしまった。

「はっ───やッ!?」

「《蟷螂カマキリ》」

「───ッ!!」

 男が咄嗟に身構える。

 正面から攻撃が迫っていることは理解できる。だが避けることができない。

 そう、のではなく、

 慣性の法則というものがこの世に存在する限り、止まっているものが突然動くことはできないし、動いているものが突然止まることもできない。

 故に避けれない。ならば当たる。であれば回避を捨てて防御をとる。


……それが、彼女の狙いであるともわからずに。


「───へ?」

 男の視界が。右と左で見えているものが上下し、やがては視界が断絶する。

 腕に衝撃は感じず、むしろ背中から全身に一閃された感覚があった。防御が意味をなさなかったのは単純で、背後から殺されたのだ。

……思えば予想はできた。彼女の周りで飛んでいる蟲型の機械たちは全て彼女のモノだ。小さくて忘れていたが、ソレが攻撃してこない保証は最初からなかった。それにそもそも、彼女が攻撃の素振りを見せなかったことに気づくべきだったのだ。


 正面からの攻撃に備えていたのは全て無意味であった。誘導された行動であった。予想できた結果であった。結果として気づくことはできなかった。反省や後悔、尊敬や羨望を混ぜこぜにした感情が渦巻く。瞬間、男の意識は暗転した。



♢♦︎♢♦︎♢



「いくら何でもはっやいな……もう終わったんだが?」

「天才だもん。作るだけじゃないよ。負けず劣らず」

「今の、私が作ったやつ使ってたー。この前貸してって頼まれたのはこれに使うためだったんだねー」

「やっぱり新作だよね?」

「うん。一週間前ぐらいに貸してくれって頼まれてね〜。

 刃の瞬間拡大展開機能とかー、威力制御機能とかを再現した感じかなー?」

「一週間なんだ? 思ってたよりやる気あるのかな」

 美来が不思議そうに視線を移す。


「最近見なかったし、てっきり。来なかったのはそれだったんだ」

「まぁ、そういうことだろう。もしかしたらエマに焚き付けられたのかもな」

「え、二人知り合いなの?」

「いや、実は特訓初日に来ていたんだ。エマを見て少し会話した後、すぐに帰っていったから特に伝えなかったが」

「えー。一緒にやったのに」

「まぁまぁ、アイツなりに考えたんだろ。後で褒めてやれ」

「言われなくとも。褒めなかったことないよ」

「私も後で褒めとこー」

 男が死んだことによってばら撒かれた遺物を淡々と回収する百蟲をモニター越しに眺めつつ、試験が終わった後のことを考える四人。

 彼女が試験に合格するのはもうわかりきっていると、四人の中には「何級に飛び級させるのが妥当か」という考えが浮かんでいた。


「さて……エマ、百蟲ときたら残りの二人も見ておくべきだろう」

「え、二人ってことはまだ戦ってんの?」

「あぁ、私の狙い通りだ。七突のが彼の戦法と噛み合ってくれたらしい。ついでに、これで成長してくれたら万々歳だな。

……まぁ、流石に早いか」

 梓睿が笑みを浮かべて呟く。

 他の三人がそれに言及するのを遮るように、彼はモニターを展開した。



♢♦︎♢♦︎♢



「───ッ!」

「あっぶな!?」

 轟音と共に、大地が砕ける。

 杭を撃ち込まれた地面が、その圧倒的すぎる衝撃に耐えきれず粉砕されたのだ。

 平坦な道路から一瞬にしてバラバラの岩場に変貌した足場に着地し、は瓦礫を飛び回りながら胸を撫で下ろした。


「いやほんと、なんで見えてんの!?」

「……ちょっと特殊な体質なんだよ」

「いや、赤外線とか紫外線とかも景色と同化させてるはずなんだけどね? 色覚が優れてるとかじゃないならなんなんだよ……って危ねぇ!?」

 間一髪のところで杭を躱す。

 空を貫いた杭はそのまま彼の右腕に戻り、次の攻撃の準備を始めた。

 反撃カウンターを返すこともできず、刃昏は岩場を飛び回り離脱する。


「───ってか流石にしつこいな! 俺のこと追いかけてメリットないでしょ!?」

「遺物の場所探すの上手いから……」

「あぁ、そういえば遺物を探し当てるまでは何もしてこないよね七突くん。いやでも、それなら協力しようよ。なんで俺のこと殺そうとしてるの?」

「お前は信頼できないし……何より、殺して奪った方がポイント貰えるでしょ」

「そうだね。俺と互いに殺し合わないまま292ポイント取ってる人間のセリフじゃないね。俺だって240ポイントだよ。

 おかしいな。一度も殺されてないはずなのに俺の方がポイント少ないぞ?」

「……そっちよりも早く回収してるし」

「じゃあ尚更俺のポイント要らなくない!?」

 会話を続けながらも不安定な瓦礫だらけの岩場を抜け、綺麗な道路に着地する。

 それに続いて、杭打ち機パイルバンカーを携えた少年が岩場から飛び出てきた。

 はたから見れば“をあてもなく追いかけている少年”の構図だが、七突には彼が

 刃昏は怒りながらも冗談だと感じさせる口調で喋っているが、内心では焦りを感じていた。


(なんで俺のこと見えてるんだ……特殊な体質とは言ってたけど、ここまでハッキリ位置が掴めるものなのか?

 なんとか振り切ろうにも、こっちからの攻撃はさっき躱されちゃったしなぁ……いやほんと、ジリ貧でいつか負けが来そうなんだよなこの状況)

「……だー!! 交渉しようぜ交渉! どう考えても俺の方が不利だし、なんか見逃す理由とか用意してくんない?」

「……ごめん、パス。お前はちょっと楽しすぎるから……」

「楽しすぎるってなんだよ! ───ッ!?」

(やっば、これ避けな───あ?)

 もう一度、杭が放たれる。

 見えてないはずの的に、彼は迷いを持たず打ち込む。

 刃昏は直前で体を引き、その杭を受け流しながら懐へ


「───……いや、思いついた。こうだな」

「……!?」

 杭を打ち出した直後の隙を突かれ、小刀で脇腹を斬られる。

 咄嗟に飛び退いたおかげで致命傷は免れたものの、その傷は間違いなく彼を怯ませた。

「くっ───」

(やっぱり、が突然変わりすぎる……なんなんだコイツ……!)

「ははは。なんで今の反応できるんだよ……!」

 怯む七突に追撃はせず、警戒するように刃昏は体勢を立てなおす。そこには、彼の中に存在するとある疑問が原因としてあった。


(……俺の透明な一撃がバレるのは理解できる。最初から七突のやつは的確に俺を狙ってるからな。なんらかの方法で俺が見えていると考えれば不思議じゃない。

 でもそうじゃない。七突の場合、反応がいくらなんでも

 試験開始時もそうだった。一番近くにいたのに、俺の裏切りにしっかりと対応して無傷で生き残ってた。

……アレはどう考えても反射神経とかの問題じゃない。俺が仕掛けてから反応してるならまだしも、俺がから警戒を始めてる。

 仕組みがわからない。それが怖すぎる……!)

「……?」

(てっきり仕掛けてくるものだと思ってたけど……が曇り出した?

 一体何を悩んでるんだ……?)

 互いに相手の行動が読めず、疑問を頭の中で反芻する。


───実は、考察癖があるのはエマだけではない。むしろ、探検家のほとんどは考察癖を持っている。

 未来を己の目で見て研究せずにはいられない、そんな人種が探検家になるのだから当然だろう。

 そして、そのを互いに持っている場合、戦闘で有利になれるのは───


(……まぁ、


───より早く妥協できる者だ。



「───!」

「は───ッ!?」

 突然動き出した七突に反応が間に合わず、刃昏の前に杭が迫る。

 人間、あまりにも突飛なことには反応できず立ち尽くしてしまうものだ。もちろんそれは彼も例外ではなく、次の瞬間、杭はその身体を打ち抜いた。




「………あれ?」

「───っぶねぇ……死ぬところだった……!」

 予想よりも手応えが薄く、一瞬ほど動きを止める。

 杭が逸れたわけではない。ちゃんと当たっている。だが

 その杭はあくまでも脇腹を貫いただけであり、致命傷と呼べるほどのものにはなっていなかった。

(やっぱり色だけだと精度が劣るな……でも、とりあえず感覚は掴んだ)

(今のは反応できなかった……でもその上で外したってことは、完全に俺のことが見えてるわけじゃないな?

 ならまずはその仕組みを確かめ……いや、違うな)

(……! また色が変わった。動きが読みづらいな……)

「……うん。やっぱり楽しい」

「OK。思いついた」

 試験開始かつ戦闘開始から50分。

 この瞬間、二人は初めてした。



♢♦︎♢♦︎♢



「……あの二人、やっと殺し合いを始めたのか?」

「最初からだよ。向き合ったのはそう」

「殺し合いしながら約290ポイント、流石としか言いようがないな。

 刃昏の方も240は稼いでいる。この分なら心配はなさそうだな」

 それぞれがモニターに集中する。

 本気になった若き天才金の卵達を前に、思わず笑みが浮かんでしまう。


「あのタコマント、私が作ったやつじゃない〜? 服になってたけどー」

「あぁ、タコの持つ、表面の色や凹凸までをも再現する擬態能力を模して作った隠密用マントだったか? 確かに特徴は一致しているな。

 まぁ、七突には効果が薄いようだがな。とことん噛み合いの悪い……いや、良い奴らだ」

「なんで七突には刃昏のことが見えてるんだ? 刃昏の服はキャサリンの作った装備が元なんだし、並大抵の装備じゃ見えないだろ。となると体質か?」

「まぁ、そんなところだな。七突はかん───「話遮るけど梓睿、そろそろじゃない?」───……そうだな」

 美来が部屋の奥を指差す。

 梓睿は残念そうにモニターを見た後、ため息を吐いて立ち上がる。

「もう少し見ていたかったんだがな」

「アーカイブ」

「生で見たいんだ。記録とは感覚が違うのだよ」

 美来はその言葉に「まぁわかるけどね〜」と軽く返す。

 梓睿は苦笑しつつ、ある準備を行うため部屋の奥へと向かった。



。この二人、それまでに終わるか?」

「終わるでしょ。早いと思うよ」

「あ、ほらー。今当てかけたよー! 一進一退の攻防ー!」

「いや一進一退とは違うんじゃないか……? 拮抗してるとは思うけど」

 アクシデントの準備に勤しむ梓睿を横目に、試験官たちはモニターに熱中する。

 “観客”に見られているとはいざ知らず、二人の少年は全力でを楽しんでいた。






───30

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