11話。鋼の男
全身を鋼に包まれたその姿はもはや
「こういうのは早い者勝ちなんでしょ?」
「あぁ、もしくは殺した者勝ちだ」
「(それって要は「お前が手に入れた場合、殺して奪い返す」ってことじゃん!)」
男の言葉を受け、エマは臨戦体勢を取る。
できれば戦いたくはないものの、それはエマの都合だ。対応を一つでも間違えれば男はすぐにでも仕掛けてくるだろう。
「……わかった。この機械が欲しい理由を教えて?」
「俺のポイントは254。その機械を回収すれば、ポイントは340になる。破格の86ポイントだ。
それに加えて、俺はソイツのパーツが欲しい。例えポイントがなくとも、俺はソレを持ち帰るつもりだ」
「これそんなポイント高いんだ!? 良いこと聞いた………。
っとそれより、“ポイントがなくても”ってことは、例えどんな条件でも渡す気はないってことだよね?」
「物分かりが良くて助かる。その通りだ」
「うへぇ……」
交渉を試みようと目的を探るが、男の話を聞いてその考えを捨てる。
エマが諦めるまでこの男は諦めないだろう。彼女が諦めない場合、彼はなんとしてでも奪い取ろうとするはずだ。
「お前が諦めてくれるなら殺すつもりはない。だから大人しく……」
「OK。交渉の余地はなし、わかり合うことはできない。
……つまり、殺し合いをするってことだよね」
「別にそんなことは言っていない。それさえ貰えれば殺し合いはしない」
「うん。やっぱり殺し合いだよ」
突然、エマの周囲が歪む。どろどろの絵の具で描かれた絵画のように景色が混ざり、殺意が宿ったことを理解させる。
美来との殺し合いで学習した、殺意の解放。「これは自分のモノだ」と言い聞かせ回収し、自己を殺意という形で曝け出す。
───これこそが、美来の言っていた“混乱”。どう考えても逃げるべき場面で、自制心が効かなくなる。
予想外で脳が
彼女の“本心”を身に受け、男は静かに大地を踏みしめる。
負けじと殺意を滲ませ、ソレに呼応して
「理解した。お前も、渡す気はないのだな?」
「うん。先に自己紹介だけしよう。
私はエマ。貴方は?」
「タイラーだ。
……行くぞ───ッ!」
その掛け声と共に、二人は飛び出す。
互いに
「ぐ───!」
「見た目とは意外に、硬いようだな……!」
巨大な拳と小さな剣がぶつかり、火花を散らす。
当然の如く
「(咄嗟に身体が受けたけど、これ何回も続けてたら死ぬ……!
と、いうか……このまま耐えてるだけでもぶっ壊れる……ッ!)」
何度も受ければ死ぬのは当然のこと。しかし、一度受けた衝撃を殺さずに、あろうことか増幅させながら押し潰そうと彼は迫る。
地面を踏みしめ身体を支えている脚に多大な負担が掛かり、脚のダメージを肩代わりしているブーツは悲鳴の声をあげている。
「忘れているようだが、二発目、行くぞッ!」
「うっ、そ───!?」
タイラーが二発目の拳を突き出す。
右の拳で殴れば、左の拳が残っているのは明白。しかし、一発目を耐えることで精一杯だったエマには二発目を考える余裕がなかった。
エマを押し潰さんと迫る拳に、彼女の脳が死を予感する。
───それが幸運だった。
「───っ!」
火事場の馬鹿力とでも言うのだろうか。
死を予感した脳は全身の
迫り来る拳にもう一本の剣を当て、わずかに軌道を逸らす。
拳を避けたことで体勢が崩れ、支えが足りなくなった体は押し負けてしまう。しかし彼女はソレを利用し、地面と拳に弾かれるように飛び上がった。
───正に曲芸。弾かれた体はコマのように回転し、双剣が装甲を斬り刻む。
彼女を挟み殺すはずだった拳は、見るも無惨なガラクタへと姿を変えた。
「《
「クッ───!」
攻撃を止めないように。彼を確実に仕留めるために。
冷徹な、しかし楽しそうな瞳を向けて。
彼女が一言唱えると、ソレに呼応して剣が形を変える。
刀身は縦に割れ、間から細かく鎖状の刃が出現する。光を反射し虹色に輝く刃が回転を始め、炎の剣となって振り下ろされる。
【GALILILILILILI!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!】
凄まじい音を撒き散らし、鋼鉄の鎧を抉り砕いていく。
その破砕は回転を利用したもの。装甲を破壊し突き刺した後は回転を利用し、それ自体を一種の
破片や残骸を撒き散らし、火炎の濁流を作り出す。火花など生温い。激しく燃え盛る、血飛沫のようなソレは火炎と称する他ない。
「チッ───《
烈火と共に眼前まで迫る断罪剣を相手に、苦虫を咬み殺した表情で拳を切り離す。
本来であれば、腕装甲を分離させて独立稼働させることを目的とした機能。しかし、抉り砕かれた今の腕では独立での行動など不可能。
詰まる所、彼は胴体への攻撃を防ぐために腕を犠牲にしたのだ。
腕が分離する瞬間の反発を利用し、彼はジェット噴射と共にその場を離脱する。
離脱するのとほぼ同時、分離した右腕が真っ二つに粉砕され爆散した。
「(……危なかった。分離するのがもう少し遅ければ、俺もあの双剣によって斬り殺されていただろう)」
「《
剣は彼女の呟きに反応して元の姿に戻り、震える腕を落ち着かせようとする。
あれだけの威力を持つ鎖鋸を使えば腕が限界を迎えるのは当然。剣を持つことで精一杯の腕では追撃に行けず、せめて相手から視線を外さないようしつこく見つめることにした。
一方のタイラーは、別のビルに捕まって彼女を観察している。
彼女が追撃に来たとしても反応できる距離を保つため、ここら一帯では特別頑丈なビルに捕まった状態で待機を続けている。
「(右腕は今ので消えた。かといって、左腕は使い物にならない状態だ……しかし、まだ防御や手としての機能は失っていない分マシではある。右腕も直前で分離したおかげで換装可能だが……あの剣が気になるな。
あの変化機構から察するに、おそらく機能はアレだけに留まらないだろう。もっと多種多様な機能を内蔵していると考えるべきだ。下手な動きに出るのは避けた方が良さそうだな……。
しかし、この距離で追撃を行わないことから考えるに遠距離攻撃の手段を持ち合わせていない、もしくは使える状況ではないのだろう。まずはこの距離を保ちつつ、様子を見るのが正解か)
……《
ロケットのように撃ち出されたパーツは右腕の側で滞空し、青色の電流を発しながら接続した。
先ほどまで腕があった場所には細長い銃のような機構が取り付けられ、歯車やモーターの音が、ソレを武器として起動させたことを知らせる。
「ずっる。今の攻撃、私が損しただけってことぉ……!?」
「あぁ、肝は冷えたがな。───ッ!」
一言ずつ言葉を交わし、戦闘を再開する。
右腕を構え、直径30mmはある鉛を滝のように浴びせる。
大量の銃弾の内、たった一発に擦りでもした場合、その瞬間に残りの弾に巻き込まれるのは必須。だからといって避けに徹するだけでは相手を殺すことはできない。
ヤツを殺さない限り、この滝が止むことはないだろう。ミンチになりたくなければヤツを殺すしかない。もしくは装甲を破壊するという手もあるが、それができるなら最初から日和らず殺すつもりで行った方が何倍も良い。
「《
ブーツの回路が青く輝き、彼女の叫びに応えるよう加速する。
すんでの所で鉛滝を躱し、重力操作を利用してビルに飛び移る。
地面とは垂直に聳え立つビルを足場に、地を這う稲妻の如く喰らい付く。
銃弾がガラスを貫き、足場を潰す。抉り、砕き、貫き、あらゆる方法で
だがそれでやられるわけがない。足場が崩れる恐怖などない。経験?そんなものは一度あれば十分だ。身体が覚えてしまえば、後は思い出すだけでいい。
走り、曲がり、飛び上がり、光かと見間違う軌道を遺して蹴り飛ばす。美来から学んだ体術を存分に思い出し、適材適所で繰り出してゆく。
「クソッ───《
ビルから突き落とされ、咄嗟に
その叫びに反応し、背中の格納庫が開く。巨大な翼が展開され、離脱の際やビルを飛び上がる際に使用したブースト噴射を使って空へと飛び立つ。
「───ァァァアアアアアア!」
体に掛かるGを必死に耐え、すぐさま体勢を取り直す。気を抜けば意識が持っていかれそうになるほどの負荷だが、殺し合いでハイになっている彼にとって、気を抜くなんてことはありえない。苦痛と興奮を呑み込み、鉛の滝を再開する。
上空からの一方的な攻撃に、エマは近づくことができず逃げ続ける。広大な足場を利用し、滝を避けながら機を窺っている。
もはや空に飛び出した彼にとって、
エマを撃ち殺す目的は忘れず、同時にビルを破壊する。相変わらずふざけた軌道で滝を避け続けているが、それも足場がなくなれば終わりだ。
足場が半分ほど壊れ、エマもその目的を理解した。
しかし、時既に遅し。彼女はビルの上に誘導され、もう安全に降りるなんてことはできない。
助かる方法を考える隙も与えず、タイラーは最後の射撃を繰り出す。エマはそれを避けたものの、それが決め手となり、遂に
「やっば───ッ《
「なッ───ぐ!?」
彼女の叫びに呼応し、剣の刀身が複数に分割される。バラバラの刀身は一本のワイヤーで繋がり、一種の蔦のように形を変えた。
彼女がそれを大きく振り回し、現在進行形で空を飛んでいるタイラーの脚に巻きつける。そのままワイヤーは収縮を始め、その勢いを利用して距離を縮める。
落下してくる瓦礫を寸前で回避し、タイラーに引っ張られる形で空へ飛び出した。
「(ぶっつけ本番だけどなんとかなった……! 止まってる方はともかく、動いてる方にやったのは今回が初めてなんだけど……練習しててよかった……!)」
練習をさせてくれた美来と、練習を真面目に頑張った過去の自分に感謝する。しかし、落ち着いている時間はない。
「───ァギゥ゛……!」
崩れていくビルの巻き添えは回避したが、今度はGによる強大な負荷が彼女を襲う。
服のおかげで負担は和らいでいるものの、それでも全身から血が抜けていく感覚が全てを塗りつぶす。すぐに離れるか彼を止めるかしなければ、例え生き残ったとしてもまともに動けはしない。
しかし、離れてしまえば立ち直るまでに殺されるのが目に見えている。それなら、選択肢は一つのみ───
「ン───ッラァ!!!」
全力で剣を引き寄せ、最大出力でワイヤーを収縮させる。
一瞬───感覚が消える。感覚が消えれば、己の現在を理解できずに肉体は制御不能となってしまう。全身が
───しかし、彼女の肉体は覚えていた。
ワイヤーを極限まで引き寄せ、彼の胴体に喰らい付く。
真っ白だった神経が
飛びかけた意識も引き戻され、ぼやけていた視界は鮮明にうつっていく。
ここ一番の殺意を溢れさせ、エマは右手を振り上げる。
慌てて彼女を振り落とそうと、タイラーが動こうとした……が───
─── 一手、遅かった。
「《
【GALILILILILILI!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!】
彼女が剣を振り下ろす。
背中の格納庫を粉砕し、そのまま胴体を抉り裂く。深く深く深く、断罪剣は入り込む。
火花を散らし、火炎を散らし、無慈悲に命を散らしていく。
機械の体を掻き散らし、悲鳴すらも轟音の前に掻き消してしまった。
彼女はまたも回りだし、その体を車輪のように走り潰す。
やがてその鋼体を引き裂き、彼女は爆風を背に
回転する体を止め、姿勢を正す。風でコートをたなびかせ、受け身を取る準備をする。
数秒ほど滞空した後、彼女は丸まりながら着地した。少し転がることで威力を殺し、滑りながら立ち上がる。
背景で爆発している鉄塊に振り返り、清々しい笑顔で拳を掲げた。
「私の……勝ち!」
───エマの獲得ポイント:[75]⇨[181]
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