10話。動き出す天才・出遅れる天才
「───え?」
疑問どころか、理解すらできていない声が漏れる。
己の記憶を反芻し、走馬灯のように現在の状況を確かめる。
……試験開始を合図するアラームが鳴り、七突が何かに気付き、刃昏が急に何かを投げ、そして視界が赤く染まったところまでは覚えている。
視界が赤く、体は動かない。音も動きもゆっくりに感じる。この感覚は特訓の時に文字通り死ぬほど学習した。
今、自分は死んでいるのだと理解する。何故死んでいる? この感覚は、体を切り裂かれたものだ。
一体誰が殺した? 直前まで、動く気配は感じなかった。いや、動き出した人が一人だけいた。そうか、刃昏くんが私を殺し───
───そこで、意識は途切れた。
「あっぶな……!」
「……」
刃昏が投げた手裏剣のような小さな刀が、多くの受験者を斬殺する。
彼の投げた刀は壁や地面に跳ね返り、最終的に刃昏の手元に戻ってきた。
「死んでから復活するまでには時間がかかる。たかだか数分程度の差だけど、差をつけるには十分だ。争いは避けたいし、早めに合格して平和に探索するのがいいよな。
───だから、その武器は仕舞おうぜ?」
「……嫌だね。いつ攻撃するかわからないってこと、たった今自分で証明しただろ」
七突は右腕に“
一方の刃昏も刀を指の間に挟み、臨戦態勢をとっていた。
「協力しようって気持ちは本当だったよ?」
「それは知ってる……だから油断できないって言ってるんだけど」
「俺のこと初見で理解してくれたヤツなんて初めてだな。仲良く殺し合いしたいところだけど、試験だからね。
逃げさせてもらう!」
「あ、待て……!」
刃昏の服の模様が変化し、景色と同化する。髪飾りが光り、服に隠れていない顔すらも視認できなくする。
まるで透明にも見える体で彼は拠点を離れるが、七突は色を頼りにそれを追いかけた。
♢♦︎♢♦︎♢
「ほらな、やらかしただろう?」
「こっわー。一番関わりたくないタイプなんだけど〜……」
「言っとくがキャサリン、お前も何をするかわからないって意味では同類だからな」
梓睿が刃昏の攻撃を避けた受験者たちをまとめ、資料に追記する。
ローレンスやキャサリンが刃昏たち有望株の評価を考えてる中、美来は机に突っ伏して項垂れていた。
「今のでエマがすぐ死んじゃったのに驚いちゃったー?」
「言い方ぁ。驚いてはないよ。予想外にはとことん弱かったし。
ただちょっと、アフターケアがねー」
「運が悪かったとしか言いようがないな。
しかしまだ得点は残っている。50もあれば、十分巻き返しは可能だろう」
「そうじゃなくてさー。あの子、予想外で混乱しがちだから……」
美来がニヤケながらそう話す。
ローレンスとキャサリンが首を傾げる中、梓睿は何かを思い出したかのように頭を抱えていた。
「面倒なことになりそうだな……」
「大丈夫大丈夫。あの子優秀だし、絶対合格するって」
「私は一般受験者の心配をしているんだ。こっちの苦労を考えて発言しろ貴様」
美来はケタケタ笑い、梓睿は書類を取り出す。
こうして、波乱と共に試験は始まった。
♢♦︎♢♦︎♢
「……あの子、なんでこれぐらいで死んでるのよ」
白髪の少女が、苛立ちを感じさせる声で呟く。
試験が始まったというのに、何もせずに突っ立っている。
彼女はただ静かに、刃昏に殺されたオレンジ髪の少女の死体を見つめていた。
「ソレぐらいの器だったってこと? 最悪なんだけど……」
独り言を呟き、苛立ちを誤魔化すように頭のゴーグルを弄る。
少し経った頃、彼女は髪の毛を掻きむしり思考を冷やす。
「……仲良さそうにしてたし、アイツの噂を知らなかったのかもしれない。
別にこれで合格できるかどうかが決まったわけじゃないし……一旦このことは忘れよう。
───はぁ……全く、最悪の気分ね……」
時間経過で消え始めた死体から顔を背け、ゆっくりと歩き出す。
その背中には、まるで彼女の感情に反応するかの如く、大きな
♢♦︎♢♦︎♢
「───ぷはっ!?」
目が覚める感覚と共に、エマは拠点のベッドに落下する。
柔らかく反発する素材のおかげで肉体のダメージはなく、数秒ほどで自身が生き返ったことを理解した。
「いってー!」「……わ?」「えほっごほっ!」
エマと同じく、刃昏に殺された受験者たちが続々と生き返っていく。
まるで肉体がそのまま転移しているかの如く、突然現れてはベッドに落下を繰り返す。
「……えっと、刃昏くんがやったんだよね? これ」
自身が死ぬ直前に何があったのか、朧げな記憶から思い出す。
刃昏に殺された、要は裏切られた。しかし裏切られたことに対する怒りなんてのは彼女にはなかった。
そんなことより、彼が裏切った理由の方が気になる。彼の話している内容に嘘があったようには感じなかったし、もしそうなら自分を裏切る理由はなかったはずだ。
しかし……
───他の人の出だしを遅れさせれば同じだよな───
「(う〜ん。多分それが理由なんだよねぇ……)」
どうして急に気が変わったのかはわからないが、おそらくその言葉が真実だろう。
彼は間違いなく、勝てる算段を見つけたのだ。
「……七突くんがいない。ってことは、彼は大丈夫だったってことかな。
生き返る人たちの中にもいないし、もうどっか行っちゃったっぽいね」
ベッドから起き上がり、装備を確認する。
新しくできた仲間と望むはずだった試験は、もう独りで進むしかなくなった。
頬を叩き、覚悟を決める。
「……OK。楽しくなってきた」
他の受験者たちがやっと動き出す中、彼女は独り飛び出した。
♢♦︎♢♦︎♢
「……遺物ゲット! ポイントはともかく、これ欲しかったやつだ!」
今にも倒れかけているビルの2階で、エマは錆びた歯車を掲げる。
一見すればガラクタのようだが、これでも
「これブーツに組み込んだら回転効率良くなるんだっけ。動きも速くなるし、欲しかったんだよね〜。
……まぁ、たったの10ポイントなんですけどね。なんでこう、私が見つける遺物は全部ポイントが低いんだろう……」
手袋から浮かび上がる、|合計ポイント:75(95)|と書かれたモニターを見て項垂れる。
彼女の現在のポイントが75。この歯車を含めた、現在保有している遺物を精算しても95ポイントとなる。いくら刃昏に負わされた-100ポイントのハンデがあるとはいえ、はっきり言って少なすぎるポイントだ。
……彼女のポイントがこんなに少ないのには二つほど理由がある。
一つ目は、一度殺されて出遅れたことで遺物が残っていないため。これは言わなくてもわかるだろう。
刃昏に殺され出遅れたため、近場の遺物はあの時生き残った受験者たちに奪われ尽くした後なのだ。死亡者の中では一番乗りで駆け出したとはいえ、その差は大きい。
───そして二つ目だが、彼女が外の人間であるためだ。
普段から未来技術に触れているTOKYOの住人と違い、彼女はあくまでも現代技術にしか触れたことのない外の人間だ。
この九日間で未来技術をたくさん見てきてはいるものの、暮らしてきた環境が違えば同じ物に対する認識も大きく違ってくる。彼女にとって珍しい技術は、ここの住人にとっては見慣れた技術なのだ。
そのため、『たいしてポイントにならない』『別に欲しくもなんともない』と他の受験者が切り捨てるような遺物を、そうとは知らずにわざわざ集めてしまっていた。
本来ならば美来が教えるべき内容なのだが、あの天才は“これが何に使われている技術なのか”は教えても“これがどの程度の価値がある技術なのか”は教えなかった。
要約すると、彼女の責任である。
「まぁ、まだ試験開始から20分ぐらいしか経ってないし……大丈夫でしょ。
あと何個か見つけたらとりあえず精算しに行───ッ!?」
腰の装置で歯車を回収しその場を離れようとした直後、突如としてビルが大きく揺れる。
ガクンと重力を感じる衝撃に、これはビルが崩れているのだと即座に気づいた。
「ッ───!!」
咄嗟のことに驚くが、すぐに反射をトリガーとしてブーツを起動し、重力操作を利用して窓から飛び出した。
思考は間に合っていなかったものの、肉体に学習させた動きのおかげで間一髪生き延びる。そのままビルの瓦礫に巻き込まれないよう、少し離れた場所に落下した。
身につけた服が衝撃を吸収してくれはしたものの、ビルが巻き起こす巨大な砂煙に巻き込まれてしまう。
「ちょ、待って待って!」
慌ててゴーグルを装着し、その場から立ち上がる。
ゴーグルが砂煙で隠れた景色を暴き、彼女に明瞭な視界を提供するのと同時に、明確な“脅威”を映し出した。
「ひぅ───」
命の危険を感じ、息がつまる。
死ぬこと自体は怖くない。しかし、死んでしまえば-100ポイント。現在のポイントが75なため、ここで死ねば即失格だ。
それだけはなんとしてでも避ける。彼女の思考に反応したのか、肉体は咄嗟に武器を取り出し、目の前の“脅威”を切り裂いた。
「オyz,イaH......」
「───っぶなぁ……」
まさに九死に一生。ビルが落ちていることに気づかなければ、窓から飛び出してなければ、ゴーグルを装着してなければ、武器を出してなければ、切り裂いてなければ……何か一つでも間違っていれば、彼女は死んでいただろう。
深呼吸をして落ち着き、たった今自分が切り裂いた物体に目を向ける。
そこにはボロボロになった人型の機械が転がっており、真っ二つに別れたことで機能が停止しかけていた。
「owイz-eM,ァdanU,kコnIs」
「……何言ってるんだろこれ。というか、真っ二つにされても壊れないってどんな回路してるの……」
外出身のエマにとっては至極真っ当な疑問を口にしつつ、トドメを刺すために剣を持って近づく。
放っておいても勝手に壊れるだろうが、この機械だって未来の技術が詰まった遺物の一つだ。もちろん持って帰れば評価対象となり、得点にプラスされる。
これを持って帰れば、とりあえず100点は越える。そう思い、剣を振りかぶろうとして彼女はあることに気づいた。
「このロボット……いくらなんでもボロボロすぎじゃない?」
彼女の言う通り、機械の装甲が受けている損傷は明らかに酷すぎる。
つい先ほど彼女が真っ二つにしたとはいえ、それ以外の攻撃は一切加えていないはずだ。なのに、機械には大きな凹みのようなものが複数確認できた。
それに思い出してみれば、この機械は何かに飛ばされてきたのだ。ビルが崩れた後にエマを押し潰さんと飛んできたが、残骸を見るにソレができるような機能はない。
ならば残りの可能性は一つ。この機械は誰かの攻撃を受けて───
「───待て。それは俺の獲物だ」
「やっぱり、いるよねー……」
背後から聞こえた声に、ため息を吐きながら振り返る。
そこには、機械を吹き飛ばし、ビルを倒壊させた元凶───巨大な
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