9話。13歳の受験者はかなり珍しい
「あら。なんとなくグループごとに分かれて集まってるみたいだね」
「……バラけてはいるけど、大体そんな感じっぽいね。
どれがDグループかわからないのが問題だけど……」
階段を伝い一階へ向かう中、大きな人の塊が形成されつつあることに気づく。
ただし完全に塊として分かれたわけではなく、所々小さな塊や塊ではないただの点も存在しているようだった。
「とりあえず、聞いてみればわかるかなぁ……」
「グループ探してる感じかな?」
「わっぁ!?」
背後から声をかけられ、エマが驚いて振り返る。
それに対し、七突は落ち着いた様子で声の主に話しかけた。
「先輩か……脅かすなよ……」
「おっとごめん! びっくりさせちゃったっぽいかもね。
グループ探してるみたいに見えたから話しかけてみようと思ったんだけど……」
「……まぁ、そんな感じだよ」
七突の言葉に対し、声の主は無駄にやたらと多い単語で言葉を返す。
正体を探るため、その姿を見ようとエマは顔を上げる。そこには、キラキラとした青白い髪の男がまるで二人に謝るかのように体を曲げて立っていた。
「あ、あの……」
「そういえば自己紹介! 俺は『フルミネ・ライデン』。皆ライデンって呼ぶよ。
七突は知ってるから良くて、君名前は?」
「あ、えと……私はエマって言います。ライデンさん……でいいのかな」
「別にいいよ。あんまり気にしないし!
……あ、そうだった。名前をどう呼ぶかは気にするつもりもないから別にどんなでも大丈夫だよ」
「ん……んん?」
エマの頭にそれはそれは大量の疑問符が浮かぶ。
このライデンとかいう男の奇天烈な喋り方に思考が取り憑かれ、思わず彼女の考察癖が発動してしまった。
「(どうしてわざわざ難しい言い方に言い直したんだろう……言い直す前は普通の喋り方───いや違った。師匠がそういう話し方するから忘れてたけど、文章をすっ飛ばして複数の言葉に要約する話し方だったな。ただ師匠とは違って、相手の理解レベルに合わせるような使い分けはしない……あ、いやわかった。本人なりに相手に伝わるように頑張った結果が“アレ”なのか)」
「……ごめん、この人は───」
「大丈夫。大体わかりました!
それじゃライデンさんって呼ばせてもらいますね!」
「お───おぉ! 了解だぜ!」
流石と言うべきか、エマは記憶の中にある情報から関連事象を探し出し、パズルのように組み合わせることで彼の不思議な喋り方の正体を導き出した。
ただ記憶するだけではなく“学習"しているからこそ成せる、特殊な体質を持つ彼女ならではの技に七突とライデンの二人は驚きをあらわにする。
「それで、エマは七突もグループを探してる感じ?」
「まぁ、そうですね。私たちと同じDグループの人を探してます」
「Dならあそこだよ。俺はAだから、頑張ってきな!
……あ、俺はAグループだから、別々だけど頑張ってこいよ!」
「ありがとうございまーす!」
「……ありがとう」
二人にグループの場所を教えた後、ライデンは他の迷っている受験者をグループの元へ案内するため、人混みに消えた。
「良い人だね〜」
「そうだね……それにしても、今のよくわかったね。
俺はアレを理解するのに数ヶ月はかかったんだけど……」
「う〜ん……師匠に学ばされたから、かなぁ?」
首を傾げつつ、エマは苦笑する。
唐突な喋り方そのものは美来で慣れているとはいえ、そこまで理解できたのは彼女の体質あってのものだ。もちろん、それを踏まえた上でその体質を活かせるように特訓を重ねたため、彼女の言っていることは間違いではない。
しかし、その事情を知らない七突にとっては不思議であることに変わりはない。未だに疑問の残る目で彼女を見ていたが、それもすぐにやめた。
「……それじゃ、Dグループのところに行こうか」
「りょーかい!」
七突が親指でDグループの集まりを指さす。
二人がグループに近づくと、その中にいる様々な受験者が見えてくる。
「おぉ〜……色々な人がいるねぇ」
「……そうだね。なんか巨大なゴーレムみたいな見た目の人もいるし、機械の翼を生やしてる人もいるし……アレは十六型かな?
……ただやっぱり、年上が多いね。俺たちは珍しい方だし、当然といえば当然なんだけど……」
「ほえ〜……あ! あの蜘蛛みたいな脚してる子、受験者だったんだ!
私達ですら珍しい方なのに、あの歳で試験を受けるとかすごい天才なのでは……。
……よし、話しかけてみよう! そこの君〜!」
「あ、ちょっ……」
七突が止めるのも間に合わず、エマが白髪の少女に話しかける。
“天才かもしれない”と感じた瞬間に我慢が効かなくなるのは美来と出会った時から変わっていないようで、エマは彼女の冷ややかな目線に気づかず笑顔で声をかけた。
「……何?」
エマの笑顔を見るや否や、少女の冷たい目に炎が籠る。
無表情は一瞬にして刺々しいモノへと変化し、容赦無く突き放そうとする。
非常に明確な敵意を感じる顔に、さすがのエマもマズいと気づく。だが、自分から話しかけてしまった手前、引き攣った顔になりつつ言葉を続けた。
「えっと、君もDグループだよね? そんなに若そうなのにすごいなと思って……」
「15」
「え?」
「15歳よ。身長130cm代で悪かったわね」
「え───年上だったの!?」
「……だから言おうとしたのに」
七突がため息を吐く。
機嫌が悪そうに歯軋りする少女と驚いた顔で固まるエマを見て、気まずそうに彼女の解説を切り出した。
「……この人は『
……探検家になる前から異名が付けられてることからわかると思うけど……天才だよ。一部じゃ有名なぐらいに」
「ご丁寧に解説ありがとう。表立っての活動はしてないから私のことを知らないのも無理はないけど、そこの貴方、私のことをこの人に解説させておいて名前も言わないのは失礼じゃないの?」
苛立ちが隠せてない声で凄まれ、エマは姿勢をただす。何かドス黒い
「あ、えと、エマです。まさか年上だとは思わなくて……」
「別にいつものことだし、気にしてない。うざったいし敬語も使わなくていい。でも仲良くするつもりはないから、それじゃ」
それ以上会話したくないとでも示すように、言うことだけ言って彼女は離れていった。
明確に拒絶されたことが初めてなのか、エマは訳のわからない顔で立ち尽くす。
「……気にしないでいいよ。あの人、誰にでもあんな感じだから」
「そ、そうなの?」
「うん……今日は特段怖かったけど、あの人も試験で緊張してるのかもしれないし……」
七突が慰めるように百蟲のことを教え、それを聞いて安心したのかエマの顔に落ち着きが戻る。
しかし、それを見ていた七突の頭には別の疑問が浮かんでいた。
「(百蟲が自分から相手の名前を聞こうとするなんて、想像できなかったな……あれはどう見ても黒緑色だったし、正直……以外……)」
「あ〜らら。振られちゃったね〜?」
「え?」
「どーも。びっくりした?」
突然、誰かが二人に話しかけてくる。
エマたちが振り返るとそこには、紫の線が入った黒ジャケットを着た少年がこちらへ笑いかけていた。
「初めまして。俺は『
君たちと同じDグループさ。君たちの名前は?」
「エマって言います」
「溝杭七突……」
「エマちゃんに七突くんね。よろしく」
刃昏は手を振って明るく振る舞う。
彼は周りを見渡した後、二人の方に向き直して小声で囁いてきた。
「なぁ……あーいや……いやでも……いや仕方ないか……ええと───ちょこっと提案なんだけどさ。
……試験、協力しない?」
「え!? ……別にいいですけど、どうして急に?」
「あ、敬語じゃなくていいよ〜。堅苦しいのは苦手だからね、俺。
それで協力の件なんだけどさ……正直俺の得意分野じゃキツイの、試験」
「はぁ……?」
「俺の得意分野は隠密&サポート。隠れつつサポートして、相手が回収し忘れたものからおこぼれを貰う感じなんだ。
何人にも協力を申し出たんだけど、まぁ案の定断られちゃってさ。もう君たちぐらいしか頼れる人がいないんだ……他の人はABCのどれかのグループだし、頼ることもできないし……」
今にも泣きそうだと感じるほどに悲しそうな顔を見せ、刃昏は二人を頼ろうとする。
そのあまりの切迫した顔に、二人は彼のことがなんだか可哀想に思えてきた。
「えと……まぁ、いいよ! 仲間が増えるなら大歓迎だし!」
「本当? 助かる!」
刃昏が心底嬉しそうに顔をあげる。
おそらく、頼れる存在がいなくて不安だったのだろう。やっと仲間ができた安心からか、これまでにない笑顔で笑い出した。
「……
「うん。だって、悪い人には見えなさそうだし」
「……まぁ、それには同感
(なんだかんだ、色も明るいしね)」
七突は少し彼を観察した後、大きく息をついて顔を上げた。
「……わかった。いいよ、一緒に頑張ろう」
「ありがとう! いい感じに掻っ攫うからよろしくな」
「こっちこそ、よろしくね」
「……やっぱ間違いだったか? これ」
少し不安は残るものの、三人は試験に向けての準備を終える。
三人が仲良く談笑する仲、Aグループの試験開始を予告するチャイムが鳴った。
♢♦︎♢♦︎♢
「どーもー! お邪魔しまー!」
「邪魔をするなら帰れ」
「嫌だね。私は邪魔をする」
青白い蛍光灯が光り輝く白い部屋にて、黒髪の天才と白髪の試験官が言葉を交わす。
お決まりの冗談───彼にとっては本気───を無視してねじ伏せ、黒髪の天才『美来』は用意された椅子に偉そうに座り込んだ。
「ん〜おかえり〜。今日の
「おはよ、キャサリン。今日はザラメ(単体)だよ。あと頭に何かしないで。なんなのそれまた新しく作ったでしょもー!」
「バレたかー」
キャサリンと呼ばれた女性が、美来の頭に取り付けようとしていた機械をしょぼくれた顔で仕舞う。
「相変わらず元気そうで何よりだな。最近は顔出してなかったみたいけど、心配しなくて良さそうだ」
「うん。エマちゃ……弟子の特訓に付きっきりだったからね。休んでたよ」
「聞いた聞いた。まさかお前が弟子をとるとは思わなかったよ」
「私も変わるよ」
「じゃあその遅刻癖は変わるんだよな?
もうCグループ終わったとこなんだけど」
「ラリー。黙れ」
「随分ストレートな暴言だなお前!? あと仮にも年上、それも32のおっさんを愛称で呼ぶんじゃないって前から言ってるよな!?」
ラリー(本名『ローレンス』)の叫びを無視するように、美来はザラメの袋を開ける。炭酸水入りのペットボトルを机に置き、あっという間に自分の
「今年はいたー?」
「……確かに、試験官としてお前たちに課している仕事は“有望株の飛び級相談”であって一般の受験者は関係ないのだが……だからと言って有望株の話だけを聞きにくるやつがあるか普通」
「後で見返すよ? ちゃんと若手の育成はするし。まぁ私なんだけど」
「……この会話も何度目かわからんな。どうせ不毛な話になるからそれは置いといて、有望株のおさらいをするとしようか」
呆れたような、もしくは既に諦めたような顔で梓睿は腕時計を起動する。
指を動かしホログラムを空中に投げ、受験者たちの情報を展開した。
「Aから見ていくぞ。まず一人目、『フルミネ・ライデン』。
使用している戦術は雷化。体の一部や全身を雷に変換することで高速移動しながら攻撃できる、というものだな。
そのあまりの速さに、普通なら事前に軌道を設定する必要があるが……彼の場合は持ち前の処理能力を駆使することである程度の速度までなら移動しながらの軌道変更が可能となっている。
髪の毛や服の色は雷の状態と一致する色に変化するらしい」
「ほぇ〜。面白い髪の毛してるね」
「そして次。Bグループの受験者、『カルリト・フィエント』だ。
天才的な運動神経と、まるで風のようにも感じるあの動き。鎖を生成・分解する装置だけで戦っているのは素晴らしい才能だと言えるだろう。
時折発生する風に関してだが……すまない、これに関しては謎だ。まぁしかし、風に関しては着地の補助程度にしか使っていないらしいから、あまり考えなくていいだろう。
次にCグループの受験者、『ニケ・ヴィオレンティアム』。
彼女に関しては……一言で例えるなら、“暴力”だろうな。
正直、Cチームは彼女の戦いっぷりに慄いたのか全体的に点数が低い。あそこは後で追試のチャンスをあげてもいいかもしれないな……」
「そんなヤバいの? 具体的には?」
「一撃で暴走ロボを吹き飛ばし粉微塵にした。逃げることを前提として用意したボス機体のはずだったんだがな……」
「え、アレ私でも倒すのに数分かかるよ?」
「まぁ、そもそも普通なら倒すのに一時間は余裕でかかるはずなんだがな。生粋の天才が数分かけるモノを一撃だから、只者じゃないぜ」
ローレンスが肩をすくめる。
その光景を実際に見たからか、美来以外の三人は全員が乾いた笑みを浮かべていた。
「それにしても、今年は多いねぇ」
「ほんとほんと。よくバラけたねー?」
「まぁ、操作しているからな。遺物を総取りするようなことになっては、一般の受験者が合格できん。
逆にいえば、遺物を総取りしない場合は天才同士が同じグループになることもあり得るがな」
「陰謀だぁ……」
「なんとでも言え。私はこれが最適解だと思って実行している。
過度に殺し合わないようにして、未来の芽を潰さんように気を遣っているんだ。
……まぁ本音を言えば、彼らには思う存分殺し合って欲しいんだがな」
「あらー。意外と野蛮な趣味を持ってたり〜?」
「そういう話ではない……彼らには仲間を多く作って欲しい、という話だ。
探検家にとって殺し合いはつまり自己表現でもあるからな」
「それは確かにそうだな……」
ローレンスが重く頷いて同意する。
梓睿の言う通り、探検家にとって殺し合いとは重要なコミュニケーションの一つだ。
己の才能や好きなことを存分に使った戦術で戦い、「自分はこんな人間だ」とアピールする。互いに自己表現を行い、命を懸けたやりとりの中で相手を理解する。
不良が喧嘩を介して互いを認め合うのと同じだ。だからこそ、奪い奪われの争いを行っても彼らは仲良く暮らしているのだ。
……その証拠に、今は仲良く軽口を叩き合っている美来たちですら数千回は遺物の奪い合い=殺し合いをしている。
「それでそれで、次はDでしょ?
誰か有望株は?」
「三人いる。急遽ねじ込まれたエマを含めれば四人」
「……多くない? バランス操作は?」
「これも考えてのことだ。一人問題児がいるからな……交戦的な一人を問題児とぶつけて一般受験者に被害を及ぼさないようにする魂胆だ。
もう一人は確かに天才だが、試験にはあまり積極的じゃない。放っておいても遺物を取りすぎることはないだろう。エマに関しては仕方ない。急だったから調整が間に合わなかった」
「なるほどね〜。
……あ、そろそろDグループか」
試験の開始を予告するチャイムが鳴る。モニターを仮想世界に切り替え、試験会場に入ってきたDグループを空中に映し出した。
「あ、友達できたんだ。早いね〜」
「うるさくするなよ。気が散る」
「はいはい。
……ところで、その問題児って?」
「頭が良く、人当たりも良い。戦闘センスも高く、直感が鋭い」
「問題なくない?」
「それだけならな……
彼の場合、あまりにも突発的すぎる。直感が鋭過ぎて、思いついたことをすぐに実行に移してしまう。
普段は理性でストッパーをかけてるみたいだが……未来では制約がないからな。おそらく、試験開始時にやらかすだろう」
「ありゃりゃ……面白い?」
「あぁ、
モニターを見る梓睿の口角が上がる。それを見て、他の三人は呆れた顔を見せた。
♢♦︎♢♦︎♢
「んじゃ、試験の作戦はこう。
一、七突とエマで遺物を集める。
二、俺がそれをサポートする。
三、最後に山分け。
異論はないな?」
「オッケー!」
「問題なし……」
Dグループの全員が仮想世界に入り、それぞれ気を引き締める。
試験開始のアラームが鳴るのを、今か今かと待っていた。
「……拠点を出た瞬間、全員敵同士だ。
周りには警戒しときなよ」
「「了解」」
三人が作戦会議を終え、出だしで遅れないように構える。
間も無くして、試験開始を合図するアラームが鳴った。
「よし、まずは三人で……あ、いや。思いついた」
「……? ───!」
試験開始と同時に走り出そうとして、七突が気付く。
「(色が変わった……ッ!)」
直前までは感じなかった、明確な殺意。
ソレと同時に、光るナニカが動き出すのが見えた。
突然のことに他者へ伝える余裕もなく、即座に回避姿勢をとる。
「(マズった……他の人全員に断られるってことは、それだけの理由があるって可能性を除外してた……!)……チ───ッ!」
「要は出だしが早けりゃいいわけだ。他の人の出だしを遅れさせれば同じだよな」
♢♦♢
「そういえば、有望株たちってどの子ー?
そんなに言うなら気になるし、見ておきたいんだけど〜」
「私も気になる。エマと出会うかもだし」
「まぁ、俺も気になるな。わかってたら点数もつけやすいだろ?」
「ん? そうか。確かに教えておくのがいいだろう。
背中から蜘蛛みたいな足が生えてるのが一人目。まぁ知っての通り『常世百蟲』。二人目は帽子に赤マフラー、黒マントを着た少年の『溝杭七突』。三人目がオレンジ色の髪をした美来とペアルックの少女、『エマ・レリック』。そして問題の四人目が、紫の線が入った黒ジャケットを着た少年───
───『巳鷺刃昏』だ」
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