第二章『就職試験』
8話。最前列で見る映画は首が痛い
───試験当日、『中央第八仮想世界実験場』にて
「お、大きいですね……」
「まぁ中央だからねぇ。多分二百人近くが受けるだろうし」
大きな建物を見上げるエマと、その前を美来が歩く。
すっかり手に馴染んだ双剣を背に担ぎ、強張った足取りで美来を追いかけた。
「ここで試験を受けるんですよね」
「そうだね。中央だから使われがちなんだ。
特訓も頑張ったしいけると思うよ」
「そうだといいんですけど……」
エマが不安そうな顔で回想する。
遺物を探す特訓、対人戦の特訓、生き残るためのサバイバル特訓、巨大ロボットから逃げる特訓、死に慣れる特訓……。
様々な特訓をさせてもらい、体質を活かして色々なことを覚えた。それ自体に不安はなく、むしろ自信を持つことができている。
それよりも不安なのは、試験の内容を教えてもらっていないことだ。
「あの、結局内容わかんないままなんですけど……本当にこれでいいんですか?」
「ん〜? 大丈夫だよ。それより他を覚えるのがお得なの。
そんな難しくないし、当日説明されれば十分だもん」
「ならいいんですけど……」
若干の不安を残しつつも、エマはそれ以上の追求をやめて周りの観察を始めた。
なんだかんだ、彼女も肝が据わっている。
「そういえば、試験の手続きとかって……」
「終わらせた。というか、建物入ったら自動的にだね。
前準備は必要だけど、諸々の面倒ごとは“忌々しい”知り合いに頼んで解決済」
「あ、ありがとうございます……。
それにしても、建物に入るだけで試験前の手続きが終わるって、やっぱり未来技術ってすごいですね」
「そうだね。慣れてるけど、確かにすごく見えるね。
こっちじゃ現代技術みたいだけど」
エマと会話しつつ、美来は監視カメラに向かってピースをしている。
側から見れば意味不明な行動だが、美来の行動には全て何かしらの意図があることを、エマはこの九日間で学習していた。
「よし、それじゃ会場はあっちだね。私は待人がいるからそっち行ってくる。
試験、頑張ってね!」
「あ───はい!」
美来のピースに反応したのか、監視カメラのライトが小さく点滅する。
それを見るや否や、美来はエマに手を振って建物の奥へ歩いて行ってしまった。
「……よし」
相変わらず唐突に動き出す美来を見送り、エマは会場に向かう。
ホログラムでデカデカと『試験会場入り口』の文字が浮かんでいるドアを開け、モーターやホログラムの音が鳴り響く巨大な空間に足を踏み入れた。
「うわぁ……きれっ───!?」
「おっさきー!」
思わず景色に見惚れていたところに、突然風が割り込んでくる。
驚きと風圧でドアぶつかるエマだが、その風はエマを無視して会場へ入っていった。
「いっ……たた。なにいまの……!?」
エマが驚きの表情で風の正体を探す。
先ほど聞こえた声を頼りに、エマは遥か高所に位置する巨大な天井を見上げる。そこには、天井から伸びた鎖を掴み飛び回る、風の正体───少年がいた。
「よっ───と、到着!」
緑色の髪をした少年が鎖から手を離し、落下するように着地する。
着地の瞬間、突風のようなものが巻き起こり少年の体を支えた。
「ふぅ……やっぱ風はきもちーな!」
「コラー! 危ないでしょカルリト!」
「うわでた。別にいーだろこのぐらい」
「あそこであの子が扉を開けてなかったらぶつかってたよ!」
「元々止まるつもりだったし、別に問題ないだろ。というか、俺のこと舐めすぎ」
「なにおーう!? 私は心配してるんだぞー!」
少年が着地した直後、これまた緑色の髪をした少女が現れ少年を叱る。
言ってることは真っ当だが、あくまでもその内容が“少年の安全”であり自分にかけた迷惑には一切触れていないことにエマは気づいた。
「(まぁそんなことはどうでもいいや。それより、今の風って機械がやったものじゃないよね? いや見た目でわからないだけで機械なのかな?
というか、この会場に来たってことはあの人も受験者ってことなのかな。個性豊かな人たちが集まるとは師匠も言ってたけど、色々な人がいるなぁ……)」
相変わらずと言うべきか、彼女は怒りや困惑などの感情よりも先に興味が湧いてしまうようで、その興味の対象は試験会場に集まった受験者たちの方に向いたようだ。
「ほぇー……」
「……あの」
「……? ぅあ! すいません!」
受験者たちの観察をしていたところ、後ろから声をかけられ自分が道を塞いでいたことに気づく。
「ご、ごめんなさい! ちょっとぼーっとしちゃって」
「いいよ、別に。気持ちはわかるから」
お辞儀しながら謝るエマに対し、声の主である帽子を被った少年は冷静に彼女を宥めた。
彼なりに彼女を気遣ったのだろうが、お互いにそれ以上の反応を返せず、二人の間に気まずい空気が流れる。
「……もしかして、試験を受けに?」
「そうだよ。君もでしょ?」
「うん。まぁ、今日ここに来る人のほとんどは同じだろうけどね」
空気を変えようと、エマが話を切り出す。
一方少年は、帽子から突き出たアホ毛を揺らし周りを見渡していた。
「それにしても、いろんな人がいるよね。
鎖でターザンして風を使う人もいたし、なんならその人とぶつかりかけたし」
「……あぁ、外で見たよ。空中に鎖を作り上げて、それで飛び回ってたね。
まぁアレはだいぶ珍しい方だとは思うけど……」
「あぁ、やっぱりそうなんだ」
「うん……そういう君も珍しい装備してるね。
そんな多機能な服、なかなか見ないよ」
「え、これ? 確かに多機能だけど……
……うぁ、思い出したら頭こんがらがってきた」
初日に美来の羅列していた機能を全て同時に思い出し、また限界を迎えかける。
頭を抱えて壁にもたれかかるエマを不思議そうに見ていた少年だが、せっかくの流れを途切れさせないよう、話を続けることにした。
「……その服、もしかして特注品?」
「え? いや……あーそうとも言えるかも?
この服、師匠のお下がりだから……多分、師匠が弄ったんだと思う」
「師匠が? ……すごいね」
「あぁいや、多分だよ? あの人ならできそうって話だし……」
「弟子にそう言われるってだけで、すごい人なのは伝わるよ……。
……それじゃ、試験の方も自信あり?」
「いや……試験内容を教えてくれなかったから、それだけ心配なんだよね……」
「……そっか」
苦笑するエマに対し、少年はただ相槌を返す。
一瞬ほど時計を確認し、エマを導くように手招きした。
「……ちょうど、今から試験内容の説明が始まるところだ。
ほらこっち。ついてきて」
「え、あ、ありがとう!」
思わぬ親切に感謝し、エマは少年の後を追った。
♢♦︎♢♦︎♢
「……ここなら見やすいかも」
「おぉ……!」
少年に導かれるがまま、エマは少し離れた二階席に辿り着いた。
やはり、ステージに近い方が人気もあるのか、一階に比べると空いている。
「空中に大きく映し出されるんだけど、一階だと実は見えづらいんだ。
……先輩の試験の様子を見たことあるからわかるけど」
「そうなんだ……本当にありがとね! ……えっと?」
「『
「七突くんね。ありがとう!
……あ、そういえば私も自己紹介まだだった。
えっと、私はエマ。同じ受験者同士、よろしくね」
「ん。よろしく、エマさん。
……あ、そろそろ始まるみたいだ」
七突が言うのと同時、ステージに白髪の男が歩いていくのが見える。
白衣を纏ったその姿は見覚えがあり、エマはその正体にすぐ気づいた。
「そっか。梓睿さんの魔術、確かに試験官向きだ……」
「……もしかして知り合い?」
「あ、うん。師匠の友達……かな?」
「なんで疑問系……?」
[あー。聞こえてるな、よし」
二人が話していたのも束の間、ステージに到着した梓睿の声が会場全体に響く。
目には見えないが、耳元で透明の何かを調整しているのが遠目でもわかった。
[私は試験官の梓睿だ。長々とした話は必要なくつまらん、ここでは省こう。
忘れている者もいると思うので、今より試験内容のおさらいをする]
梓睿が指を鳴らすと、音に合わせるようにモニターが浮かび上がる。
一階で話を聞いていた者達が首を痛め見上げる中、二階席のエマ達は快適にモニターを見ることができた。
「七突くんの言う通りだったね……一階にいたら首痛めてたかも」
「……そ「よっ───と! こっちのが見やすいな」
七突の言葉を遮るように声が聞こえる。
鎖の擦れる音と共に、風を巻いて少年が現れた。
「びっくりしたぁ……!」
「はっ、ごめんな! 下じゃ見えづらかったからさ!」
そう言いつつ、少年は鎖から手を離す。
エマ達が口を挟む暇もなく、鎖が霧散するのと同時、梓睿が説明を始めた。
[試験の内容は簡単だ。それぞれ、未来を想定して再現した仮想空間で遺物を集めてもらう。
制限時間内に集めた遺物の数とランクで相対評価を行い、一定以上の評価を持つものが合格……という流れだ。
ちなみに遺物はシミュレーションではなく本物なので、ここで回収した遺物は各自持ち帰ってもらって構わない。そして勿論、殺し合い奪い合いも許可しよう]
「あ、殺し合いもアリなんだ……」
「……まぁ、実戦に近い状況で試験するってことだろうね。
それなら死ぬことにもデメリットがありそうだけど……」
やはり外とは常識が違うのか、文句は聞こえても殺し合いに驚きを示すような発言は聞こえてこない。
エマもこの九日間でこの街の常識を叩き込まれたためもう驚かないが、それでも少し違和感は感じる。ここで生活する内に慣れるだろうが、今はまだ仕方ないだろう。
[しかし、ただ遺物を探すだけでは試験にならない。知っての通り、未来では暴走した機械や独自進化した凶悪な野生動物が当たり前のように存在する。
勿論、それを再現した存在がシミュレーション内では登場する。殺せばいい遺物が手に入ることもあるが、それは必ずではない。戦うかどうかは君たちの自由だ。
手に入れた遺物に関しては、遺物を持ったまま拠点まで戻ってくると評価点に加算される。拠点の外で死亡した場合、遺物はその場でばら撒かれる上、評価点がマイナスされる。評価点が0になった場合はその時点で失格となるため、こまめな回収をするように注意しておこう。
───試験内容に関しては以上で終わりだ。要は“遺物を回収したらプラス、死んだらマイナス。その他は完全に自由”ということだな。いざという時は各自の所有している端末で確認も可能なので、そっちを参照するように。
それでは今より10分の自由時間とするが、試験の方はA〜Dの四つのグループに分かれて順番に行ってもらうため、今のうちに自分のグループを確認しておくことをお勧めする。
……私からは以上だ。励みたまえ]
一言そう残し、梓睿はステージから降りる。
自由時間開始のチャイムが鳴り、受験者たちは自分のグループを確認して移動を始めた。
「……まぁ、こんな感じだよ。去年までと大体一緒だね」
「そうなんだ……思ってたより難しくなかったね。
合格点とかはどうなってるんだろ」
「その辺は端末に送られたデータに書いてるはず。
……300点以上で合格だね。最初の点数は150点で、死亡すると-100点」
「なるほど。えーっと、制限時間は2時間……わ、思ってたより長いね。四つのグループで順番って言ってたけど、これじゃ全員分終わるのに8時間ぐらいかからない?」
「中の人が感じる時間と外の人が感じる時間は別々だよ。
……ほら、開始時間と終了時間が20分ずつになってる」
「本当だ! ……あ、そういえば師匠も特訓の時はそんな感じのことしてたっけ。
それじゃ、試験自体は80分で終わるんだね」
「そうだね。あとはグループの確認だけ……」
ルールの確認を終え、二人はグループの振り分けが記載されている項目を探す。
「私は……Dグループか、順番的には最後だね。
七突くんは?」
「……俺も同じだった。Dグループ」
「おぉー! 同じグループに知り合いがいて助かった……!
試験でもよろしくね!」
「……ん、こっちこそよろしく」
もうすっかり友人のような態度で接するエマに、七突は少し戸惑いながらも頷く。
七突は目元を隠すように帽子を深く被り、マフラーに顔を
「よし、それじゃDグループの人を探しに行こう!
今のうちに皆の顔も見ておきたいし!」
エマが椅子から立ち上がり、大きく背筋を伸ばす。
七突が驚いて顔を上げるが、エマの笑顔を見て小さく笑った後、すぐに彼も立ち上がった。
「……俺も行く。今のうちに仲良くなっておけば、協力できるかもしれないし」
「! ……それじゃ、早速行こう!」
エマが走り出すのを、慌てて七突が追いかける。
仲間を探して、二人は一階へ降りて行った。
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