7話。試験勉強

「『浪漫』……ですか?」

「うん。未来探検家に必要な心の発電機。

 誰もが秘める感情モノで、「知りたいことを知りたい」「見たことのないものが見たい」「楽しいことがしたい」って様々だけど……それがあるから未来探検家は未来に駆けるんだよ。浪漫の塊だからね」

「そうなんですね……なるほど、浪漫……」

 エマが胸元で手を握りしめる。

 先ほどまでの苦しい気持ちではなく、溢れ出そうな熱い気持ちがそこにはあった。

 文字通り、ような清々しい気分を感じる。

「そして、自覚するのが第一歩だよ。

 普通に言っても理解は難しいから、実戦を見せることにしたんだ」

「……ありがとうございます!」

 エマは満面の笑顔で勢いよくお辞儀する。

 数年間ずっと感じていたモヤの正体がわかり、嬉しい気持ちで一杯なのだ。


「あと、親を探すって話だけど。こっちも今なら答えは変わったかな?」

「あ───」

「心配しないでもいいよ。未来探検家は自己中なヤツの集まりだから。

 じゃないと、いくら死なないからって報酬の奪い合い、もとい殺し合いとかしないでしょ」

「あはは……」

 未来探検家の野蛮な内情を聞き、エマは苦笑する。

「……でも、そうですね。確かにそれなら私も好きにしていいんですよね。

 なんか少しだけ吹っ切れました。両親のこと、探したいです!」

「よしきた! いい感じに吹っ切れた眼になったね!

 それでこそ教え甲斐があるってものだよ!」

 先ほどよりも全然いい笑顔になったエマと、それを心から喜ぶ美来。

 それを若干呆れた目で見つつ、梓睿は黙ってその場を離れた。



♢♦︎♢♦︎♢



「うんうん。似合ってるねー! サイズ一致しててよかった!」

 美来のようなコート姿に着替えたエマを見て、美来がVサインを送る。

 この服は美来が腰の装置から取り出した物で、昔美来が着ていた服だ。

「お下がりとはいえ、お墨付きだよ。

 武器は流石に試してだけど」

「ありがとうございます。

……あれ? なんか上着だけ新しめですね」

「あぁ、それは梓睿のヤツが───」

ーーーーーーーーーー

「あの子に服を渡すならこっちにしろ。こっちのが“一回り大きい”」

「見た目的には変わらないけど?」

「解析してそう判断した。これに関しては私の方が上だ」

「まぁ確かにそうだけど……はいはい、言わないってことはあるんでしょ。わかったよ。こっちね」

「あぁ。必ずそっちにしろ」

ーーーーーーーーーー

「───ってな感じで」

「……なるほど? まぁ、あの人が解析した結果なら多分大丈夫ですよね」

「だね。言い方はたまにキツいけど、中身いいからね。頭もいいし。

 武器の方は最初からお願いしてたぐらいだし」

「そうなんですか?」

「うん。試験も近いから、早く選んでほしくてね。信頼できるからお願いした」

「ほへ〜……ん? ?」

 エマが首を傾げる。

「そ、試験。

 見習生が正式に認められるために必要で、受けてないと未来行けないんだよね。

 法的には勿論、いくら死なないとはいえ危険だし」

「なるほど確かに。

 ところで、その試験っていつなんですか?」

「んーと、九日後」

「……それまでに間に合いますかね」

「エマなら大丈夫だよ。

 ただ、時間がないのは間違いないからね。早速、色々試そうか」

「あ、わかりました!」

 美来が透明な箱に入り、エマもそれに続く。

 先ほどの戦いの時と同じく、荒野に所々ビルが立っている開けた空間を二人は歩いて行った。




「よし、ここら辺なら暴れても大丈夫だね」

 少し歩いたところで、二人は立ち止まる。

 ビルが円形に並んでいる広場のような空間で、美来は“武器”を取り出した。

「双剣……?」

「いえす。でも普通じゃない、変形するよ。

 色々対応できるから、その体質に合ってると思うんだけど」

 肘から先の腕と同じ大きさはありそうな双剣を片手で回しながら言う。

 もうこれぐらいの異常は慣れたモノだと、エマはその光景よりも彼女の言葉に疑問を覚えた。

「私の体質……って、なんのことですか?」

「あれ、自覚なかったんだ。

 エマは物覚えいいでしょ? 普通の人よりも格段に」

「まぁ、確かに人よりは覚えるのが早いと思いますけど……そんなに珍しいことですか?」

「うん。覚える能力は勿論、応用の能力もね。

 目の前の出来事に素早く適応できる、そういう体質だよ。

 人呼んで、『強化高速学習』」

「強化高速学習……でも、そんな凄いモノには感じないですけど……」

「まぁ、体質だからね。捉え方は人それぞれ。

 それはそれとして、どうせなら活かす武器がいいよね。この武器は便利で使いやすいし。まぁちょっと重いんだけど」

「うわほんとだ。ズッシリきますね。

……あれ? でも動かすのに苦労は少ない?」

「それは服が補助してくれてるからだよ。他にも色んな機能があるけど」

「ほへ〜……どんな機能があるんですか?」

「ん〜? そうだね、色々あるから聞かなくても別にいいけど……


───ブーツには簡易重力操作、高速回転機構、スパイク、筋力増強、姿勢補助、衝撃緩和、肉体同調、撥水加工、ゴーグルには空間解析、自動多重演算、属性把握、因果律予測、思考明晰化、AR展開、手袋には部分摩擦強化、モニター表示、モニター空間操作、精密操作補助、保温機能、耐熱機構、衝撃緩和、撥水加工、筋力増強、肉体同調、コートには姿勢補助、熱操作機構、耐熱機構、衝撃緩和、撥水加工、抵抗減少、自動軽微修繕、肉体同調、シャツには衝撃吸収、耐熱機構、保温機能、撥水加工、肉体同調、筋力増強、神経回路操作、身体保護、自動軽微修繕、ズボンには肉体同調、衝撃吸収、耐熱機構、撥水加工、自動軽微修繕、神経回路操作、保温機能、耐熱機構、筋力増強、衝撃吸収───


───とまぁ、こんな感じかな?いくつか言い忘れもあると思うけど、大体これでいいと思うよ」

「えと……ありがとうございます」

 エマが若干パンクしかけている思考でお礼を捻り出す。

 美来の言った、上記の機能を全て覚えてしまったがために脳が熱くなったのだ。

「ほとんどはパッシブだから実感ないし、気にしなくていいよ。

 能動的に使用するものも一回で全部の必要はないし。少しずつ試そうか」

「は、はい……」

「……よし。今のはミスだったな。知ってたのにこれは申し訳ない。

 そうだね……とりあえず、一旦脳を空っぽにしようか! まずは体の動かし方から覚えよう!」

 責任を感じているのか、限界を迎えているエマがこれ以上思考しなくて済むよう、まずは簡単な特訓から始める。

 エマも少し放心しつつ、美来の言うままに動き出した。



♢♦︎♢♦︎♢



「さて、後のことは任せといていいだろう。

 私は……研究を進めるとしようかな」

 梓睿は透明な壁越しに特訓している二人を見て呟く。

 椅子に座った彼はコーヒーを手に取り、研究資料に目を通した。

 未来探検家である前に研究者である彼は、技術の発展と人類の消滅に関して研究する義務があるのだ。


「やはり、物理法則に異常はないな。どちらかといえば、魔素法則に一部異常が見られるといった感じか。これまでのパターンからかんがみるに、あの世界の魔素法則が異常を起こしていると見るのが妥当だな。異常内容が詳しくわかるまで、魔術関係での使用は控えた方がいいだろう。

───君はどう思うかね? 『昆蟲図鑑』くん」

「……別になんとも。魔術に関して私は疎いので。貴方が思った通りにすればいいんじゃないですか?」

 部屋の入り口から、梓睿の質問に答えを返す少女の声が聞こえる。

 背中から蜘蛛の脚のような機械が伸びているその少女は、白い髪を揺らして梓睿に歩み寄った。


「仮想世界の使用がしたくて来ました。使用できますか?」

「あぁ、別に構わないが……一部区画は貸切だ。使用するなら、そこは避けるように頼む」

「貸切……? 一体誰がですか?」

 『昆蟲図鑑』と呼ばれた少女は首を傾げる。

 それと一緒に背中の脚が不思議そうなポーズを取るが、梓睿はそれを気にも留めず、透明な壁の方に指を差した。

「あれは……美来さんと───誰?」

「弟子だ。彼女の」

「弟子? 冗談はやめてください。あの人が弟子なんかとるわけありません。

 そもそも、あの人についていける人なんかいないでしょ」

 少女は少し苛立ちも感じさせる、呆れた顔でそう言った。

 そしてやはり背中の脚も呆れたポーズをとっており、彼女の心情と同期していることがわかる。

「残念だが本当だ。少々特殊な事情があってな、彼女も喜んで師匠をやってるよ。

 今は試験に向けて特訓中なんだ。だから貸切にしている。?」

「は───? というか私は……

……やっぱいいや。帰ります」

「ん? 別にあの区画以外は使ってい───」

「気が変わりました。帰ります」

 少女は少し怒気の強い声で言う。

 梓睿が止める間もなく、彼女は部屋を出ていった。


「……相変わらず、

 少女が出ていくのを見ていた彼は、今日何度目かもわからないため息をつき、静かに研究へと戻った。





───そして、二人が特訓を始めて9日後。待ちに待った試験が始まる。

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