5話。右手にキーボード、左手にキーボード

「おぉ───!? すごく未来的!?」

 エマが倉庫の中に足を踏み入れた瞬間、その眼には信じられない景色が飛び込んできた。

 巨大な透明の箱のようなモノを中心に、ありとあらゆる機械が立ち並んでいる。

 箱の中身はだだっ広い荒野のようで、まるで一つの世界を閉じ込めたガラスケースのようにも感じられた。

 箱の周りには、あの時に見た腕時計のホログラムによく似たモニターが複数映し出されており、箱の中の様子を詳しく中継している。

 外のひどくな倉庫からは想像できない、な景色だ。


じゃ想像できないよね。

 一応説明しておくと、これは『仮想世界』って言うんだ。わかりやすく言っちゃえば、かな?」

「大方その認識で間違いないだろう。今は荒野の設定になっているが、草原や海など、大体の地形を演算可能だ。

 もちろん、複雑な地形ほど設定に時間はかかるがな」

「ほへ〜……すごいですね。もしかして、これで実戦を見せるんですか?」

「その通り。まぁ上澄みの部分になっちゃうけどね。相手が私な以上は」

「うわずみ?」

「かなり上の方って意味だ。この場合、未来探検家としての実力の話だな。

 コイツは未来探検家の中でも相当の実力者でな。努力・才能と経験以外の全てを持ち合わせているから、普通の探検家の参考にならないんだ。

 ただまぁ、今回お前が確かめたいと思っている内容から考えると、むしろソッチの方がいいんじゃないか? 見た目も派手だし、第一印象としては完璧だろう」

「だからアイツ呼んでないの」

「あぁ、なるほど。やはり私の考えはすでに考慮済みか。これは失礼」

 梓睿は苦笑しつつ、まるで自嘲するように肩をすくめた。

 一方の美来はそんなことを一切気にしておらず、キラキラした純情な瞳で装置を見ていたエマに、「好きに観察してきていいよ。触っちゃダメなとこは書いてるからそれ以外は自由にしてね」と手を振る。

 嬉しそうに駆けていくエマの背中を見守り、彼女は椅子に座った。梓睿もそれを見て柵に寄りかかり、体重をかける。


「単独で来たって言うからびっくりしたけど、こう見ると年相応だね。

 だよね? 師匠の発言からして」

「あぁ。今してみたが、間違いなく“13歳の一般的な女性”だな。強いて言うなら、“強化高速学習体質”を持っていることぐらいか。あらゆることを瞬時に学習して取り込む、彼女の両親が持っていた体質と同じものだな。

 パターンから考えるに、同系統の体質でも限りなく効率の良いものだろう」

「あぁ、だからやたらと覚えようとしていたんだね。ってなると、自覚ありかな。

 まさか君のおかげで助かるなんてね。ここに来てよかったよ」

かせ。最初からそのつもりで俺のところを選んだのだろう」

「うん。解析魔術は便利だからね。特に君のは一線を画すし。

 でも私ならいずれ近いうちに気づいた。だからついでの目的。本命はさっきので合ってるよ。

 それで頼み事なんだけど、良いかな?」

「───なるほど。だから私か。

 まぁ別に構わんがな。だが正直なところ、俺は少々人外すぎる。参考になるかわからんぞ?」

「人だけじゃないでしょ。一石二鳥が目的だね」

「そうか。それも踏まえてだったか。

 なら構わん。最近鈍っていたから丁度いい」

「ありがとー。キャンディいる?」

「いらん。口が溶ける」

「そう? じゃあ私で食べちゃうね」

 美来はポケットから棒キャンディを取り出し、ビニールごと咥える。

 ビニールは口の中に入ると同時に一瞬で溶け、中身の飴玉が露出した。

「ところでそれ、何味だ?」

「味も何も120%だよ。溶かしてるけどね」

「……そうか」

 梓睿は何を言うでもなく、一度だけ大きくため息をついた。



♢♦︎♢♦︎♢



「あ、そろそろ満足したかな?」

 奥の方から自分めがけて駆け寄ってくるエマを見て、美来は腰を上げる。

「師匠、色々見たんですけどすごかったです!」

「それはよか───し、師匠?」

「クフッ……!」

 その言葉に美来は困惑し、思考に「ちょっと待て」とストップがかかった。

 彼女の珍しい表情に梓睿は思わず吹き出しそうになってしまう。

 彼女がこんな表情を見せることは非常に少ないが、そんなことを一切知らないエマは不思議そうに首を傾げた。

「え? 私の師匠になるって言ってたので、そう呼んだ方が良いかなって思ったんですけど……だめでした?」

「いや、全然ダメじゃないんだけど───」

「クッハハ! 素直で飲み込みの早い良い子じゃないか! かつてのお前とは大違いだな」

「今その話を蒸し返すのはやめて欲しいなぁ……! 深く突き刺さるんだよねぇ!」

 美来は顔をほのかに赤くして項垂れる。

 エマは何が何だかわからない顔でオロオロしているが、それを見て梓睿は美来が項垂れている理由を教えることにした。

「君の親がコイツの師匠だった話は聞いたか?」

「あ、はい。それは聞きました」

「コイツは最初、意地でも師匠って言わなかったんだ。少ししたら「師匠」と呼び始めたが、それからも師匠呼びに慣れるまで時間がかかったりしている」

「えっと、そうだったんですか?」

 エマが美来の方に顔を向ける。

 美来は目を逸らしつつ、ため息をついて頷いた。

「……うん。人の黒歴史は簡単に掘り起こすものじゃないよ

 梓睿、今日は絶対手加減しないからね」

「はっ、望むところだ。

 ほら、さっさと環境の設定するぞ」

「はいはい。それじゃエマ、行くよ」

「あ、わかりました」

 梓睿が扉の鍵を開け、配線だらけの部屋に入る。

 それに続いて、美来とエマも中に入っていった。




「これが制御室。ここで色々弄ったりするの」

「おぉ〜、お……? なんかさっきの景色に比べると随分ですね」

 エマの言う通り、先ほど見た“未来的”な雰囲気はそこにはなく、1990年代に見られたようなデザインのパソコンとキーボードが並んでいる、現代から考えても古臭く映る景色が広がっていた。

「まぁ見た目はともかく、中身は高性能だからね。

 んじゃ、ちょっと準備するね」

 美来は椅子に座ると机の引き出しを開け、中からキーボードを取り出す。

 元々刺さっていたキーボードの横からパソコンにそれを接続し、使彼女は準備を始めた。


「───!? これキーボード二つ使ってません!?」

 エマが驚きと疑問の混ざった声をあげる。それも当然の反応だろう。

 目の前でいきなりキーボードを二つ同時に使用しだせば誰だって困惑する。

 美来は集中しているのか話を聞いておらず、代わりに梓睿が反応した。

「これは彼女の体質だな。てっきりもう聞いていると思っていたが、確かにコイツなら説明しないかもな……」

「体質?」

「あぁ。『完全並列高速思考』と呼ばれててな、なんだ。

 右手と左手で別々の操作を行えるからこそ、あんな風な離れ業もできてしまう」

「ウヘェ……すごい……」

「あと、ついでに思考速度も常人の三倍はある。左右別々で思考できることを考えると、単純計算でも常人の6倍の思考速度だな。

 彼女が『天才』と呼ばれる理由の一つだ。常人にはどう頑張っても真似できん」

「真似できたら困りますよこんなの」

 これだけ凄いモノをそう易々と真似できてたまるかとでも言うふうに、彼女は肩を竦めた。


「しかし、まさか外から人がやってくるとはな。驚いたよ」

「あ、もうバレてたんですね……」

 エマは少し警戒して力を込める。

 無意識の行為だったが、彼はそれを気にすることはせず、むしろ彼女を安心させるよう優しく宥めた。

「気にするな。確かに、他ではあまり言わないほうが良いことに間違いはないが、私は気にしないとも。

 むしろ、興味の方が大きいといったところだ」

「あはは……」

 少し引き攣った顔で愛想笑いをする。

 自分のことを褒めてくれているのはわかるが、それでもやはり後ろめたさを感じてしまう。


「実は、君の両親とは元々友人関係でな。一緒に仕事をしたことも多い」

「そうなんですか?」

「あぁ。君の話もよく聞いたよ。

 凄い溺愛っぷりだったが、君はあまり親のことを覚えてなさそうだな」

「まぁ……そうですね。私が3歳の時には離れ離れになってましたから」

 エマは少し寂しそうな顔で笑う。

 親と過ごした記憶がないため、溺愛されていたと聞いてもその実感が湧いてこない。

「私の親がどんな人だったのか、何を考えていたのか。人伝に聞いた話でしか知りません。悪い人じゃなかったことだけはわかっているんですけどね……」

「それで、親の歩いた道を辿ろうというわけか」

「はい……え?」

 エマが目を見開く。梓睿の発言は確かに当たっているが、今の発言から推測されたことに驚いたのだ。

「そう驚くな。これは私の得意とする“解析魔術”によるものだ。

 相手の特性や体質、大雑把な思考までなら読み取ることができる。これを使って君の思考を読んだというわけだ」

「なんだそういうこと───とはなりませんよ!?」

「しかし、できてしまうのだから仕方ないだろう。君のことを勝手に見たことは謝るが、なにぶん初の侵入者だったからな。警戒していたんだ、許して欲しい」

「別にそれは良いですけど……いやというか、謝るならせめて頭を下げるとかしてくださいよ。謝る気ないですよね」

「ほぅ。思ったよりも正直なタイプなんだな、君は。

 両親と似ているが、まさかここまでとは」

「話逸らしてますよね!?」

 どう見ても謝る気のない梓睿に対し、エマは苦笑するしかなかった。


「あの……」

「ん? どうした」

「私の両親って……行方不明なんですか?」

「そうだな。しかし、死んではいないはずだ。

 、死亡すれば必ず帰ってくるんだ。しかし君の両親は未来に行ったきり帰ってきていない。

 死亡すれば帰ってくる関係上、絶対に死亡はありえないと言い切れる」

「そうなんだ……」

 それを聞き、エマは安心したように胸を撫で下ろした。

「しかし───もう帰ってこないまま4年は経過している。何かしらの問題が起きている可能性は高いだろう。

 それに、彼らの向かった未来が数多の未来の中でも最も危険な未来だったこともあって、全然捜索が進んでいないのもある」

「……そう、なんですね」

「まぁそう落ち込むな。少々無責任な言い方に聞こえるかもだが、彼らが死んでいないのは確実なんだ。そのうち見つかるだろう」

「……はい」

 エマは沈んだ声で返事を返す。

 理解はしているが納得はしていないといった声だ。


「───そんなに気になるなら自分で探しに行けばいいんだよ。

 未来探検家になるのはもう決めてるんだから、やれることはついでにね」

 美来はキーボードを仕舞い、エマの方に振り返る。

「もう終わったのか。相変わらず早いな」

「まぁ全IQ平均300の天才ですから。10分あれば十分だね。

 それよりエマ、自分で探しに行くってのに興味はない?」

「興味……?」

 エマが首を傾げる。

 確かに、親を探したいという気持ちはある。しかし、興味と言われると難しい。

 行方不明の人を探すことに興味なんて持っていいのかと、常識が“待った”をかけてくる。

 エマのそんな迷っている顔を見て、美来は立ち上がって言った。

「……ちょうどいいや。ついでに答えをあげよう。

 このTOKYOじゃ、そんな常識はいらないってね」

「あ、あの、それってどういう……」

 エマの言葉を無視して、美来は部屋の外へ向かっていく。

 梓睿もそれに続き、慌ててエマも部屋を出た。


「それじゃあ、実戦を見せてあげよう。モニター越しに観戦しててね。

───これが『未来探検家』の常識だってこと、その目に焼き付けてあげるから」

 美来と梓睿が透明な箱に入っていく。

 少し準備体操をした後、エマが見ているのを確認し二人は正面から構える。

「彼女にあんなこと言ってよかったのか?」

「大丈夫。私の勘だけど、あの子は凄い探検家になるから」

「そうか。お前がそう言うのならきっとそうなんだろう。

 さて……そろそろ始めようか」

 梓睿の構えに殺気が籠る。

 白衣を脱ぎ捨て、拳を握りしめる。

 怨恨憎悪はそこになく、ただ純粋に殺意を乗せる。

「うん。いつも通り、太陽が隠れたら開戦だ。

 さっきも言った通り、今日は本気で行くよ?」

 美来の笑顔に殺気が籠る。

 此処での正気は、つまり狂気であると。それを体現するかの如く、彼女の行動に普段との差異はない。


「───あの子に教えないとね。だから、

「あぁ、

 言葉を交わし、殺意を交わす。

 それと同時、太陽は隠れ、火蓋は切って落とされた。

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