4話。K76
「……ぷはぁ! ちょっとだけマシになりました……」
「それは良かった。塩っぱいお菓子は後で買ってこようか。ないからね」
美来がキャンディを5、6個まとめて口の中に放り込みながら言う。
少し物足りなそうな顔をしながら食べているあたり、彼女にとってはこれでも本当に“甘さ控えめ”なのだろう。
「……あの、さっきはありがとうございました。えっと……?」
「あぁ、自己紹介まだだったね。
私は『
「あ、有名なのは知ってます。天才って言うだけで通じましたし……」
「まぁ、うん。自覚はあるよ。
それで、君はどうして此処に?」
「うぇ、あ、はい。
(相変わらず唐突な人だなぁ……天才って呼ばれるだけあって、やっぱり変な人なのかな?)」
中々失礼な評価だが、彼女に対してはあながち間違っていない。
もっとも、天才=変人というのは彼女が勝手に抱いている偏見である。美来以外も全員こうというわけではない。
「私、親に言われてたんですよ。『もし胸のモヤモヤが我慢できなくなったら、TOKYOに行って“生粋の天才”に会ってこい』って。
それで……色々あってやってきました」
「だいぶ省いたね。でもそこは気になってないしいいや。
親に言われてって言ったけど───まぁいいや。わかったよ。
で、君自身の目的は?」
「へ?」
「言われたのと別にやりたいことあったでしょ。それは何?」
「えっと……未来探検家になりたくてやってきました……。
実は胸のモヤモヤも、それが原因だったりします……」
エマは少し恥ずかしそうに打ち明ける。
未来探検家になりたいことについては自信を持って言えるのだが、胸のモヤモヤについては気恥ずかしい気持ちがあった。
モヤモヤの正体が自分でもわからないため、なんとなく足踏みしているのだ。
「なるほど。全部わかったよ」
「え、ぜ、全部?」
「うん。君の親の言葉、私に頼んだこと、モヤモヤの正体。他にも諸々。そっちは会話と関係ないから省くね。
さて、君の親だけど。未来探検家だったでしょ? 遺言だね? あの二人のことだし多分生きてるけど」
「え、あ、よくわかりましたね? やっぱり知り合いだったんですか?」
「知り合いもなにも。もっと親しい関係だね。じゃないと頼まないでしょ?」
「確かに……ちなみに、どんな関係だったんですか?」
「師匠と弟子。私が一人前になるまで面倒を見てくれたんだ」
美来はゴーグルに手を触れ、どこか遠くを眺めていた。
エマにとってその眼は、まるで過去を懐かしむかのような、優しい眼に思えた。
「そんな関係だったんですね……」
「うん。本当にお世話になったよ。だからこれは恩返しになるね」
「恩返し?」
「そうだよ。恩返し。
今度は、私が師匠になる番だ」
「師匠……? ───っ! もしかしてそれって!」
エマが気づく。それは彼女が最も望んでいたことで、気づくのと同時に期待と興奮で全身に熱が走る。
それに応えるように、美来は椅子から立ち上がってこう言った。
「───その通り。君を未来探検家にしてあげよう」
♢♦︎♢♦︎♢
「君を未来探検家にすると言ったけど、その前に確かめたいことがあるんだ」
美来がそう言って連れてきたのは、『第一仮想世界実験場』と書かれた巨大な倉庫だった。
シンプルなよくある倉庫の見た目をしているが、それが故に他の建物に比べて随分浮いている印象を受ける。
「なんか凄いところですね。周りに比べて古いというか……現代的、いや“外の世界的”?」
「“現代的”でいいと思うよ。この街の発展は『未来の技術』だからね。
まぁ中は未来だよ。それにしてもボロいよね。改装しないのって言い続けているんだけどねー。懐古主義者め」
「断じて懐古主義者ではない。これを基盤にしたせいで改装が難しいだけだ」
美来の発言に、どこからともなく抗議の意を示す声が聞こえる。
エマが驚いて声の方向に視線をやると、倉庫の裏から白髪に白衣の男が歩いてくるのが見えた。
「まったく……今日は何のようだ。連絡するならもっと情報を載せろ」
「言ったよ? 『レリック師匠の娘が弟子になったからそっち行く』って」
「あまりにも情報が一方的すぎる上に目的が不明すぎる。コミュニケーションの仕方をしっかりと学び直してこい」
「これぐらいも理解できない低脳じゃないでしょ君は」
「想像はできる。確実性がないのが問題だと言っているんだ」
「君の想像はほとんど確実に近いよね。9割以上が匹敵するなら日常生活では信用していいと思うけど?」
「いいや違う。確認できる余裕がある場合、予想外を1%でも排除することが大事だ。勿論、時と場合によるが」
「研究者らしい考え方だね」
「話を逸らして意地でも無視するつもりだな?」
美来は楽しげに、男は呆れ顔で会話する。
二人の会話の勢いについて行けず、エマはその場で瞬きを繰り返すぐらいしかすることがなかった。
「まぁそれはいい。言ってもどうせ変わらんからな。
さて───エマ君と言ったか。置いてけぼりにしてすまなかったな。文句は彼女にぶつけるがいい」
「いえいえ! 全然大丈夫デス、ハイ」
白髪の男は改めてエマの方に向き直り、首から下げたネームカードを見せる。
白衣にネームカード、実に研究者らしい格好だとエマも改めて感じた。
「少し遅れたが自己紹介といこう。
私は『
「あ、よろしくお願いします……って、魔術?」
聞き慣れない単語に、エマは疑問符を浮かべる。
魔術など、まさか科学の総本山のようなこの街でそんな単語を聞くとは思わなかったため、困惑よりも疑問が先にやってきたのだ。
「彼は吸血鬼なんだ。だから魔術が得意なの」
「きゅう、けつ、き?」
「待て美来。このTOKYOでも魔術を使用する者はかなり稀だ。名前しか知らない者も多い。それほどにマイナーの学問だ。
それにおそらくだが、私が外にいた時代から魔術は秘匿されていた。その方針が変わっていなければ、外の世界では一般に周知されていないはずだろう」
「そーなの? ごめんね、流石に外は知らないからつい」
美来は純粋な気持ちで謝るが、エマにとっては魔術のことの方が気になる
美来の謝罪を気にすることもなく、思いのままに質問を始めた。
「あの、魔術って一体なんですか?」
「別に覚えなくても支障はないから軽い説明で済ませるが……『実体のないモノに働く法則』を解明する学問のことだ。
逆に『実体のあるモノに働く法則』を解明する学問である科学とは対極に存在している」
「なるほど……それで吸血鬼っていうのは……?」
「文字通りだ。ただまぁ、日光を浴びても消滅はせず体力の消費が激しくなる程度だったり、有名な俗説との違いはあるがな。私の場合は白衣でほぼ無効化しているが」
「ほへ〜……あのそれで───」
「まぁ待て。魔術については時間のある時にいくらでも教えてやる。
それよりも、今日は目的があって来たんだろう?」
エマを諌めるように、梓睿が話題を切り替える。
エマは若干しょぼくれた顔で梓睿を見つめるが、美来は頭を撫でて彼女を慰めた。
「今日は戦闘風景を見せようと思ってね。
これで平気そうなら次に出すつもり」
「え? 戦闘風景を見られるんですか!?」
エマが喜びに満ちた声で反応する。
目を輝かせ、期待からか少し背伸びして見つめている。
「やはりか。それで仮想世界を使いたいというわけだな。
わざわざ第一を選んだのは貸切にしたいからか」
「その通り。あ、別にいいよ? 区画を借りるだけ」
「勿論だ。むしろお前だけなら追い出すつもりでいる」
「うにゃーひどいね。だとしたら設備の件はなんなんだろうね?」
「知らん。それとこれは話が別だろう。
いいから、エマ君を案内するぞ」
梓睿が扉の鍵を開け、倉庫内部を開放する。
それを見て、美来はエマを誘うように手を握り言った。
「はーい。それじゃ行こうか、エマ」
「───! はいっ!」
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