3話。砂糖よりも甘い

「はい。これ君の遺物ね。君のその好奇心、大物だね。保証するよ。

 その子は外から来たのね、そっか。侵入は難しいはずなんだけどなぁ。何気に凄いことをしているみたいだね。で、その子どうするの?」

 相手が理解できるよう、普段よりはわかりやすく喋ることを意識する。

 もっとわかりやすく喋ることは可能だが、あえてこれ以下のレベルには下げない。

 彼がもしこのレベルでも理解できないと言うのなら、所詮その程度なのだと切り捨てるつもりでいるからだ。

……もちろん、すでに彼の実力を汲み取った上での話だが。


「どうするのって……自分、ちょうどそれで悩んでたところなんですよ。

 何せこういう事態は聞いたことすらないですし……」

「あ、敬語。そっちが素でしょ。挑発のためってのはわかるけど、もうちょっと気を楽にして良かったんだぜ?

 それで、悩んでるんだね。仕方ない。これは私でも即決できない問題だ。少し考えれば答えは出るだろうけど」

 淡々と、しかし確実に悩んでいる様子で考えを捲し立てる。

 男は情報の濁流に流されないよう必死だが、彼女にはそんなことは関係ないらしい。

 彼女の興味は男が抱えている少女の方に向いたらしく、今は真っ最中だ。


「さて……でんき、あたまうごかない、どう?」

「うおいまう……おえうがまあってあいけお……」

「驚いた。思考は回復してるんだ? じゃあこの会話も理解できそう?」

「りあい、えきます。あ、いょっとおえつかいうくしていた」

「うはー凄いね。思考の仕方をのが得意なのかな? まぁいいや。

 それだけ思考できるなら問題ないね。ちょっと質問するよ。

 君、名前はなんて言うの?」

 エマの思考がもう回復していることを確認し、すぐに対応を変える。

 彼女であれば少しぐらい唐突でも問題ないだろうと、先ほどから気になっていたことを直接質問することにした。

「……? えっと、エマ・えいックです。ごめんなはいまだひょっと完全には回復ひてなくて───」

 彼女の推察通り、エマは質問の意図に戸惑いつつも的確に答えを提示してみせた。

 物分かりの良い子で助かったと内心では喜びつつ、彼女はその答えから問題の解決策を導き出す。

「大丈夫。エマ・レリックだね? ら行の発音がまだ難しいんでしょ。わかるよ。

 うん、事情は大体理解したよ。はい、そこで惚けてる君」

「うぇ? 自分ですか?」

「うん。惚けてることを否定しようね。この子は私が預かるから、後のことは任せて。どうやらこれは私が解決するべき特例らしい。

 君はその遺物を売るなり研究するなりしてね。サービスとして費用の負担と一個プレゼント混ぜておいたから、頑張って解明してごらん。はい、それじゃ。またね!」

 彼女は自然な流れで男の腕からエマを抱え上げ、ゴーグルを装着する。

 思わず見惚れてしまいそうなほど明るい笑顔を見せ、彼女はブーツを光らせた。

「……え!? ちょ、ちょっと待ってください! 費用の負担って別にそこまでしてもらわなくても───っていないし!」

 男が反応したのも束の間、彼女たちは残像を残し、視界から消えてしまった。

 男の遺物と吹き荒む突風だけが、彼女たちが先ほどまで居たことの証明だった。



♢♦︎♢♦︎♢



「ほい、到着。凄い景色だったでしょ? 外じゃ見られないんじゃない?」

「ひゅ、ひゅい……バッチリと覚えました……」

 “美来”は満足げに階段を登る。

 お姫様抱っこの格好で運ばれつつ、エマは周りの景色を観察していた。


───おそらく、ここが彼女の家なのだろう。それぐらいの予想は付く。

 一つ意外なことがあったとしたら、案外彼女の家も他の家と変わらないということだった。

……勿論、それは『閉鎖都市TOKYO』の中での話であって、外の常識からは考えられない家であることに変わりはない。360度全方位に部屋が並んでおり、部屋と部屋を繋ぐようにぐちゃぐちゃな空中廊下が生えている。所々ではあるが部屋の代わりに廊下が存在しており、その奥には様々な空間が見えていた。

 崖のようなベランダの先に壁がある空間が存在していたり、エレベーターと露店のような店が並んでいたり、広告の流れる巨大なモニターがあったり、とにかくゴチャゴチャしている。

 まるでSFで見るような“サイバーパンク”だの“スチームパンク”だのの街をとにかくぐちゃぐちゃに混ぜてAIに適当に出力させたイラストのような街だ。

 あえて一言で表すなら、混沌カオスと表現する他ないだろう。


 美来の家はその立ち並ぶ部屋の中にあり、外の街に暮らすモノにもわかりやすく例えると、少し薄汚れた安いアパートの一室のようなものだ。

 流石に此処は外とは色々と違うため詳しい内情は異なるのだが、その認識で問題はないだろう。少なくとも、エマはそう感じた。


「さて、ここが私の家だ。ソファー柔らかすぎて逆に落ち着かないかもしれないけど、それしかないから今日は許してね。明日いい感じのを買ってくるよ。

 体はまだ痺れてるみたいだから無理しない方がいいよ。体に害はないけど、電気自体に害がなくても無理やり体を動かしたらそっちの方で不調を起こしちゃうから」

「あ、ありがとうございます……うわフッカフカ!」

 美来に優しく降ろされ、フカフカのソファーに感動する。

「痺れた体に染みるぅー……体を優しく包み込んでくれるぅー……」

「気に入ったなら良かったかな。体を酷使しがちだから私は本当にそれが助かってるんだよ。疲れてる時には天国だよね。わかるわかる」

 美来は苦笑しながら椅子を引く。

 まだ電撃による痺れが残っておりソファーから起き上がるのが難しいエマのため、彼女はその椅子をエマの視線の先、つまりソファーの前にくるように置き直した。


「好きな飲み物とかある? オレンジジュース?」

「絶対私の髪色から想像しましたよねそれ。まぁ好きですけど……」

「うむ。じゃあオレンジジュース出しとくね。少し甘いかもだけど、あんまり気にしないでね。

 お菓子は……ごめんこっちも甘いのしかなかった。キャンディでいい? というか君でも食べれそうなのキャンディぐらいしかないね。もししょっぱいのが食べたいなら諦めて欲しい」

 美来は棚や冷蔵庫を見て回り、オレンジジュースとキャンディを取り出した。

 そのままソファー前のテーブルに並べ、遅れて二つのコップを取ってくる。

 力が抜けて起き上がれないエマのために体を支えてあげ、諸々のことを終わらせて彼女は席についた。

「食べていいよ。毒は入ってないから。毒見しようか?」

「いや大丈夫ですよ、そんなテンプレみたいなことしないでも。

……それにしてもすごい色してますね。虹色だし……なんか光ってません?」

「すごいでしょ。私の好きなお菓子なんだ。美味しいよ」

「正直ヤバそうな香りしかしないんですけど……」

 全力で本能が警告してくるような、危険な香りのするキャンディ。

 正直こんなモノを体に入れるのはヤバいと感じつつ、恐怖が生んだ心のダムには巨大な好奇心が眠っている。

 今にも溢れそうなこの想いに抗えるはずもなく、彼女は食べることを決意した。

「ま、まぁ……ものは試しって言うし……

 それじゃお言葉に甘えて……頂きまーす!」

「どうぞー」

「んっ! ……?」

「どう? 美味しいでしょ?」

「あえ? まぁほうへふね、ふふうにおいひ───いやあっま!?!?!?」

「あえ〜?」

 キャンディの外層が溶けるのと同時、まるで砂糖の液体を流し込まれたような強烈な甘さがエマの口を襲う。

 あまりの甘さに体の痺れも吹っ飛び、先ほどまでのワクワクした表情は一瞬で皺だらけの悲しい表情へと変貌した。

 エマのそんな顔を見て、美来はそれ以上に悲しそうな表情で静かに項垂れた。


「甘すぎじゃないですかこれ……口の中ヤバいんですけど……」

「これでも甘さ控えめのヤツを選んだんだけどな……その感じ、やっぱり私の味覚がおかしいって言われてるのは事実っぽいね。すごく、悲しい」

「むしろこれが控えめって普段どんなモノ食べてるんですか……?

 ちょっと口の中リセットしたい……」

「あ、それやめた方が───」

 エマが口直しのためにオレンジジュースを手に取る。

 美来が静止するのも聞かず、彼女はそれを口に流し込んだ。


「■■◾︎───!??!?!!?」

「……それ、キャンディよりも甘いからね。キャンディでダメならオレンジジュースも無理で当然だと思うよ……」

「───それならはやく言ってください……」

 今にも泣きそうな顔で、エマはコップを置いた。

(まさかこんな味覚が壊れている人だったなんて……。いや、それ以上に口の中が甘すぎる……思考がどろどろの甘さに侵食される……)

「うん、ごめんね? この家人来ないから準備なくてね。たまに一人来るけど、持参してくるし。まさか味覚がここまでおかしいって自覚なくて」

 美来は少し楽しそうな顔をしつつ謝罪した。

 相変わらず過程を飛ばした口調ではあるが、それでも彼女が面白がっているのは伝わってくる。

(まぁ、私も同じ状況だったら笑うだろうなぁ……)

 一方のエマは、仮に自分が同じ状況になった場合に咎められないために、彼女には何も言えないのであった。




───ひとしきり楽しんだ後、美来は椅子から立ち上がって切り出した。

「色々質問したいことあったんだけどこんな状態だし、とりあえず───水飲む?」

「……お願いします」

「ん。了解」

 エマが疲弊しきった顔でお願いする。

 それを聞いて、美来は相変わらず楽しそうな顔のまま、水を取りに向かった。

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