2話。“天才”探しの旅
「うーん……見つからないなぁ……」
エマが人探しを始めてから約三時間。いまだに目的の人物とは出会えていない。
手当たり次第に聞き続け街を探し回った彼女は、気付けば街の構造をあらかた覚えてしまった。
「合計で、えーと……67人に聞いたっていうのに見つからないなんて……。
わかったことは“髪が黒い” “目が蒼い” “大きなゴーグルにコートを着ている女性” “生粋の天才である” “神出鬼没”ってことぐらい……うーん、やっぱり情報が少なすぎる。
……いや、そもそも『すごい天才の人を探してる』でちゃんと伝わってるのが不思議なんだけど」
エマは情報のあまりの少なさに頭を抱える。
彼女の知り合いと会えればもしくは……とは考えたが、どんな人物と交友関係にあるのかも不明。幸いなことに関わりがある人物がいないわけではないようだが、その全員が『重要な役職に就いている』らしい。
(そんな人たちと話したら『私が外から来てること』もバレそうだし……そもそもそんな人たちと話せる機会なんかそうそうないだろうし)
「……本当、どうしようかなぁ」
もう使える手は大体使い果たしてしまった。
後は偶然のチャンスを掴むぐらいしかやれることはなく、それは彼女の努力ではどうにもならないことだ。
強いていうなら、チャンスを見逃さないように気を張るぐらいだろう。
♢♦︎♢♦︎♢
「……え、あんな人もいるんだ。さすがTOKYO……」
このままがむしゃらに探してもどうにもならないので、エマは人を待っているフリをしつつ、道行く人の観察を始めた。
全身機械の人間や服を着た人語を喋る狼など、エマがこれまで外では見たことのないような異常な景色。
これがこの街の日常なのだということを頭で理解しつつも、やはり外で暮らしてきたエマにとっては不思議な感覚だった。
───これが、閉鎖都市TOKYO。
1万年後の未来と現代を行き来するタイムマシンのシステムを確立し、独自の技術を発展させることで一つの実験施設と化した巨大都市である。
急激な技術革新が世界に起こす影響を考え、今では一部の組織を除いて出入りが禁止されている。未来の技術を利用して都市開発を進めたために外の技術レベルとは比にならないほどの発展を遂げ、独自の文化を形成するほどに発展した。
その文化は外とは完全に遮断されており、この街の文化の中心であり要にもなっている未来探検家のことも、外の人間には存在すら知られていない。
全ては『人類が滅ぶしかない未来を変えるため』という目的の元なのだが、その事実は外には公表されておらず、陰謀論の温床になってしまっているのが現状だ。
まぁ実の所、普段は人類から隠れて暮らしている種族も一般住民として暮らしているため、デタラメと言い切れないのが辛いところである。
エマは元々外に住んでいた普通の少女だったが、とある理由で未来探検家のことを知り、それに憧れてこの都市にやってきた。
ここまでの道のりはとても険しく過酷なものであったが、彼女の「未来探検家になる」という夢の前では関係のないことだ。
逆に言えば、ここで外から来たことがバレてしまえば全てが水の泡になってしまうということでもある。だからこそバレないように極力気をつけているのだが……正直なところ、興奮も抑えられずに声が漏れ出てしまうこんな様子ではバレるのも時間の問題かもしれない。
「それにしても色んな人がいるなぁ。なんか背中から蜘蛛の脚みたいな機械が生えてる女の子もいるし……身長とか見るに私より年下じゃない?
……やっぱ私の常識とかなりちが───」
「そんなとこで何やってんだ?」
「ぅえっいったァ!?」
急に話しかけられ、驚きから思わず頭をぶつけてしまう。
ぶつけた場所を摩りつつ、エマは自分に話しかけた男の方へ向き直した。
「すいませんビックリしちゃって……」
「いや、こっちこそすまん……急に話しかけて悪かったな」
「いえいえ。ちょっと考え事してたので……どうかしましたか?」
「いや、俺はここでとある人を待とうと思ってな。君もか?」
「あ、はい。一応そうです。生粋の天才さんなんですけど」
「君も同じなのか!? まさか他にも待たせてるやつがいるなんてなぁ」
「……え? 貴方も同じ人を待ってるんですか!?」
「多分な。ここで生粋の天才って言ったらあの人のことだろ」
「ちょ、ちょっと話を聞かせてくれませんか? どんな人なのか知りたくて……!」
「え? お、おう……」
男は一瞬神妙な顔をしたが、特に何かを気にする訳でもなく彼女の話を始めた。
「実はさっき戦ったんだけどな、その時に動画を遺しといたんだ。時間を越えて通信ができるってすごい技術だよな。仕組みはわからんが」
腕時計を弄りながら彼は呟く。
何をしているのかとエマが覗き込もうとした瞬間、空中に映像が浮かび上がった。
「うわビックリした!」
「これぐらいで驚くなよ……これぐらいはお前も───いや、まぁいいか。これがその映像。綺麗に映ってるだろ」
腕時計から伸びたその映像には、大きなゴーグルを着けた黒髪の少女が映っていた。
「これが……あの人……」
「そ。この人が“未来探検家 初段”の『天才』だ」
「……?」
「初段」「天才」など、疑問に感じる部分は色々あるのだが、それを察せられるとマズイと口を紡ぐ。
(こんなに私のことを気にせず当たり前のように言うってことは、知ってて当然の知識かもしれない。
それを知らないって言ったら、外から来たのがバレるかも……ただでさえ腕時計の件で怪しまれてそうな感じするのに……)
作り笑顔でなんとか押し通そうとするエマだが、やはりそれでは無理があったのか、男は不思議そうな顔で質問してきた。
「なんだ、知らないのか? てっきり新人の未来探検家だと思ってたんだが。
……その様子じゃ、まだ見習生ってところか?」
「あ、そうですそうです。私見習生なんです。
まだ勉強したてで何も分かってなくて、あはは……」
(大丈夫大丈夫。嘘は言ってない。未来探検家になるために頑張ってるという意味では広義的には見習生とも言えるし……多分)
思わぬ幸運。男の勘違いに感謝しつつ、下手なことを言わないようにと気を引き締ることにした。
「じゃあ仕方ないな。多分『天才』ってのに引っかかったんだろ?
異名はローカルな話だから見習いは知らないだろ」
「そう、ですね。ローカルなので詳しい人じゃないと」
「だよな。んじゃ説明しとくか。
異名ってのは優秀な探検家に付けられる呼び名でな。ソイツの特徴から適当に名付けるんだ。
例えばそうだな……飛行機みたいに空を飛び回るヤツは『ジェット』、戦車みたいな装甲の見た目してるヤツは『歩兵戦車』、みたいに安直で呼びやすい名前だな」
「ほへ〜」
「たまにややこしい異名のヤツもいる。『砂時計』とかはパッと聞いても関連性が謎だし、今でもなんで『砂時計』なのかわからん。
それで言うと、この人はわかりやすいな。生粋の天才だから『天才』。
科学に関しては全分野に長けた天才で、戦闘センスも超一流。13歳で未来探検家になり、わずか数ヶ月で初段にまで上り詰めた。
……天才すぎてコミュニケーションに難があるのが玉に瑕だが、別に自分勝手って訳じゃない。『天才』って言葉はこの人のためにあるんだと言わんばかりの活躍っぷりだよ」
「そ、そんなすごい人なんですね……!」
相槌を返しつつ、エマは心の中で納得した。
聞き込み中、「生粋の天才を探している」と言うだけで伝わったのは、彼女が周りからも『天才』と呼ばれているからなのだろう。今の話を聞く限り、どうやら本当に凄い人らしい。
「異名の名付けられる経緯は様々なんだが、共通して言えるのは他の探検家が勝手に名付けたものが異名であって、そこに明確なルールが存在してないことだ。
まぁ……言ってしまえば要は“ニックネーム”みたいなもんだな。異名で呼ばれるのを嫌う奴もいるから、それには注意しろよ。この人は多分気にしないだろうけど」
「ほへ〜……色々ありがとうございます」
「どーいたしまして。まぁあんま気にすんな。
こっちからもお前に質問したいことあるし」
「へ? 私に?」
「あぁ。お前───この街の人間じゃないだろ?」
「ッ───!?」
あまりにも唐突な事に、エマの思考が
確かに怪しまれてはいたが、相手は勘違いをしてくれたはずで、自分もその勘違いに合った行動をしたはずだ。なのに何故バレたのか、いや本当は冗談を言っただけかもしれない。ならこの焦りようじゃ逆にバレるのではないか?
そんなことを考えはしたが、
いくら内部で回路が動いていたとして、画面が止まっていれば実態を知ることはできないのだ。
「実はさ、見習生ってこの時間はここにいないはずなんだ。例外もあるにはあるが、君は基礎知識のはずのホロモニターも知らないし、階級のことも分かってなさそうだし、いくらなんでも怪しい要素が多すぎる」
「あ、えと、あの」
「その焦りようからして、どうやら本当に外の人間っぽいな。どうやってこの街に入ったのかは気になるが、そんなことは今はどうでもいい。
目的は? わざわざ危険を冒してここまでやってきた、その目的はなんだ」
男の表情が険しいものへと変わる。
まるで、「これに答えなければ殺す」とでも言っているかのような顔で、男は何もしていないというのに死の恐怖を感じてしまう。
「えと……自分、『天才』さんに会いたくて……親にその天才を尋ねるように言われてて……あと未来探検家になりたくて……決して何か怪しいことをしようとしてた訳じゃなくて……」
半ば言い訳のような形で、ここへ来た目的を語る。
ここで嘘を言ってもメリットはないと判断したのか、できるだけ正直に、されど下手なことは言わないよう慎重に言葉を選んで発言する。
彼女の口から目的を聞いた男はエマの顔を覗き込み、少し考えてから優しい表情に戻った。
「嘘は言ってないっぽいな。なら良い。
ただ……一応違法行為を行ってるわけだしなぁ……こういう時はどこに突き出すのが正解なんだろうか」
「突きだ───ッ!?」
男が優しい表情に戻り、一瞬「許された」と安堵したのも束の間、まさかの自分を突き出す発言に驚愕を露わにした。
(このままじゃマズい。せっかく『天才』さんのことを知れたのに、ここで捕まったら全部水の泡だ……!
どうしよう。どうする? やっぱり逃げるしかない? このままだと捕まるのは間違いないっぽいし……
…………一か八か、やるしかない!)
───決断は早かった。
彼女は路地裏に向かって走り出し、周りの障害物を盾に逃げ出した。
その決断力と行動力は凄まじく、彼女が逃げ出したことに男は一瞬ほど気づかなかった。
……しかしその一瞬程度、すぐに取り返しはついた。
「あばばばばばばばばばばば」
「はぁ……何の装備もなしに、探検家から逃げられるわけがないだろうに……」
まるで電撃でも浴びたかのように、エマはその場で痙攣して倒れ込んだ。
いや、「電撃を浴びたかのように」というのは間違いだ。何故なら、それは比喩ではなく事実なのだから。
(いま、わた■、■れ? どうして、じ■ん?)
電撃のショックで思考能力を奪われ、言葉の認識すらあやふやになる。
自分が倒れ込んでいることも理解できず、ただ目の前に地面があることだけがわかる。しかしそれも地面であることが分かっていない。ただ目の前に壁があり、自分が動きたいと思っているだけだ。
知性が削られた状況でも、思考を止めてはいけないと本能が動く。“本能”という無意識が“考える”という意識を継続させるとは、笑い話も良いとこだと普段の彼女ならそう言うだろう。
しかし皮肉にも、そのおかげで思考は素早い速度で回復を始めていた。
「でんげ……そん、ものも……」
「驚いた。そんな状態でも考えることができるのか。
これは逸材だなぁ……突き出すのが勿体ないんだが、違法行為を冒してるわけだしなぁ……」
男は悩ましい顔を見せながら考える。
そもそも“突き出す”とは言っても、一体何処に突き出せば良いのだろうか。なにぶん、TOKYO成立史上初の侵入者であるため、その詳しい取り決めが周知されていないのである。
「う〜む……どうしようか。このまま放置するのもなんだしなぁ……」
「───何かあった?」
男が悩んで立ち尽くしていると、後ろから声がした。
相変わらずの過程を飛ばした口調で、まるで一部始終を知っているのかのように、けれど何も知らないかのように。
綺麗な、冷静な、疑問の声で。一言だけ。それ以上は必要ないと、暗に示して。
───男が振り返る。
それは、さっき見た姿。自分に忠告しつつ最後まで己に付き合ってくれた、お人好しの『天才』の姿。
そこには、大きなゴーグルを着けた、コート姿の少女がいた。
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