Goodend
天使はそこに座っていた。亜麻色の髪の綺麗に切り揃った髪が暖かい風に靡いていた。春を感じる心地いいものだった。
「待ちくたびれたわ」
「ごめん。疲れただろう。ずっと待っていてくれてありがとう」
私は天使と待ち合わせしている。もちろん私のお墓の前で。
「いいわ。だってあなたは来てくれたんだもの」
天使はその肩甲骨の羽根をふわりと動かした。後輪が君の瞳に陰を落としても憂いた表情が美しかった。何度もそれが見たいと思っていた。ようやく出会えた。
「それで? どうしてこんなに遅刻したの?」
「ああ、そうだよね」
天使は私の墓の文字を撫でながら視線をこちらに送った。麗らかな日差しに寂しさを誘う花の香りと汚れを知らないその白い花弁。天使の指先に視線を奪われていた。太陽の色でやや黄味がかった真っ白なワンピースから除く健康的な四肢は尚白く、天使をこの世のものならざると告げていた。
「たくさん待たせてしまったね。こんなに遅くなるつもりはなかったんだ。でも、......、本当に君が待っていることを忘れたことはなかったんだ。いつも君が頭の片隅にいて、私はそれを糧にしてきた」
「随分な告白ね」
天使はころころと笑った。あんまり可愛らしいので心の臓がゆっくりと溶けるような心地だった。身体が痺れる。
「必ずここに来ることはわかっていたわ。あなたが忘れたって私たちはここでまた会えるのに、あなたは律儀に覚えていたのね?」
「そういうことばかり得意なんだ」
「そうなのね。それってとても素敵なことよ」
天使の言葉に私はようやく地面に足をつけられた。
「こんなに遅くなるつもりはなかったんだ。本当だよ。嫌なことばかりの人生だった。いつも思い出すのは嫌なことばかりで、本当にやりたくないことばかりをしてきたんだよ」
「まあ、かわいそう」
「本当に。学校も会社も家もどこでもなりたくもない自分になってやりたくもないことをやって、誰かに褒められたって私は善行なんかするような良い奴じゃない嘘つきに感じられて、体裁が欲しいだけの屑なんだ。誰も見てなくても神様に怯えてポイ捨て一つできずに自分の手を汚してゴミを持ち帰るみみっちい奴なんだ。本当に不自由で反吐が出る」
「あなたは弱くて卑怯で意気地なしなのね」
「そうだよ。だからきみをこんなに待たせた。情けない」
「ふふ、そうね。でもいいの、あなたはここへ来た。それに私はあなたと時間の約束はしていないもの」
天使が私の下げた顔に触れる。泣きそうだ。
「優しさに私は上手く応えられない」
天使は微笑む。
「何度も言ったでしょう。あなたはここに来てくれた。あなたはそれで充分よ。死んだのでしょう」
「ああ、ようやく死ねたんだ。ずっとずっと喜びはすぐに薄れる。嫌なことは頭にこびりついて離れない。それなのに生きてしまったよ。早く死のうと決意していたのに、決心がずっと揺らいで。ようやくやっとここに来られた」
「ならもう良いじゃない。もうこれで終わりよ」
天使が私の瞼に手を重ねる。冷たい華奢な指先の合間から光が漏れるけれど、私は目を瞑る。耳が塞がる感覚がある。肺が潰れて、唇が硬くなっていく。もがいてはいけないと思い、拳を固く握るとその隙間を塗ってぬるりと何かが自分の全身へと巻きついてくる。
「さよなら」
そう言えたら良いな。
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