夢心地
右も左も自分の話をしているような気がする。虚構だとわかっていても、人がいる、会話がある、意味のある言葉が飛び交うのが気持ち悪い。知りたくもない、見たくもない。私は私を消しているけれど、私はここにあるようだ。耳がある。足がある。肺がある。口がある。目がある。ああ、いなくなって欲しいだけなのに。
「あの子変わってるわよね。課題もろくすっぽこなせていないのに、この前が誕生日だったのでしょう?」
「ほーんと。私たちって人間の心臓を食べなきゃ本当に死んじゃうのかしら?」
「本当に決まってるわ。私の叔母は十七の誕生に死んだってママが言っていたもの。同級生が死ななかったなんて吉報じゃない。上手くやったのよ」
噂話は好きじゃない。他の人の声が聞こえる。どんな話も私を嘲るように聞こえる。これはたとえ決してそうではないとしても。
「なら、あの噂は本当ってこと?」
「なあに?」
「あの、ーーーー」
私の心臓が鼓動する。蠢いて今にも私から離れそう。
「治れ、治れ、治れ!」
早足で通り過ぎた談話室から飛び出て校内の人気のない方へ向かう。足がどんどん駆け足になる。
「アリス! 淑やかに!」
ごめんなさい先生。そういえたら良かったのに。頭の中を鼓動が支配する。息を大きく吸って、たくさん吐き出す。それ以外出来そうにない。渡り廊下のドアを開けて外へ出た。石のアーチ橋につまづいて転んで、扉に身体を打ちつける。
「治れ....!」
しばらくすると心臓が暴れるのをやめた。安堵のため息と冷たい風が顔にぶつかる。魔女アリスの心臓はもう私のものではない。けれど私のものとして動いていた。
魔女は十七になると死ぬのだ。魔女として生まれた時にこれは運命となる。いや、逆か。十七までに死を克服した者は魔女になるのだ。そう出来なかったものは死ぬ。もちろん、そうではない者もいるが私はそうだった。
「ねえアリス。先生の話を聞いてちょうだい。この課題もこなせないと貴方を除名するか、見殺しにするかのどちらかになるのよ。そんなのあの子の娘にさせたくないわ」
呼び出しを食らった職員室で私はそう叱咤された。教諭の口調は平坦かで、そう感じたのは私の主観だ。
「わかってます。ママのお友達として、先生がとてもよくしてくださっているのもわかってます」
呼び出された職員室で担当教諭が私のことを叱りつけた。ママと同じくらいの歳で髪の毛の先に水分がなくなってあちこちに飛んでいる。皺のない顔には口が大きく開けばその線ができた。
心臓がとんとんという。うるさい。
「それならどうして課題ができなかったのか。反省と課題文が書けなかったのか。そしてこれからどうするべきかを教えてくれる?」
「.......。わかりません」
「どうして」
「私が魔女じゃないから」
尻すぼみで出た言葉に教諭はみるみる顔つきが変わっていく。鍋の湯が沸くように、怒りで目元が吊り上がり、声の音量がぶくぶくと膨らんだ。
「何を仰って!? そんなわけないでしょ! 貴女はあの子の娘なのだから!」
ガタンと木製の机が一人でに動いて、周辺の他の先生が顔をこちらへ向けた。魔法の制御ができないときにこういうふうになる。
「どうしてそんなことをおっしゃるの? 何を考えているの? どうして訳を話せないの? アリス、ここに敵はいないのよ?」
教諭の顔から当惑と幻滅と怒りと悲しみと、それから拒絶が見えた。心臓がギチギチと動く。
「......」
私は私を伝える言葉がない。
敵はいない。そうだ。ここは学校で誰もが平等で私の噂は悪口ではない。避けられているのではなく、私がみんなを避けている。
「.......心臓が。心臓がそうしろと言うのです」
みちみちと心臓は膨らんでは押さえつけられを繰り返す。苦しいのは呼吸でも頭でも心でもないけれど、確かに私自身だ。
「アリス、誕生日は二月十三日ね。三日前のことよね。十七歳のお誕生日おめでとう。課題をクリアせずにここまで生きたのは貴女が初めてよ。貴女はあの娘の娘、貴女は魔女、そうなれば生徒達の噂の真相を聞かなければならないわ。アリス、貴女は親の心臓を食べたの?」
心臓はガクガクと振れた。静かにして欲しい。苦しい。きゅっと噛み締めた唇の隙間から嗚咽が漏れる。泣きたくない。でも、息を吸ったら掠れた声が止まらない。望んでもないのに涙が溢れて溢れて、それを手で隠して、もう一度大きく息を吸う。崩れていく。鼻を啜って、口を閉じようとしても何かがこじ開けて震える。過ぎるのはいつも楽しい思い出ばかり。
「先生! 生徒さんにあんまりですよ!」
「落ち着いて、アリス。大丈夫よ、深呼吸して」
「........アリス、どうして」
遠くで話声が聞こえる。心臓が押し潰される。私のものではない空っぽな私を動かす、誰かの心臓。
扉が叩かれた。とんとんと乾いた布地が擦れる音と共に木製扉を叩く音だった。木枯らしが吹く冬の真っ只中に客人は現れた。
「......。どちら様ですか」
約束もない私の家に用件のある人はいないはずだ。街から離れ人は訪れず、来るのは旅人か盗人か。居留守も考えたが暖炉を使っているのですぐに諦めた。
「あの、私アリスと言います。道に迷ってしまいました」
不安げな少女の声だった。それに私は扉を開いた。そこに10代半ばくらいの少女がいた。目線が左右にふらふらと揺れる。胸の辺りを握りしめて立っていた。怖いのだろうと直感的にわかった。その異様さに私はすぐに彼女を家の中に招き入れた。
「私はグリムよ。アンタどこから来たの? 街への道を教えましょうか」
アリスを座らせて私はお茶を用意した。彼女はそれに手をつけずに俯いたままだった。
「なあに? 親と喧嘩でもしたの」
「お一人で暮らしているのですか」
アリスは私の質問に答えずに問いかけてきた。
「ええ。そうね。一人よ」
「お知り合いはいないのですか」
「ええ。あまりいないわ」
「愛した人は?」
「いなくなったわ」
「尋ねる人は?」
「ノー、ね」
「会いたい人は?」
「そうね。あなたは魔女なのね?」
私の言葉にアリスは真っ青にした顔を上げた。なんて顔しているんだろう。
「あ、.......あの! わたし!」
「いいわよ、そんな顔しないで。魔女の質問くらい誰でも知っているわ」
魔女の質問は先ほどの問答が教科書に載せられるくらいにそのままだった。そういう対人の質問をして、全てに「いいえ」と答えた人間の心臓を魔女は食べるのだという。眉唾ものだと思ったけれど、ここまで露骨にそのまま言うものかと物珍しさが勝ってしまった。
「魔女に会ったのは初めて、アリスって偽名?」
アリスは首を横に振った。
「そうなの? とっ捕まって異端審問にかけられるとか考えなかったの。それで心臓を食べないと死ぬってマジ?」
「心臓一個で一年です」
「効率悪いわね」
アリスは私の言葉にすみませんと尻すぼみで答えた。その代わりに何も食べず、飲まず、と言う肉体らしい。
「まあいいわ。それで、最後の質問の答えだけどーー」
私が答えようとした瞬間アリスは大きな音を立てて椅子から立ち上がった。
「き、聞きたくありません!」
「......」
あっけに取られて呆然とする私にアリスは胸元で手を重ねながら深呼吸をしていた。そこには心臓が収まっているはずだ。大きく揺れる肩に呼吸音は吸って吐いてが大きい。魔女は本当に人の心臓を食べないと何かがだめなんだろうと思った。私は直感的に空腹のような事態なのだろうと察する。
「辛くない?」
「......いいえ」
「そう。あんたそういう顔して嘘吐くのね」
アリスは目をぎゅっと瞑っていた。口を真一文字に結んで何かが終わるのをただ待つようだった。少女のしていい顔ではないなと私は他人事として見ていた。
「私、私、魔女ではありません!」
「だから、どうしてそういう顔で嘘を吐くの。騙す気ないのでしょ」
アリスは眉をハの字に歪めて、開きかけた唇をもう一度強く結んだ。何が彼女をここまでさせるのかがわからない。アリスの座っていた椅子が一人でに小刻みに揺れていた。
「......、すごい。魔女なのね」
アリスは私の言葉に酷く傷ついた顔をした。観念したようで、床にへたり込んだ。一人で騒がしい子だなと私はやっぱり他人事の心地が抜けなかった。
「魔女なんでしょ。アンタに私の心臓あげるわ。構わないの、もう」
私はするすると出てきた言葉に自分でも驚いた。それでもアリスはもっと驚いて、きっと深く傷ついたのだろう。肩を落として床に頭を落としていった。小さく丸くなって、耐えかねたのか泣き出してしまった。ここまで感情的なのは異様だ。
「どうして。どうしてそんなことをするのですか。私は、私は、あなたと出会っているのに」
アリスは泣きながら声を搾り出した。くぐもっても聞こえた言葉に思慮を感じる。
「アリスは私のこと何も知らないでしょ。気にすることないと思うわ」
「そんなことありません。森の中で一人で住んでます。グリムという名前です。人付き合いはあまり多くないようですが、私に親切にしてくれます。それ以上、何がいるのですか。もう充分ではありませんか」
最後に鼻を啜る音が聞こえた。
「きっと。きっと貴方は誰かに愛されて産まれたのです。誰かと友情を育み、一人で逆境に立ち向かい、誰かと恋に落ち、微笑み、笑い、泣き、怒り、そしてその先で私と出会ったのです。だからもう充分ではありませんか」
「......想像で私を語らないで」
アリスの言葉に私が言えたのはそれだけだった。視野の狭い子供の当たり前の思考に私が強いことを言った自覚はあった。けれど、言わなければならないこともあるのだ。
「心臓をとらない理由が欲しいのです」
「......矛盾してるわ」
目の前の少女はそれを抱えて生きていた。
「矛盾なんてしていません。神さまがいて、神さまが私に与えた心臓は17の年に止まるようにしてあったのです。それを無理やり動くようにするなんて、許されるはずがありません」
そう言ったアリスは私の目をまっすぐに見ていた。私は神さまを信じないけれど、彼女は信じているのだと思う。そういう考えが魔女裁判を作り上げている。彼女にとって信仰は呪いだ。
「どうしてそれを信じるの」
神さまがいなければアリスの苦しみは減るだろう。自分の不都合を減らせなければ神さまの意味がない。
「.......」
「私は傷つかなければいけません。敵がいなければいけません。本当は17歳で心臓を止めるはずだったのです。それでも動いたのです。動いてしまいました。私は、私は誰の心臓を食べたのですか?」
アリスはほとんど叫ぶように私に訴えた。つまりはそう言いたくなるくらいの人の心臓を食べたのだと言いたいのだろう。私は何も知らないし、アリスの感情的な様のおかげで努めて冷静でいられた。
「誰のを食べたの」
「きっと、ママ」
やっぱりというか案の定アリスは泣き出した。肩を震わせて、しゃくりあげて今まで耐えていたものが溢れたようだった。情緒が落ち着くのを待つとアリスは眠っていた。なんて自由なんだろうかと羨ましくなる。
「変なのを引き入れちゃったわ」
静まった部屋にぱちぱちと炎が爆ぜる音が聞こえる。落ち着いたら彼女はどうするだろうか。陽が落ち始めているので今晩はここに泊めよう。それとも魔女は箒で家まで帰るのだろうか。
「うん.......。ここは」
「おはよう、落ち着いた?」
陽が登ってしばらくしたらアリスはようやく目を覚ました。床に転がって寝出して毛布をかける以外にできることがなく、私はその姿に罪悪感を感じはじめていたところだった。
「グリムさんの......」
アリスは案の定また顔を真っ青にした。
「いいから、落ち着いて、聞きなさい。アリスが何を考えて、何を不安に思って、何を否定したくて、何に泣きたいかはアリスの自由よ。アリスのそれは決していけないことではないわ。それに思い悩むのはだめではないの。好きにして、苛まれるのを私は止めないわ」
私が一晩で絞り出したアリスを落ち着かせられそうな言葉だった。
「私、......好きにしていいのですか」
朝から情緒の機微は激しかった。アリスは心臓が静かになったのか抑えていた胸から手が外れた。総毛立っていたのも治っていったのか上がってた肩が落ちていく。居心地の悪そうにしゃがみ込んで強張っていたのが落ち着いていく。
「どうして」
「アリスのこと何も知らないわ。大丈夫、私はあなたを間違えない」
「私、グリムに親切にされるようではなくて、一人にならなくてはいけない気がして、罪の重さを知らなければいけないのです」
なんて不憫な言葉しか知らない子だろうか。
「どうしたらいいのでしょう」
それでも救われたいと願うのはやっぱり普通のことなのだろう。何かに許されたいのだろう。きっと私ではなくて、他の誰かだ。
「私はアリスのママじゃないわ。だからアンタの好きにしていいって言ったのよ」
「どうして」
「そんなものあるわけないのに、いちいち理由が欲しいっていうの?」
「......ごめんなさい」
反射的な言葉に中身はない。私も意味のあるものを求めているわけではないけれど、嫌な心地になるのは不思議だ。
朝からしけた面構えのアリスは井戸で顔を洗ってくるように外へ出し、私はようやく一息ついた。カップもお皿も2枚あるのが嫌だ。本来の役目はもうないそれを大切にしている自分を知る。そしてそれが望んでいたのとは違う形で役に立った。消えたいのはこちらの方だ。他人のそれに構っている場合ではない。二脚の椅子も全部意味のある数なのだ。
「魔女の質問は嘘を吐いてもいいのかしら」
嘘がいけないのは事実が知られた時だけ。私の心は私が言わなければ本当のことなどありはしない。歪んだ事象に嫌気が差さなければそれで大丈夫なのだ。
窓からの暖かな日差しは私の心とは裏腹で、アリスがそれを遮り戻ってきた。ゆっくりと扉を開けて辺りを無闇にキョロキョロと覗き見る。何かをアピールするみたいだった。
「おかえり。パンでもいいかしら。朝はあまり食べないの」
「は、はい」
数日丸につくったパンを切り分けて食卓に並べる。温め直したスープを器に入れて、アリスを促して食事についた。用意してから不意に気がついた疑問を口走る。
「魔女は食事できるのかしら」
「ええ。食べることはできます。心臓を食べるのとは違いますから」
「ふうん」
平然と言う彼女はやっぱり別の生き物だった。食事を口に運ぶのも慣れない手つきのようだった。久しぶりにもった器やカトラリーを使い出すのに少し手間取っている。馴染む形に持ち直す動作が多い。けれど使い方自体の所作は綺麗なものだった。普通のどこにでもいる少女と同じだ。
「ねえ、アンタこれからどうするの? また誰かの心臓を探しにいくの?」
「......、学校へ帰ろうと思います。それからのことはそこで考えます」
「学校って、魔女の養成所があるわけ?」
「魔女が集まって暮らしている集落のお城があって、そこでみんなで身を寄せ合って生きているんです。それができる前までは17になったら死ぬのすらわからなかったって。私たち、何もわからないまま生きていたのです」
「そうなのね。魔女といっても魔法とか使えないのだものね」
杖を振って物を動かすだとかそういうお伽話は彼女たちの中に存在しない。魔女と便宜上呼ぶだけで、実のところは私たちとは違わないのだ。勝手にお互いに別の生き物だとしているだけの話。不思議な生き物が私と同じ形をしている。他人の心臓を食べて身体を動かしている。
魂というものがあったとして、そこに心があるとするのなら、心臓はそこに治っているのではないだろうか。アリスは何者なのだろう。自分の心臓がないのにアリスはまだアリスだ。
「学校に戻っても何も解決しないから逃げ出したかったです。でもどこに行っていいかわかりません。心臓を食べなければ死んでしまうのなら、いっそのことそうしてしまう以外に私はこの苦しみから逃れる方法がわかりません」
「......探す為に生きていくのはだめなのかしら」
ダメだろうなと思いながら私は話していた。自分なら耐えられない。現にもう限界だ。
「嫌なのです」
「深いことを考えては駄目よ。生きるか死ぬかは答えが一つしかないものだから、もっと違うことを考えなければいけないわ。尋ねてくる人のこと、会いたい人のこと、愛した人のこと、それから」
私は話しながら息が詰まった。何も口に含んでいないのに。
「けほ、あ。ああ」
喉の奥がぎゅうと締め付けられる。頭がくらくらとする。上手く息が吸えない。
「それから明日、のこと」
自分が自分を嘲っている。そんなこと考えたことなんてない。腹が減るから飯を食べ、眠くなったら眠り、目が覚めるからあの人を思うのだ。私が生を語るなど愚かだ。あの人がいないなら生きていたって意味がないと思っている私が少女に何を言うのだ。
「どうしたのですか」
アリスが私を見ている。
「うん? 別にどうもしてない。どうもしないのよ。ただ、ちょっとどうにもままならない心地なの。あなたの言うことってとても正しくてまっすぐで扱いにくくって、透き通っているの。そうなの」
どうしてあの人はいないのかしら。
「そう思っただけよ」
アリスの気持ちが溢れかえるみたいにわかりかけた。思いが言葉を帯びていく。納得できないことばかりだと嘆いた私を見ているようで、それでもアリスは何かを変えようとまっすぐで、でも正しくない。正しいことはそれにない。
前を向くのが嫌なのだ。あの人を置いていくようで、そばにいたいのだ。そこでただ静かにしていたい。それを世界が許さないからそこから逃げた私をアリスが見つけ出した。世界は斯くも前へと進めと言うのだ。
「どうして」
私はこんなことを望まないのに。あの人はもういないのだ。帰ってこない。墓を見ても、声がなくなっても、何度日を跨いでも感じられなかったその答えを少女が静かに持ってきた。どうしてあの時扉を開けてしまったのだろうか。
「ねえ、アリス。会いたい人がいないのよ。私には尋ねてくる人も会いたい人も愛した人もいないの。もういないのよ。お願いアリス。私の言っていることがわかるでしょ」
「私はグリムを食べないです」
アリスは静かに首を振った。太陽の日差しが彼女だけを差した。
「お願いよ。神様はいないわ、いないからよ」
「私が自由にしていいと言ってくれたのはグリムです。貴方が私を自由にしたのに、どうして不自由にするのですか。神様がいないとしたって、信じるのは自由で、貴方は私から何も奪わないでください」
ガタンと机が音を立てた。食器からパンが落ちる。やっぱり魔女のようだ。
「......揺らぐの。これからのことは全部嘘になるかも」
「信じたいものを信じたいのです」
そう言ったアリスが輝いて私にはただ眩しかった。きらきらとして小さな輝きに満ちていて、いつまでもそれに満ちていてほしいと思えるくらい。
「アリス」
それでもアリスを見つめていられる。そこに未来を見てる。
私の掴めなかった願望とよく似て、希望の形をして、誰にも似ない美しく清らかで純粋な透明色の鮮やかな未知。
「アリスの信じるものは何」
「.......。私だけ。私だけを信じます。他の人の言葉を信じません。誰の描くものも嘘だと信じます。私の声だけが本当でわかることで確かなことだから」
「私に尋ねる人がいて会いたい人がいて愛した人がいるのを信じるってこと?」
「そんなことを信じているわけではないのです。きっとグリムがいつかそれを見つけることを信じているのです」
アリスが私と同じものを見ている。そんな未来。
「あ......、アリスって」
目元に熱が帯びる。大きく息を吸うと胸と肩が大きく震える。あの人ではない誰かを私は探すの?
「アリス、そんな未来ないわ」
「信じたいの」
喉の奥が絞られる。呼吸するなと体が叫んでいる。そんなものをこの世に作る心を私は求めない。
そのはずなのに、この世に私の知らない私を信じている少女がいる。何も知らない世界を信じている。
「そんなの寂しいだけよ」
泣いたって収まらない。何度も繰り返した。
「寂しいよ」
「......」
隣に居て、話を聞いて、こんな私を笑ってほしいけれど、そんなことは望まない。ただ黙ってそばにいて。私が貴方を求めていることを知っていて。伝えたいのはそういうことで、そんなことじゃない。
あの人に伝えたいのはそういうこと。
だからあの魔女は私の心臓を食べたりしなかった。
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