第44話 運命の岐路 2


 おのぼりさんが都会に来たら人酔いをして、ついでに暑気あたりもして。

 そんな状態で、大はしゃぎで大名屋敷見学していたら 倒れました。



 ***************                *************** 


 気絶したみたいに眠ってしまい、起きた時には辺りは暗くなっていた。

 慌てて起き上がって、辺りを見回す。

 池に居たあたりから記憶があやふやだけど、ここは上森邸の客間みたいだ。


 ――子供の頃ならいざ知らず、私はこんな事で倒れませんよ――


 私の中で、雪村が呆れている気配がする。

 うん、私もちょっとはしゃぎ過ぎたと思っているよ。これからは気を付ける。


 心の中で自問自答をしていたら、ふすまの向こうから小さく名前を呼ぶ声が聞こえて、美成殿が顔を出した。

 兄上のところに行った後、私がここに居ると聞いて立ち寄ったらしい。


登城とうじょうは明日だが、大丈夫ですか?」


 布団のそばに腰を下ろす白皙はくせき怜悧れいりな顔は、暑気あたりなんて無縁ですって感じで、汗ひとつかいてない。


「人酔いに暑気あたりで倒れたって? 田舎者まるだしじゃないですか」

「戦では、人酔いした事はないんですけどね」


 意地悪な顔でくつくつと笑うので、私も真面目な顔でボケ返す。

 即座に美成殿が、楽しげに突っ込んできた。


「馬鹿なの、お前? 戦で呑気のんきに人酔いなんてしていたら死ぬでしょ」


 美成殿は、人をさげすむようなツッコミが大好きだ。イケメンでなければ許されない所業しょぎょうだと思う。

 ゲームで攻略する時は、言い返さないでべこんべこんにヘコんでいた方が、美成殿のドSゴコロに火がついて好感度が上がりやすい。


 ……のは分かるんだけど、今の私は『雪村』だから、美成殿の好感度を上げても、イベントが起きる訳じゃない。

   

 美成がいじわるするのは、桜姫と清雅きよまさだけでいいよ。



 ***************                *************** 


 夕方まで休ませて貰ったけれど、熱がなかなか下がらない。

 なので今夜は、上森邸に泊まらせて貰う事になった。

 そのむねを連絡した際、兄上からは「馬鹿」と返事が返ってきている。


 一日のうちにふたりから「馬鹿」呼ばわりされた私の中の雪村が、本当にたまれなさそうで、私は改めて雪村に申し訳なく思った。


 確かにいい歳した男が倒れるなんて、少し恥ずかしい……けど、いくら暑さに弱くても、私も今まで人酔いや暑気あたりなんて、した事はないのに。

 どうして今日に限って、こんなに調子をくずしたんだろう。



 +++


「おかしいですね。どこか苦しいところは無いですか?」

 

 梅湯を飲ませて貰って、塩分と水分の補給ほきゅうをしたのに、まだ体調が戻らない。

 何だかこれ、熱中症っぽくない、気がする。

 様子を見に来た侍女もおかしいと思ったらしく、薬湯を用意してくれたけど、熱が下がる気配は今のところはない。


 人の家で体調を崩すなんて、本当に迷惑な話だなぁ。

 後で兼継殿に謝らなきゃ。


 ……身体がだるくて、意識がぼんやりする。目の前がくらくらする。

 いつの間にか私は、深い深い眠りに落ちていた。



 ***************                *************** 


 白々とした月の明かりが、薄明るく部屋を照らしている。


 唐突とうとつに目が覚めた私は、ぼんやりとあたりを見回した。

 薬湯を用意してくれた侍女は下がったらしく、姿はない。


 何時だろう。

 よく解らないけれど、月の様子からみて、まだ夜中かな。


 ふと気が付いて、額に掌を当ててみると、熱はすっかり下がっていた。

 あんなに気分が悪かったのが嘘みたいだ。

 ぐっすり眠っていたせいか身体が痛くて、私は布団の中で大きく伸びをした。

 何だか節々がちぢんだ気がする。


 縮んだ気が……え?


 慌てて起き上がり自分の身体を見下ろすと、ぶかぶかの寝間着ねまきが目に入った。

 着乱れたわけじゃない、明らかにサイズが大きい。

 長すぎる袖をめくると、そこから伸びる華奢きゃしゃな腕が、月明かりにほの白く浮かび上がった。


「……!?」


 あたりを見回したけれど部屋に鏡がない。

 私は障子を開け放って庭へと飛び出し、そのまままっすぐ池へと走った。



 おそるおそる池をのぞくと、鏡のように静まった水面には、昼みたいに明るい満月と私の姿が映っている。


 ……いや、私なのか?


「これ、どういうこと……?」


 雪村に似ているけれど、雪村じゃない。

 ぶかぶかになった寝間着に隠れた華奢な手足は、明らかに男のものじゃない。

 喉から出た声は女の子みたいに高くて、触れた首も肩も細い。

 その声のまま、私は茫然とつぶやいた。


「どうして私、女になっているの……?」


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