第40話 信倖帰還


「兄上、お帰りなさい」

「ただいま雪村。ずいぶん久し振りな気がするね」


 大阪の花見の一件以降、上森と武隈は、桜姫の身柄を巡ってのいくさになった。

 ゲームでも『武隈滅亡イベント』は発生するけれど、原因は富豊とみとよへの服従拒否だったから、こちらの世界では展開が少し変わっている。

 戦の間、私は上田城で桜姫を保護。そして兄上は武隈を離反して上森につき、兼継殿の要請で沼田城を攻略していた。


「ここにお戻りになるのは、大阪の花見以来です。もう夏になりますよ」


 笑っている兄上に、私も笑いかける。

 戦国の世は戦があって厳しいけれど、優しい家族と友人ができた。


 現世にいるお父さん、お母さん。

 雪緒はこの世界で、『雪村』として生きていきます。


 ……そのためにも、安泰あんたいなエンディングに行きつきたいよね。

 こっちの世界でも早々に死ぬなんてのは勘弁して欲しい。



 ***************                ***************


「は? 兄上にお嫁さんですか?」


 思わず頓狂とんきょうな声をあげてしまい、私はあわてて口を押えた。

 兄上が苦笑しながら茶をすする。


「今はまだ、その様な事は考えられない、とお断りしたけれどね。そもそも父上の喪もまだ明けていないし」

 

 今は兄上の部屋で、沼田城攻略時の事の顛末てんまつを聞いていたところなんだけど。

 私が慣れない戦で大変だった時に、兄上はお嫁さんの世話をされていたのか……


 とりあえずそれは置いておいて。


 兄上の策が上手くはまり、沼田城攻略は成功した。

 しかし和議わぎを結ぶ前に、沼田軍は、攻めてきた徳山軍に蹂躙じゅうりんされてしまった。


 真木に降った沼田家臣によると、沼田城主は「武隈を見限り、徳山に臣従するなら悪いようにはしない」と徳山から調略ちょうりゃくを受けていて、それにこたえず武隈救援に向かったせいでこのような事になったのではないか、との事だった。

 そして戦後の処理もままならないうちに、徳山は怒涛どとうごとく武隈の領地を切り取り、旧武隈家臣を次々と召し抱えていっている。


『カオス戦国』でも伊賀忍者と天界てんかい僧正を召し抱えているラスボス扱いだったけど、こっちの世界の徳山家も、やる事がえげつない。

 実際の戦国時代も、そんなものなんだろうけど。


 で、その時に沼田に攻めてきた徳山家臣・本間只勝ほんまただかつ殿が。

 戦の最中さなかに堂々と正門を開き、くだった沼田兵を引き入れた決断力。

 単騎たんき、徳山勢を蹴散けちららして「これはいったいどうした事か」と本間殿のところまで物申ものもうしに行った、兄上の豪胆さを気に入った、って事らしい。


 兄上、ずいぶんカッコいいことしたんですね……

 あれ? 私は兄上に気付かれないように首を傾げた。


 ゲーム中でも兄上は、徳山家からお嫁さんを貰っている。

 そしてそれは、徳山家の養女になった『本間さんの娘』だからシナリオ通りだ。

 でもゲームではこんなに早く、兄上の結婚話って出てたっけ?


 私が桜姫の相手に兼継殿を選んだのは、ゲームで唯一『雪村死亡が確定してない』エンディングだからっていうのが一番の理由だけど『他の二人のエンディングが微妙だから』って理由も結構大きい。

 ちなみに信倖ルートは、徳山からのお嫁さんが正室せいしつで、桜姫は側室そくしつにされる。

 いや、側室も奥さんだけど……誰得だれとくなの? この設定。


 そこまで考えて、私は思い出した。


『カオス戦国』にはイベント発生期限がある。

 武隈滅亡までに恋愛イベントを「ひとつ以上」済ませていないと、以降のイベントが発生不可になるのだ。


 兼継殿は『花贈り』のイベントが起きていたけど、兄上はどうなんだ……?

 少なくとも美成殿は『自己紹介イベント』直後に越後へ遁走とんそうしたから、イベントが起きている気がしない。

 予想外の展開で武隈滅亡が早まったせいで、とんでもない事になってないか?



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