第34話 兼継恋愛イベント其の一「越後花言葉」終 ~桜姫視点~


 渡されることなく討ち死にした屁糞葛へくそかずらを庭にめ、俺は赤くなるほど手を洗いまくった。

 その後、めるように花言葉の冊子を熟読じゅくどくする。

 本来これは恋をささやくために用意されたアイテムなので、あまり悪い意味の花言葉はっていない。


「ねえ。これには載っていないのだけど、『呪』を意味するお花はあるかしら?」


 わら人形でも送ってやりたいが、そうもいくまい。

 全力でカワイイアピールをして誤魔化しながら、侍女衆じじょしゅうさぐりを入れてみると「あら姫さま! おまじないにたよりたいなど可愛らしいこと!」とななめ上にかっとんだ解釈かいしゃくをされてしまった。


 違う、そうじゃない。

 けれど、あまりドス黒いこともいいづらい。



 ***************                *************** 


 仕方なく俺は石蕗つわぶきの花を選ぶことにした。

 花言葉は『困難こんなんに負けない』。


 これに容赦ようしゃのない返花を返しようもないだろうが油断はできない。……いや、絶対あいつは反撃してくる。


 そうなったらこっちのもんだ。

 可愛い姫が健気けなげに「困難に負けない!」って言ってんだ。ウソ泣きで反撃すれば、世間がどっちに味方するかなんて明らかだろうが。


 そう思っていたのに。

 兼継から返って来た花は『あき麒麟草きりんそう』だった。


 花言葉は『警戒けいかい』と『はげまし』。

 間違いなく意味は『警戒』の方だろうが『励まし』の意味もあるのがやっかいだ。

「警戒するなんて酷い!」とウソ泣きしたところで「頑張がんばれと『励まし』たつもりだ」と返されたら終わりだからな。


 まさかとは思うが。

 俺が酷い返花を待ちかまえている事をさっしての『警戒』じゃないだろうな?



 ここまでで二日使ってしまった。

 花言葉レスバは 明日が最終決戦になる。



 ***************                *************** 


 心をませて、最後の花を選ぶ。

 早い時間に返花をして、あいつから再度さいど、花が届いたら俺の負けだ。

 だから姑息こそくだが、夜に花を届けさせてもらう。絶対に勝ち逃げてやるからな。




 夕暮ゆうぐれのが美しく野原を輝かせる。優しくそよぐ風が俺の髪をでていく。

 目当ての花をみ取り、立ち上がろうとした瞬間


「姫君」


 聞き覚えのある声が聞こえて、俺の肩は自然に強張こわばった。



 均整きんせいの取れた長身に さらりと流れる漆黒しっこくの髪。

 整った顔立ちで 口元は笑っているのに、涼やかな瞳のせいか表情に甘さはない。


 直枝兼継が そこに立っていた。



 夕陽の橙色に染まる野原。咲きほこる花々。

 そこで見つめ合うイケメンと美少女。


 スチル必至ひっしの恋愛イベント終盤だが、気分的には雷雲らいうん渦巻うずまく空をバックに 龍虎相打あいうつって感じだ。


「ちょうど良かったわ、兼継殿。わたくしからの最後のお花はこれよ」


 俺はまりのように可憐かれんに咲く黄色の花を兼継に差し出した。


 わずかに目を見開いた後、兼継が ふ、とわらって組んでいた腕をく。

 隠れていて見えなかったが、その右手には俺と同じ花が握られていた。


「奇遇だな。どうやら姫とは気が合いそうだ」


 蓬菊よもぎぎく 

 ――その花言葉は『あなたとの戦いを宣言せんげんする』。

 それが最終的に、俺たちがいたった結論のようだ。


  ……本当に恋愛イベントなのか。これ?


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